第一章 メオ、追放される。

第1話 私、どこに飛ばされたの!?

 ひとしきり叫んだ後、改めて周囲を見渡す。

 どこかの山道、月の明かりがあるから、土の道らしきものは見える。

 でも、一歩道を外れたら、そこから先はどこまでも続く鬱蒼とした森。


「……どこ、ここ」


 確か、私が転移する村は、モエスフリン村という場所だったはず。

 村長のスエローさんの家に行き、住まう家とか、その他諸々を頂けるはずなのだけど。

 

「家なんて、どこにもないじゃない」


 モエスフリン村は農村だと聞いていたけど、ここまで過疎化が進んだ村じゃなかったはず。 

 家の一軒もないとか、それはもう村じゃなくて単なる道なんじゃないの?

 というか、基本的に転移魔法って、転移先も受入れの準備をしてあるはずなんだけど。


 もしかして、お祖母ちゃん、転移の魔法失敗した……とか、言わないよね?

 ないない、絶対にないから。転移魔法の失敗は、最悪死ぬことだってあるんだよ?

 壁に挟まれて胴体切断とか、有名な話じゃん。

 お祖母ちゃん、まさか私を殺そうとした? 


 さすがに、それは無いと信じたいけど。


 …………。


 ……寒。


 どうしよう、誰もいない。

 私、転移組だから、何も持ってないし。

 そもそも喧嘩していたから、荷物なんて持てなかったし。

 

 どうするの? 着替えの一着すら持ってないよ?

 明日の朝、食べるご飯も、飲む水も無いよ?

 石魔法だけじゃ、食べ物を作ることも出来ないんだよ?

 

 婿探しどころじゃないよ、三日後には死んでいるかもしれないよ。

 魔物がいたらどうしよう、凶暴な動物だって私には無理なのに。


 泣きたい。

 もう、いっぱい泣きたい。

 泣き叫んでお家に帰りたい。 


 お祖母ちゃんのバカ。バカバカバカ。

 孫への転移魔法しくじるとか、聞いたことないよ。


「ううぅ、寒い」


 文句はいっぱいだけど、それよりも現状をなんとかしないと。

 転移された場所、北国とかじゃなさそう。

 でも、風が冷たくて、寒い。

 服装だって、私ミニスカートで来ちゃったよ。

 上だって肩が出るゆるゆるの服だし、羽織る上着の一枚も無いよ。

 このままじゃ三日と言わず、明日の朝には凍死しちゃうよ。

 

 山道を進めば、やがて街に辿りつくかもしれないけど。

 暗闇で目を凝らしても、光一個見えないのだから、一日二日は歩かないといけないと思う。


 山道には何もない、なら、森の奥に入れば岩とかあるかな。

 せめて寒さを何とかしないと、寒すぎて、生きていけない。


 森の中に入ると、月明かりが届かなくなって、いよいよ真っ暗闇になってしまった。

 岩、せめて岩、人が入れるぐらいのサイズの岩を探さないと、寒くて死ぬ。


 背の高い草が少なくて良かった。 

 とりあえず歩いていける。


「寒い寒い寒い……」


 しばらく歩くと、急に開けた場所に出た。

 切り立った崖、地層が露わになったこの感じは……人工物かな?

 わからない、わからないけど、とにかく岩壁がある。


 岩の前に立ち、両手を合わせて、呪文を唱える。


「万物従属」――――「〝形状変化〟ストーン・ゾナ・アルフ」

 

 岩を始めとした鉱物の形状を、強引に変形させる。

 私の魔力量は他の子もよりも多いみたいで、変化させる形は自由自在だ。

 でも、質量を超えての変形は出来ない。あくまで岩の形を変えるのみ。

 

 だから、イメージが大事。粘土で物を作るように、岩を魔力で組み立てる。

 家、というか部屋。寒さが凌げればなんでもいい。空気穴、扉、鍵、安眠のための枕。

 

「自由爛漫」――――「〝形状記憶〟ボルンデッド!!」 

 

 チンッ! って感じに部屋が出来上がった。

 絶壁の岩壁に、石の扉がポツンと出来た感じだけど。


「ほわぁ……」


 石の扉を開けて中に入ると、少しは寒気が遮断された。

 小さい頃、お人形遊びでドールハウスいっぱい作っていて良かった。

 扉の蝶番とか鍵とか、何十回と作っていたから完璧に再現できる。


 でも、寒い。

 寒気が遮断されたのは一瞬のこと。 

 あっという間に石が冷たくなって、枕から床から天井から、あっという間に極寒。


 ちょっとはマシになったかと思ったのに。

 岩の中が保冷庫になったみたいに寒い。

 あああああ、ダメだ、寒くて死ぬ。

 メオ、十五歳、岩の中で凍死。

 あは、棺桶じゃん。セルフ棺桶作っちゃった。 

 きっとこのまま、明日の朝には凍えて死ぬんだろうな。 

 死にたくないなぁ……。


 ……。


 うん、出よう。

 歩けば、それなりに温かくなるでしょ。


 良い案だと思ったのに、これじゃ逆に自殺行為だったわよ。

 あーあ、せっかく造ったし、岩の家はこのままでいいかな。

 剣とか盾とか作ったところで、私には力が無いし。

 

 ううっ、外も寒い。

 どこにいても何をしても寒い。

 相変わらず何もないし、どこに行けばいいのかも分からないし。

 はぁ……私一体、どこに飛ばされちゃったの?

 転移魔法のしくじりとか、絶対にやっちゃいけないんだよ?


 どうすんのよ、岩の中に転移とかだったら。

 いしのなかにいる、なんて、洒落にならないわよ。


 それにしても、この岩壁、凄いわね。

 横には綺麗に四角く切られた石もあるし。

 これ、多分、誰かがここで何かをしているのかもね。

 私には分からないけど。


 でも、ということは、近くに小屋があったりしないのかな?

 作業ってことは、休憩小屋があってもいいはず。


 眼も段々と暗闇に慣れてきたところだし、岩壁から少し離れた場所とか、そういうとこにあったりしそうなものだけど。さっきまでは見えなかったけど、ここら辺、いろいろな工具も放置されている。見た感じ古くないし、多分ここは何かの作業現場なのだと思うけど。


 てくてくと歩くこと数分後。


「……あ、あった、あったー!!!!!」


 小屋! 三角屋根の小さい小屋! 木製の温かそうな小屋!

 早く中に入りたい! あったかぬくぬくしたい! 寒くて死ぬぞー!


「鍵、鍵か」


 当然の如く、扉には鍵が掛けられていた。


「ふ、ふふん。わわ、私に掛かれば、こ、この程度の、かかか、鍵なんて」


 ダメだ、寒くてまともに喋れない。

 吐く息が真っ白、早く小屋の中に入らないと。

 手ごろな石を手に取って、急いで魔法を発動する。


「万物従属」――――「〝形状変化〟ストーン・ゾナ・アルフ」


 まずは石を流動体みたいに形状変化、その後鍵穴に流し込んで、いっぱいになったら固定。

 

「自由爛漫」――――「〝形状記憶〟ボルンデッド」 


 手元はぐにゃぐにゃだけど、鍵穴の中は、鍵の形で固定された石で埋まっているはず。

 期待を込めてゆっくりと回す、くるーり半回転したところで〝カチャ〟と鍵が開いた。


「やった、やった……」


 扉を開けて中に入ると、それだけでもう温度が違った。

 風も当たらないし、寒さも和らいでいる。でも、寒いのは変わらない。

 避難小屋なのかな、奥に暖炉が見えるけど、薪もないし、そもそも火種がない。

 探せばあるのかもしれないけど、暗くてそこまでは見えない。


「他は、何かないかな……あ、あれって、毛布?」


 もふもふした手触り、やっぱりそうだ、毛布だ。

 壁沿いに畳まれた毛布とか、布が沢山置かれている。

 手当たり次第に山盛りにして、その中に身体を突っ込む。

 はぁ、あったか―――― 


「臭い!」


 やだ! なにこの臭い! 何年洗ってないの!

 世の中にあっちゃいけない臭いがする!

 こんなの身体に掛けて寝たら、完全に臭いが感染うつっちゃう!


「寒い!」


 でも寒い! これ掛けないと寒くて死んじゃう!

 この小屋、すきま風凄い! ボロ小屋じゃないの!

 臭くて死ぬか寒くて死ぬか、究極の二択なんて選びたくないんだけど!

 若くて綺麗なまま死を選ぶ人の気持ちが分かる! 分かってしまう!


「ううぅ、うううううぅ、うえええええぇん! 臭いよぉ、うえええええぇん! 臭いよぉ!」


 寒さに耐えきれなくて、手が毛布を握ってしまう!

 鼻が拒絶する! どうあがいても悪臭に耐えられないって悲鳴を上げている!

 ダメ! こんなの掛けて寝るなんて、女を捨てるも同じ!

 

「ううう……しょ、しょうがない。足の方、足の方なら」


 足には犠牲になってもらうしかない。

 やだなぁ、足臭女とか、最悪じゃない。


 壁に寄りかかるように座り、足だけを臭い毛布に突っ込む。

 ふとした瞬間に臭気に襲われるけど、大丈夫、まだ耐えられる。


 ……あ、でも、やっぱりちょっと温かい。

 さすが毛布、臭くても役目を果してくれるのね。

 沢山歩いたし、魔法も使ったからか、物凄く眠い。

 はぁ、ここなら、大丈夫、よね。

 もう、死んだら死んだで、いいか。


 寝よう。






「――――るぞ!」


 ……うるさいなぁ。


「――い! ――――大丈夫か!」

「……大丈夫だから、もうちょっと寝かせて」

「おい、アンタ、どうやって入り込んだんだ! っていうかアンタ誰だ!」

「うううぅ、ちくしょー……眠いのに、私、眠いのに、ちくしょー」

「寝起きでちくしょうとか言う女がいるか! 大丈夫なら起きろ、親方が来る前に出ていった方がいいぞ!」


 親方? なに言ってるのこの人。

 眠い目をこすりながら、昨日のことを思い出す。

 ああ、そうか、私、小屋で寝たんだ。

 

 あれ? 首元まで温かい。

 まさか、私。


「しかしまぁ、その毛布で寝るとは、なかなか根性が座った女だな」

「――――ッッッ!!! きゃあああああぁぁぁ!!!!」


 寝ちゃった! この毛布を全身に掛けて寝ちゃった!

 臭っ! 身体、臭ッ!! ああああああ! あああああああああ!

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