第8話 相手は全裸、こっちはノーパン!
見える。
月明かり程度の光源しかないけど、それでも彼が全裸だって分かる。
全裸で正座して、膝上に拳を握って、全身を震えさせている。
どういう状況? 眠気は吹き飛んだけど、それでも理解は出来ない。
「メオ、俺、ずっと考えてたんだ。どうすれば、メオが一番傷つかないのか」
多分、一番傷つかないのは、そのまま眠ることだと思います。
でももう無理です、隣に同世代の男の子が全裸で正座していたら、もう眠れません。
しかも……その、股間のものが、全然、見たこと無い形になっていますね。
お父さんのと全然違う、反り返ってるけど、何アレ。
「さっきの母さんとの話、メオは、好きな人がいるんだろ?」
「う、うん……そうだけど」
「でも、魔力を回復させる為に、メオは寝ないといけないんだ。辛いよな、好きな人がいるのに寝ないといけないなんて。とっても、悲しいことだと思う」
好きな人がいても寝る時は寝るよ?
何も辛くないよ? 悲しくなったことなんて一度もないよ?
「メオ」
なんか、正座のままにじり寄ってきた。
「だから、俺、直前までずっと考えてたんだ。メオは好きな人と一緒になるべきなんだって。でも、それだと明日の朝、魔力が回復できず、メオは魔法に失敗し、金貨二万枚の借金を背負うことになる。メオだけじゃない、俺の仕事も、石材の流通に携わっていた俺の父さんも、職を失うことになる」
ずりずりと迫ってくる。
どどどどどど、どうしよう、逃げた方がいい? 逃げた方がいい?
「そして、仕事を失った以上、母さんもこの村での生活が出来なくなってしまう。ようやく手に入れた一軒家なのに、俺達一家は露頭に迷うことになるかもしれないんだ。そんな未来は、メオだって悲しいよな?」
それは確かに悲しいかもしれないけど、私は今が一番恐ろしいよ。
四つん這いになって迫ってくる全裸男子とか、恐怖以外の何物でもないよ。
「ビット、私、早く寝ないと」
「ごめんなメオ、好きな人がいるのに、俺なんかと寝ないといけなくて」
「べ、別にいいよ? だから、早く服を着て――」
「別にいい、か……ありがとう、メオ」
はっ、いつの間にか、後ろに壁。
ビットが両手を壁に押し当てる。
やだ、挟まって逃げられない。
「メオ……綺麗だ」
え、ビット、ダメだよ、いま着てる服、大きくて引っ張られると襟首から全部見えちゃ――
そうだ! あ、ダメ! 私いま、下に何も着てない!
ビットは無言のまま下を見て、上に戻って来て、ニッコリと。
「メオも、そのつもりだったんだね」
「なななななっ!」
「俺、初めてなんだ、宜しくたの――――」
私、生まれて初めて男の人を殴ったよ。
拳握って、思いっきり顔を殴ったよ。
その後、膝で顎を砕いたよ。
立ち上がって、股間を蹴り上げたよ。
「メオ、痛いじゃないか。魔力回復の為に、俺と寝ないといけないんだろ?」
なんでノーダメージ!? どうなってるの男の子!
「ちちち、違うよ! そんな訳ないじゃん! 寝るの! 寝るだけでいいの!」
「だから、一緒に寝ようぜ? 多少拒まれたって、大丈夫だって知っているから」
「意味分からないから! 何ひとつ大丈夫じゃないから!」
「メオ、服、脱がすよ」
「脱がすなー!!! 人の話を聞け―!」
思いっきり蹴っ飛すと、さすがのビットも倒れ込んでくれた。
でもすぐさま起き上がって、覆いかぶさって来る。ゾンビかな?
「メオの身体、柔らかいね」
「うにゃああああああああぁ! ヤメロバカ! アタシに触るなああああああぁ!」
「メオ……俺、お前の為に全力で頑張るから」
「やだあああああああ! 全力とか、いらないから!」
「頑張るから、俺、頑張るから」
「いにゃあああああああ!」
バンッ! って、扉が開いた。
「何やってんだいアンタ達! 夜中に騒ぐんじゃないよ!」
ペイムさん……ああああ! ペイムさん!
「ペイムさん、助けて!」
全裸で股間を反り返らせた息子と、泣きながら必死の抵抗をする私。
ペイムさんの顔色が真っ青になった後、一気に真っ赤に染まる。
「……母さん、俺」
「ビットオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ!!!!!」
誰よりも大きな声で息子の名を叫ぶペイムさんは、その日、誰よりも頼りになる人だった。
「アンタは反省文と謝罪文! 書き終わるまで寝るんじゃないよ!」
「はい」
「メオちゃんはアタシのベッドで寝るからね! まったく、我が息子ながら恥ずかしいったらありゃあしないよ! ビットはこれから一週間飯抜き! わかったね!」
「はい」
一週間ご飯がないと、餓死しちゃいますね。
ビット、全裸のままキッチンのテーブルで、一生懸命反省文を書いてる。
「あの、ペイムさん」
「メオちゃん、ごめんね、大丈夫だったかい?」
「あ、はい、私は大丈夫でした。あの、ビットさん、適当なところで許してあげて下さい。多分、私の説明不足も原因のひとつだと思いますので」
「メオちゃん……アンタ優しいね。でもね、大丈夫。バカ息子にはこれぐらいが丁度良いんだよ」
寝る、なんて言葉だけじゃなくて、長時間の睡眠をとればって、言えば良かったんだ。
ビットに悪いことしちゃったな……明日、ちゃんと謝ろう。
「布団敷き直さないとだね、まったく、あのバカ息子のせいで」
「あの、ペイムさん。私、良ければペイムさんと一緒に寝たいです」
その方が、布団を運ぶ手間も省けるし。
それになんだか、一人で寝るの、ちょっと怖いから。
「……そうかい? じゃあ、一緒に寝ようか」
「はい。ありがとうございます」
夫婦の寝室。
ベッドが二個あって、お父さんの方はもう眠っている。
ペイムさんの布団に一緒に入ると、不思議と、とても心が落ち着いた。
大きな胸、お母さんと同じ。
なんでかな、とっても寂しくなって、なんだか悲しくなってきちゃった。
「メオちゃん……怖かったね、ごめんね」
「違います、ちょっと、寂しくて」
「……、そうかい、よしよし……」
ホームシック、かな。
お家に帰りたいって、思っちゃった。
ペイムさんに包まれながら見た夢は、自分の部屋で、お母さんと一緒に眠る夢だった。
優しい笑顔で、一緒にいてくれて、ずっとそれが続いて欲しいって願う夢。
目が覚めると、まだ、泣いている自分がいた。
声を殺して、ずっと泣いて。
ようやく涙がおさまった頃に、隣で寝ていたはずのお父さんが近寄り、頭を撫でてくれた。
「無理を、するんじゃないよ」
優しい言葉に、もうちょっとだけ、泣きそうになる。
ありがとうございますって、小さく返した。
その後、着替えを終えて暖炉のある部屋へと向かうと、着替えを終えたビットの姿があった。
彼は沢山の謝罪文を私へと差し出しながら、深々と頭を下げる。
「反省文と謝罪文、しっかりと書きました。本当に、すいませんでした」
「……ありがと。ごめんね。説明不足だったよね」
「いえ、全面的に俺が悪いです。本当に申し訳ありませんでした」
ご丁寧に謝られちゃうと、こっちとしても気まずいままだ。
「私もビットの見ちゃったから、別に気にしなくていいよ」
「男と女の場合、やっぱり価値が違うと思うんだ」
「変わらないでしょ。それに見たって言っても、胸だけだし」
「でも」
「もういいの。私が大丈夫って言ってるんだから、大丈夫なの」
「……わかった。ありがとな、メオ」
少なくとも、ビットとはこれでおしまい、っていう関係じゃないと思うし。
それに、ペイムさんやお父さんは、とっても優しい人だから。
「仲直り出来たみたいだね、本当良かったよ。ビットもメオちゃんに感謝するんだよ? 本当なら、投獄だってありえる内容だったんだからね?」
「わかってる。もう、二度としない」
「ならいいんだけど。じゃあ、朝ご飯にしましょうか」
スクランブルエッグを混ぜたサンドイッチ。
食べてみると柔らかくて、どこか甘い。
「わぁ、昨日のスープが練り込んであるんですか?」
「分かるかい? 甘い方が美味しいって、お父さんの好みでね」
「私も甘いの大好きです! 森だとあまり食べさせて貰えなかったら、本当に嬉しい!」
魔女にとって欲望を満たす甘味は、あまり食してはいけない食べ物とされている。
魔力の根幹は欲望、それを満たしてしまうと、魔力が減ってしまうのだとか。
だから、食べるにしても、一個だけにしておいた。
ひとつのサンドイッチを、ゆっくりと、はむはむと。
「ずいぶん、可愛く食べるんだな」
「……ビットはすぐに可愛いって言うんだね。勘違いしちゃう子がいるかもしれないから、あんまり言わない方がいいよ?」
「そうなのか? 俺は思ったことを口にしているだけなんだが。でも、わかった。メオがそう言うなら、あまり言わないようにする」
その方がいいよ、私だってずっと言われたらその気になっちゃうし。
……ん? 今、素直にって言った? それって……。
……ほら、その気になっちゃった。私って単純だな。
朝食の後、ペイムさんに呼ばれ、今朝まで寝ていた寝室へと向かう。
(うわぁ……可愛い服がいっぱい)
ベッドの上に並べられた沢山の洋服に瞳を輝かせていると、ペイムさんがその中から数点見繕って、私へとあてがう。
「これ、アタシのお古なんだけど、サイズがちょっと大きいかもね」
「そんなことないです! 大きければ大きい程、暖かいです!」
「そうかい? そう言ってくれると嬉しいよ。メオちゃんが本当の娘なら良かったのにねぇ」
私も、ペイムさんの娘だったら……なんて、お母さん泣いちゃうから言わないけど。
でも、ペイムさんの娘でもいいのかもね。お母さんが二人いてもいいと思うし。
「おお、似合ってるね! 元がいいと着せ甲斐があるねぇ」
「えへへへへ……ありがとうございます」
肌に吸い付く黒いシャツを着こみ、その上に茶色の首まであるセーター、更にピンクのモコモコのジャケットを羽織ると、もう全然寒くない。下にもシャツと同じ素材のタイツを着込み、でも動きやすいようにモコモコがついた暖色系の短パン、それにモコモコのブーツ。
もう全部モコモコ、モコモコー! って感じ。
「じゃあ、気を付けていってらっしゃい」
「はい、行ってきます!」
「ちゃんと、帰ってくるんだよ」
「…………っ、はい!」
帰ったら、一緒に晩御飯を作ろうと思う。
ビットのご両親は、とっても優しいご両親だから。
なんて言うか、尽くしてあげたいって思う。
家を出ると、吐く息は相変わらず白かった。
でも、身体を巡る魔力の復活を、肌で感じることが出来る。
「魔力、大丈夫そうか?」
「うん、いつも通りに戻ったっぽい」
「そうか、良かった」
「急がないとね、一秒でも早く元に戻してあげないと」
今の石切り場は、私のせいで完全に停止しちゃっているから。
早く元に戻して、皆の作業が出来るようにしてあげないと。
そう思って、走って向かったのだけど。
沢山の騎兵と、見たこともない豪奢な馬車。
異様な雰囲気、そしてその中央にいる、髭まで白髪の男の人。
「ビット、誰、この人」
「ここら辺を統治する、アロウセッツ侯爵様だ」
侯爵様……え、ヤバいんじゃないの?
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