第5話 しゃーない、身体売るかぁ!

 はーい! 突然ですが、なぜなにメオちゃんのコーナー!

 今日は、硬貨価値についてのお勉強のお時間でーっす!


 まず、この世界には、銅貨、銀貨、金貨、三種類の硬貨が存在します。


 銅貨十枚が銀貨一枚、銀貨十枚が金貨一枚、金貨以上の硬貨は存在しません!

 他にも各々の硬貨を半分に切断した〝半欠け〟の硬貨も存在したりします。


 硬貨の比重によって価値が変わったりするのですが、贋作判断がしやすいということから、この〝半欠け〟の方が、個人売買の時には重宝されていたりもします。ただし、きっちり真ん中で誰でも切断できる訳ではありませんので、それ専用の職人さんがいたりもします。


 硬貨の価値ですが、一般のご家庭のお父様が月に稼げるのが、金貨四枚と言われております。

 まぁ、分かりやすい異世界語を使いますと、金貨一枚十万円、という意味です。


 なんですか円って、どこの国の言葉です?


 そんな訳で、金貨一枚十万円、というところから、今回私が背負った借金を計算してみたいと思います!


 負債額、金貨二万枚!

 十万円×二万枚=2,000,000,000円、という数字になります!

 やった! 十桁だよ! 二十億円だよ! 返済ムリ―!!!


 という訳で本編!!




「メオ、お前さんの負債は、金貨二万枚だ」


 金貨二万枚。

 そっかー、金貨二万枚か。

 うん、支払えないね。

 私、生まれてこのかた、金貨一枚だって手にしたことないもの。

 

 お母さんやお祖母ちゃんがお小遣いでくれる銅貨三枚がほとんどで、年初に銀貨一枚もらえたこともあったけど、それ以上なんて一度もない。お父さんが毎月金貨数枚は稼いでいるのは知っているけど、それだって二万枚の負債を支払うまでに、一体どれだけの月日を要するのか。


 エルフだったらね、借金生活二千年とかで支払えるかもしれないけどさ。

 私、魔女だから。寿命、普通の人と同じだから。

 

 ここまでくると、家の場所が分からなくて良かったって思えるよ。

 どう間違っても、家族に迷惑掛けなくて済むからね。

 支払えない借金は、身体を売ってでも支払うって感じかなー。

 あーあ、人生終わった。

 ここから先は奴隷人生かー。

 まいったね、こりゃ。

 しゃーない、身体売るかぁー!


「メオ……その、済まなかった。俺が、引き留めたりしたから」

「慰められたら悲しくなるからやめて」


 ビットのバカ。

 せっかく現実逃避してるんだから、このまま逃げさせてよ。

  

 私の人生、こんなんばっかり。

 ちょっと褒められて、ちょっとヤル気出したら、借金金貨二万枚とかさ。

 何もせずに凍死してた方がいいまであるよ。もう、ヤダ。ほんとヤダ。

 悔しくて涙でちゃう。


「さてと、そろそろ建設的な話をしようかね」


 膝を抱えて座り込んでいる私の前に、アンドレ親方も座り込んだ。

 親方、お腹のお肉が邪魔で、膝を抱えるとか無理そう。

 って、何を考えているのかな、私は。


「嬢ちゃんが嘘をついているかどうかは、俺達には分からねぇ。ただ、このまま帰す訳にもいかねぇんだ。【ラスレーの黒貴婦人】はな、ここにいる俺達、家族、周辺の村や町、更には領主様にとっても、大事な大事な資産だった。だが、今やその資産の価値はゼロだ。こんな脆い石材に一体何の価値がある。触れるだけで壊れる石材に価値なんかありはしない、子供の玩具にすらならねぇよ」


 黒い宝石みたいな石は、アンドレ親方がぎゅっと握るだけで、砂になって零れ落ちる。


「お前さんに請求した金貨二万枚っていうのも、直近の取引を算出した数字に過ぎねぇ。本来この山が生み出していたであろう金は、もっと莫大な金額であり、何百人、何千人という人生を支える、大事な大事な、守らなくてはいけないものだったんだ。それをお前さんは、全て壊しちまった。この責任を取らずにいなくなるのは、到底許される話じゃねぇ」


 ビットが握っていた縄を、アンドレ親方は代わりに握った。

 

「親方」

「ビット、お前はこの事を村にいる全員に伝えろ。石材が採れなくなっちまったんだ、センメティス村も、もう終わりだ。俺もランボリピーの街に戻って、嫁と娘に話をしないといけねぇ。それと領主様の所に報告に行って……まぁ、報告したところでどうにかなる訳でもねぇと思うがな」


 親方が縄をぐっと引っ張ると、私の身体は腕ごと持ち上がった。

 凄い力、お父さんよりも全然強い。ちょっと、怖いかもね。


「親方、メオは、領主様のとこに行って、許して貰えるのでしょうか」

「……許される訳ねぇだろ。損失の補填を体で返すか、その何とかって森を探し出して、一族全員に負債を肩代わりさせるかだろうな。聞いたことのねぇ森だから、恐らく存在すらしねぇと思うけどよ。だが、相手はあのアロウセッツ侯爵だ。どれだけの時間を掛けてでも、嬢ちゃんの口を割らせるだろうさ」


 そうだよね、家族に肩代わりさせようとするよね。

 良かったー、私の家、どこだか分からなくて。

 私がやったんだもん、私が自分で責任取らないと。


 うん、良かった良かった。

 良かった、……良かった。


 ……あれ? やだな。


 なんか、涙、出て来ちゃう。

 あーあ、ダメだな、ダメダメ。

 こんなんじゃ、これから先やってけないよ?


 借金金貨二万枚なんだから、ムリムリ。

 だから泣かない、諦める。諦めろ。

 もう、無理なんだから。


「メオ……」


 あはは、なんでアンタが泣きそうな顔しているのよ。

 泣きたいのはこっちなのに。


 大きく息を吸って、一回だけ吐いて。

 嘘でもいい、笑顔にならないと。


「ビット、ありがとうね」

「ありがとうって、俺がお前を引き留めなければ」

「んーん、いいの。ありがと。スープ、美味しかったよ」


 引き留めなかったら、今頃どこかで凍え死んでいたと思うしね。

 どう転んでも終わりだったって事かな。道端で死ぬか、死ぬまで奴隷か。

 うはー、最悪の二択。どうすんのこれ、ホント笑える。


「親方、馬車が来たみたいですぜ」

「そうか、じゃあ、俺はこのままランボリピーに向かう。お前等も自由にしていいぞ。今まで、ご苦労だったな」


 空気が重い。

 でも、誰も私を責めようとしない。

 みんな優しいんだから。


 木の扉を開けると、冷たい風が室内に入り込んできた。

 小屋の中が暖かくて、外の寒さを忘れていたよ。

 馬車かぁ、どうせなら、王子様と乗りたかったなぁ。


「……」


 振り返り、一日だけ過ごした小屋を眺める。

 昨日の晩、この小屋を見つけた時は、嬉しかったっけ。

 入れなくて、鍵を作って、臭い毛布で眠って。


 服かぁ、あまり意識してなかったけど、まだ臭うんだよね。

 あの毛布、多分もう捨てた方がいいよ。

 温かかったけどさ。


「……ん?」


 臭い毛布。

 あれ? なんだろう。

 私、何かを見落としてる。


 ちょっと待って、一回頭の中を整理しないと。

 

 ここに来た時に、岩壁を部屋にした。

 寒さに耐えきれずに、休憩小屋を見つけて中に侵入した。

 翌朝目が覚めた時に、ビットがいて驚かれた。

 ご飯を食べて、岩壁でちょっと遊んで、それから元に戻した。

 脆くなった岩壁に気付いて、お説教を喰らった。

 ビットが私を庇ってくれて、それで私は鍵を渡した。

 鍵は普通に使えて、それから監禁状態になった。 

 借金、金貨二万枚を言い渡されて、今に至る。


 違和感。


 【ラスレーの黒貴婦人】は、親方が軽く叩いただけで崩れる程に、脆い。

 さっきも見せてもらった、握るだけで砂になった。

 この中で、壊れてない物がある。


 …………鍵だ。


 あの鍵も【ラスレーの黒貴婦人】で作ったのに、壊れてなかった。

 鍵は、他の人が使っても、普通に使えた。

 え、ちょっと待って。

 鍵、使えたじゃん。


「行きたくない気持ちは分かるが、悪い報告ほど早くしないといけないもんでな。メオとか言ったか、申し訳ないが、自分の足で馬車に乗っては貰えないだろうか? 俺も皆も、嬢ちゃんに乱暴はしたくねぇんだ。これでも娘がいてな、お前さんみたいな嬢ちゃんに手を振るったなんて言ったら、最悪離婚…………ん?」


 縛られた両手で親方の服を目一杯掴む。


「親方! 鍵!」

「な、なんだ?」

「アンドレ親方、鍵だよ! 鍵! あの鍵、誰が持ってるの!?」

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