第二章 真夏、日根神社の夏祭り

夏どーなつ

 梅雨に鈴姫ちゃんが旅立ち、和也君たち中学生が夏休みに入っても私の店が繁盛する気配はなかった。私はせっかく預かった鈴姫ちゃんの錆びた簪を綺麗に磨いたり、趣味ドーナツを揚げて過ごしていた。


 まるいお握り型に揚げたふわもちの米粉ドーナツ。黄金色のドーナツを半分にバンズのように切った間に、これまたふわふわ柔く、噛むと蕩ける純白のバニラアイスを挟んだ。夏限定アイスサンドどーなつをツクモ君と賞味する。


「結子の作るものに間違いはないな」

「アイスでとる涼は良いよね。うちの客足は寒いけど……」


 ツクモ君とふわもち、ふわとろの夏コラボどーなつを食べながら夏を過ごす。そうやってお客様を待ち詫びていた。


 閑散とする店だが、実は付喪神の常連さんはいる。提灯お化け三兄弟。提灯の付喪神だ。


「ゆいこたんのアイスサンドどーなつは絶品じゃ!」


 提灯にでかでかと一つ目。一つ目の下の提灯が横に裂けたところから長い舌がベロンと出ていて体はない。なのに、提灯の側面から人間の腕が二本生えているという珍妙な姿だ。鍛えられた上腕二頭筋をもつ提灯が三つ並んでソファに座っている。


「毎日食べても飽きん!ふわふわつめたーいじゃ!」

「ゆいこたん、うまうまじゃ!」


 他の付喪神たちはツクモ君に挨拶をするとさっさと帰る。だが、彼らは店の居心地が良いと気に入ったらしく、よくやって来るのだ。全く支払いをしないのにバクバク米粉ドーナツを食べられるので、さすがに眉間に皺が寄る。


 でも出て行けというのも憚られて、結局毎日一緒に夏どーなつを食べていた。これもご縁か。筋肉質な両腕で逆立ちをしながら歩く提灯お化け三兄弟が、団子のように三つ重なって私に帰りの挨拶をしてくれる。


「ゆいこたん!明日は夏祭りじゃ!」

「われら提灯の日じゃ!」

「ゆいこたんも来るのじゃぞ!」

「提灯が灯っているところ、見に行きますね」


 彼らは提灯三つで逆立ちして、大きな目一つ目をぎょろりとしてから帰って行った。あれは笑顔なのかもしれない。


 人間の常連は松浪姉さんと和也君たち中学生カップルだけである。提灯お化け三兄弟が帰ったあと、松浪姉さんが来店してくれた。


 コーヒー専門店を営む女社長の松浪姉さんは、ノートパソコンを持ってお仕事をしに店へ来てくれるのだ。ツクモ君は指定席に座っているが、松浪さんには視えない。


「なかなか客が増えへんな。村人みんな、恨み深いなぁ」

「私が呪いのチラシを配ったから……」

「いつもやったらそんなんすぐ忘れるんやけど、今ちょっと時期が悪いねん」

「時期ですか?」


 正面のカウンター席に座った松浪姉さんにアイスサンドどーなつと中深煎りコーヒーのセットを提供して、私も隣で一緒にコーヒーを飲み始めた。


「山の方で不法投棄が相次いでてな」

「不法投棄ですか?」

「不法投棄してるのは余所者や。だから余所者って存在に対して、村人みんなピリピリしてんねん」


 新しく引っ越してきたばかりの私は余所者だ。ごみ捨て場で近所の人に出会って明るく挨拶しても、目を逸らされる意味がわかった。


「不法投棄に結子ちゃんは関係ないのにな……田舎ってそういうところあるからごめんやで。そのうち収まると思うから我慢してや。この店潰れんように宣伝するから」


 世話焼きな松浪姉さんは来店する度に米粉ドーナツを爆買いして、近所に配ってくれていた。今では近所の注文を受けて、松浪姉さんが代理で買いに来ているという。


 和也君と春奈ちゃんも「頼まれてん!」とお使いで大量買いにやってくる。村人の皆さんが自ら足を運んでくれるといいのだが、先に村人を怯えさせたのは画伯で余所者の私だ。


 コーヒーを一口すすった松浪姉さんがホッと息をついた。


「おいしいわ。結子ちゃんの毎回きちんと同じ味を出す技術、見事やで」

「ありがとうございます、松浪姉さん」


 言いたいことをズバッという松浪姉さんの褒め言葉は真っ直ぐ心に届く。夏仕様のアイスサンドどーなつを一口食べた松浪姉さんは口を開いた。


 隣に座った私は身構える。またドーナツを食べるとつい素直になっちゃう現象が起こるのでは、と警戒した。


「結子ちゃん……言いにくいんやけど、言わせてもらうわ」


 やっぱり来た。私は気づいてしまったのだ。


 私の作る米粉ドーナツは『素直になっちゃうドーナツ』だと。ツクモ君が開店祝い。私のドーナツには質量を支配するツクモ君の力が宿っているのだ。


 気づいたときは、あまりの名推理に眩暈がした。


「なんやねん、これ!」


 松浪さんがアイスサンドドーナツを指さして大声を出した。


「夏限定、ふわふわ純白アイスの米粉どーなつサンドですけど」


 松浪さんの今さらなツッコミに、私は首を傾げる。他にお客は誰もいないので、常連の松浪さんだけに私のお昼ご飯の残りをお裾分けしたのだ。店のメニューではない。


 松浪さんはどーなつアイスサンドにかぶりついて、ふわふわアイスともっちり生地を口の中で噛みしめた。


「美味し過ぎるやろ!ふわもちコラボォ!」


 大きな声を出しながら、目を瞑ってアイスサンドどーなつを食べ続ける松浪さんのテンションに驚いてしまう。


「なんでこれが非売品やねん!店で出さんかい!みんなに配ってるオマケどーなつも何やねんあれ!クオリティ高すぎるやろ!メニューに並べんかい!」


 松浪さんはどーなつ片手に立ち上がって天井に叫んだ。


「この店、メニュー少なすぎるやろ!」


 一気に言いきった松浪さんは、はぁはぁ言いながら溶けかけたアイスサンドを食べきった。呆気にとられる私の隣に、松浪さんが再び着席する。

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