第6話 しゃーない、男の家で寝るかぁ!

「か、鍵?」

「私が作った鍵! あの鍵だって【ラスレーの黒貴婦人】で作ったのに、壊れてない!」


 私が言いたい事に気付いた親方は、大きなお腹を揺らしながら小屋へと走る。

 すぐに戻ってくると、取っ手がぐにゃぐにゃになった鍵を、私へと手渡してくれた。


「やっぱりそうだ、この鍵は壊れてない。ううん、これ、これまでよりも硬くなってるかも」

「そうなのか?」


 言うと、アンドレ親方、鍵を両手で握り締めた。

 むきっと腕が大きくなって、身体を揺らしながら力を込める。


「ふんっっっ…………ッッッ!!!!! ぐあぁぁッ! ダメだ、折れねぇ!」


 大きな顔を真っ赤にしながら力を込めるも、鍵はビクともしない。

 他にも数人が折ろうとしたけど、同じく、全然折れる気配すらない。


「マジだ、折れねぇ!」

「っていうか、傷もつかねぇぞ!」

「おお! なんだこりゃ! ノミの方が削れてやがる!」

「ホントだ、すげぇ! すげぇな嬢ちゃん!」

「えっへへへへへ……」


 私が作った鍵、トンカチもノミも、工具を使っても傷のひとつも付いていない。

 超が付くほどに頑丈、逆に石材として使えないレベルにまで硬い。


「なるほど、この鍵が頑丈なのは分かった。じゃあ、なんで岩壁は砕けちまったんだ?」

「岩壁が砕けた理由は、親方の説明した通りだと思います」

「俺が説明した通り?」

「うん。石の中の魔力が無くなっちゃったから」


 昔、お祖母ちゃんが言っていた。

 私の魔力は、桁違いに多いって。

 

 だから、普段から石魔法を使っても、魔力切れになることは無かった。

 でも今回、私は人生で初めて、魔力切れを経験している。

 山全体を魔力で包み込み、大魔法とも呼べる魔法を披露したから。


 結果、私の魔力と共に石の魔力は尽き、硬度を失ってしまった。


「だから、私の魔力が回復して、もう一度魔力を込めれば、石材として復活するかもしれない」

「そうなのか? ……しまったな、山はもう、半分以上砕いちまったぞ」

「砂を石や岩に戻すのは、簡単に出来るから大丈夫」

「そうか。それで、肝心のお前さんの魔力は、どれぐらいで戻るんだ?」


 これまでの経験上、魔力は一晩経てば元通りになっていた。

 でも、魔力切れになるまで魔法を使ったことは、一度も無い。

 だから、ちょっとだけ自信がない、けど。


「多分、寝れば、戻ると思う」

「寝る? それって……ちっ、そういうことかよ」


 アンドレ親方、禿げ頭に波が出来るぐらい眉根を寄せて、怪訝そうな顔をしている。

 寝ている間に逃げられる、とでも思っているのかな。

 金貨二万枚だものね。可能な限り、不安要素はなくしたいか。


 でも、魔力の回復方法って、それしかないから。

 魔力回復薬が無い訳じゃないけど、希少過ぎて、私も数えるぐらいしか見たことがない。

 そんな物を探すよりも、寝るのが一番、確実だから。


「親方、不安なら私、親方と寝てもいいよ」

「な!? ば、馬鹿を言うな! 俺には嫁と娘がいるんだ、俺と寝るだなんて」

「でも、それしか方法がないから」


 しばらくの間の後、腕を組み熟考していた親方は、目を閉じたままこう言った。


「分かった」

「親方……」

「だが、俺じゃねぇ。ビット、お前が相手をしてやれ」

「え、俺が、ですか!」


 ビットの家? ……でも、そうか。

 もともと、私はビットの家に行くってなっていたし。

 ある意味、一番間違いがないのかも。


「私は、それでもいいよ」

「メオ、お前……」


 目を泳がせながら、頬を指で搔く。

 知らない女が自分の家で寝るなんて、嫌だよね。

 ビットには迷惑ばっかり掛けちゃうな。


「……そうか、わかった。魔力回復の為だもんな」

「うん。ビット、ありがとう」

「感謝とか、するな。むしろ俺がしたいぐらいだ」


 優しいな、ビットはずっと優しい。

 ちょっと意地悪とか思って、ごめんね。


「じゃあ親方、俺、行ってきます」

「おう、明日の朝、期待して待っているからな」

「はい! 任せて下さい! 俺、頑張ります!」


 親方や他の人たちが見守る中、私はビットと共に歩き始める。

 身体を冷やさないようにって、彼は防寒コートを私の肩にかけてくれた。

 お陰様で、夜の山道でも、昨日と全然違う。


「縄、しなくていいの?」

「する必要がないだろ。メオは、そういうのが好きなのか?」

「別に、好きじゃない。……信用してくれて、ありがと」

「急にしおらしくするな。今朝みたいに生意気なぐらいが丁度いい」

「何それ? 全然褒めてる感じがしないじゃない」

「褒めてないからな」

「ふふっ、そうだね。でも、嬉しい。もう、普通に会話とか出来ないと思っていたから」


 本当だったら、今頃馬車に揺られて、領主様の所へと向かっていたはずなんだ。

 それが今はこうして、ビットの家へと、二人で林道を歩いている。

 未来があるって嬉しいな。上手くいけば、借金も背負わずに済みそうだし。


「センメティス村、だっけ。どんな村なの?」

「どんな村って言われてもな。何もない、長閑な村だよ」

「長閑な村か。いいね、私の生まれ育った森も、何もない、静かな森だったよ」


 魔法だけが取り柄の、物静かな村だったな。

 でも、賑やかで、毎日が楽しかった。

 その分、皆と離れ離れになる綿毛飛ばしの儀式が、とても憎くて。


『綿毛飛ばしの儀式なんて、無くなっちゃえばいいのに!』


 そんなこと言っていた友達もいたっけ。

 誕生日が来たら、雷魔法で森を燃やしてやる! って息巻いていたけど。

 結局あの子も、転移魔法でいなくなっちゃったんだよね。

 元気にしているかな。


 などと、一人思いを馳せていると。

 道の先に、家々の明かりが、ぽつん、ぽつん、と見えてきた。


「あれが、センメティス村?」

「ああ、俺が生まれ育った村だ」


 近寄れば近寄るほど、何もない村だっていうのが分かる。

 幾つかの畑と、幾つかの家、お店らしいお店もなくて、外を歩く人の姿はほとんどいない。

 私が住む、ウエストレストの森よりも人が少ないかも。

 時間的なものもあるのかな。もう陽が沈んで、真っ暗だし。


「ここが、俺の家なんだが」


 木造の平屋、この村ではよく見かける感じのお家だ。

 明るいってことは、中に誰かいるってことよね。ビットのご両親かな?


「ちょっとだけ、待っていてくれないか?」

「? 別に、大丈夫だけど。不安なら、そこら辺の木に縛ってもいいよ?」

「縛る――、縛る訳ないだろ。部屋を片してくるだけだ」

「そうなんだ。うん、待ってるね」


 見られたくない物でもあるのかな。なんか可愛いの。

 ビットは家に戻るも、ものの数分で玄関の扉を開けてくれた。


「早かったね」

「外は、寒いからな。べ、別に、早く寝たいとか、そういう意味じゃないぞ」

「? うん、分かった」


 なんで、顔を赤くしているのかな。

 熱でもあるとか? だとしたら、早く寝た方がいいと思うけど。


「お邪魔します」

 

 ビットの家、ちゃんと玄関があるお家なんだ。

 とても狭いけど、小屋みたいな〝扉開けたら部屋〟って訳でもない。

 この造りの方が住むには良いな。いきなり部屋は、ちょっと気まずいし。


「ビット、誰かいるのかい?」


 廊下を歩くと、ビットのお母さんらしき人の声が聞こえてきた。 

 

「ちょっと客人、母さんは来なくていいから」

「なに言ってんだい、家に来た客人を、アタシが無視できるはずがないだろうに」

「来なくていいって言ってんのに……」


 ぼやく感じ。ふふっ、親離れ出来てない感じがして、なんか可愛い。

 足を止めていると、廊下の先からまだまだ全然、若い女の人が姿を現した。

 ビットと同じ茶色の髪をアップにまとめた綺麗な人。

 でも、女の人なのにビットよりも身長が高い。


「あらまぁ、ビットが女の子を連れてくるなんて! 可愛らしいねぇ、どこの子だい?」

「言っても分からねぇよ。それに今日だけだから」

「今日だけ? 意味が分からないね。お嬢さん、名前は?」


 雰囲気とかがそっくり。微笑ましくてニマニマしちゃいそう。

 なんて、呆けている場合じゃなかった。

 一晩お世話になるんだし、ちゃんと挨拶しないと。


「遅くにすいません、メオ・ウルム・ノンリア・エメネと申します。メオって呼んで下さい」

「メオちゃんね、わかった。アタシはペイム、宜しくね。メオちゃん、ご飯は?」

「わ、食べたいです! 実は朝ちょっと食べただけで、お腹減っちゃってまして」

「そうかい、じゃあ先に飯にするかって言いたいところだが……先にお風呂だね」


 ビットのお母さん、ペイムさんが申し訳なさそうに眉を下げている。

 あ、そうか、私、毛布の臭いが染みついてるんだ。 

 え? 私、あの臭いに慣れてたってこと? うわ、それって最悪だ。


「お風呂、お風呂でお願いします!」

「はいよ。じゃあ着替えとか用意しておくから、先に入っちまいな」

「ありがとうございます! ……あ、ビットさんが先に入りますか?」

「俺は後でいいよ。まだ、準備しないといけないから」

「準備? ……わかった、ありがとうございます」


 準備ってなんだろう? 

 男の人って、お風呂入るのに準備が必要なのかな?

 森には一人も若い男の人っていないからなぁ、そういうの、ちょっと分からないや。


「うわ……湯気で前が見えない」


 森のお風呂は、大樹の洞をそのままって感じなのに。

 ビットのお家のは、木枠の桶みたいなお風呂なんだね。


 寒くて冷え切った身体に、まずはひと掛け。

 

「うううううううううううぅぅぅぅぅ……」


 適温ちょい高め、ものすっごい熱く感じて、でも寒気ですぐに冷やされて。

 それを数回繰り返すと、もうそれだけで身体ぽっかぽか。 


 石鹸もあるんだ、良かった。

 まずは頭から洗おうかな。

 ふふっ、全身アワアワだ、それにいい匂い。


 洗い終わった後、髪をまとめて、つま先から湯舟に浸かる。

 浸かった瞬間、足先から頭の天辺まで、全身震えちゃった。

 

「ふひゃぁぁぁぁ…………やばいなぁ、気持ち良すぎる」


 お風呂って、こんなに気持ち良かったっけ?

 ああ、意識失っちゃいそう。

 一日疲れたし、お家のお風呂だったら、そのまま寝ちゃったかも。

 

 昨日は、小屋の中で寒さに震えてたんだよね。

 そして今日は、お風呂で温まりながら、ぼーっと休むことが出来ている。

 二日か、転送されて、もうそんなに時間が経っちゃったのか。

 

 行きたくなくて、喧嘩別れみたいな感じになっちゃったけど。

 もう少し私も、大人になるべきだったんだろうな。

 そうすれば、転移魔法もちゃんと出来ただろうし、お父さんとも別れの挨拶が出来たんだ。

 私が意固地になっていたせいで、訳の分からない場所に飛ばされちゃって。


 ……全部、私が悪いんだよね。

 お祖母ちゃんを責めるのは、きっと間違ってる。

 ごめんねって言いたい。

 早く帰りたいな。


「メオちゃん」


 ペイムさんの声。

 あ、私、ダメだ、早く出ないと。

 他人様の家で長風呂とか、ダメじゃん。


「あ、あ、は、はい!」

「あはは、寝てたのかい? メオちゃんの着替えなんだけど、ビットの古着しかなくてね。申し訳ないんだけど、今日はそれでいいかい?」

「はい! 私は全然、あるだけありがたいです!」

「そう言ってくれると、アタシも助かるよ。じゃあ、ご飯も出来るから、そろそろお上がりなさいな」


 ビットのお母さん、優しい人だな。

 彼が優しいのも、何となく分かる。

 

 湯冷めしないようにふわふわのタオルで髪を包み、もう一枚のタオルで身体の水滴を拭きとる。

 台の上に寝間着は置いてあるけど……下着が、無いね。

 ペイムさんも、まさか私が下着すら持ってないとは思わなかったのかな。

 さっきまで穿いていたのを、もう一度穿くしかないか。


 ……あれ? 私の脱いだ服、どこにもない。

 まさかペイムさん、全部洗ってくれている、とか?


 あ、そうか、臭かったから。

 うわぁ、じゃあ、何も言えない。

 下着貸して欲しいって言うのも、何だか申し訳ないし。

 

 一晩だけだしね。

 我慢するか。

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