松浪さん

 ツクモ君が最古の付喪神と知ったけれども、それで私の小さな暮らしが何か変わるわけではない。


 だが、鈴姫ちゃんが来店した後、ぞくぞくとお店に来訪者が来た。

 なんと、全員があやかしだ。


 米粉ドーナツを買いに来たわけではない、お客様、とも言えない来客たちは皆「顔ナシ様」に挨拶するのが目的である。


 今日も何人が来ただろうか。昔話に出てくるような一反木綿がふわふわ飛んでいたり、一つ目の提灯だったり、琴から羽が生えていたり。


 鈴姫ちゃんが言った通り、多種多様な形をした珍妙なあやかしたちの中に人型はいなかった。ツクモ君は来客のたびに立ち上がり、足先に頭を擦り付けさせてマウントを取る。それがツクモ式の王様挨拶らしい。


 挨拶に来たあやかしたちは口々に「顔ナシ様に呼ばれたら逆らえないさ」と笑いあっていた。


 まさか、私が店に誰も来ないと愚痴ったから、ツクモ君なりに来客を増やしてくれたのだろうか。


 しかし、あやかしのお客がいくら来ても儲けはない。もしツクモ君が気を使ってくれたのだとしたら、ややズレた宣伝活動だ。けれども、不器用なツクモ君の優しさに私の胸がじんわり丸く温かくなる。


 ツクモ君が呼び寄せたあやかしたち。彼らがせっかく来店してくれたので、私は試食としてお土産に米粉ドーナツを一つずつ配った。「うまい!」の声を何度も聞けて、ふわっと表情が丸くなる彼らを見て私も丸く笑った。


 そんなあやかし大行列が落ち着いた頃、ついに人間のお客様がやってきた。


 カラカラと引き戸を開けてやってきたのが人間だったときに、逆に驚いた。あやかし慣れし過ぎだ。


「結子ちゃん、ずっと来たかったんやけど、なかなか来れんでごめんやで!」

「いえいえそんな!いつもお世話になってます。どうぞごゆっくりしていってください」


 明るい関西弁で元気に挨拶してくれたのは松浪さん。四十代の女性でショートヘアが快活な印象の彼女は、お母さんの幼少時代の友人だ。


 この神ノ郷村で、私の唯一の知り合いである。私とお母さんは彼女を頼ってこの村に店を出すことを決めた。


 彼女はコーヒー専門店の店主で、小さなドーナツ屋さんに挽きたてコーヒー豆を卸してくれている。仕入れで毎日のように顔は合わせていたのだが、こうやってお客として来店してもらうのは初めてだ。


 松浪さんは五歳になる娘さん、小花ちゃんの手を引いていた。私は屈んで小花ちゃんにも明るく声をかける。


「いらっしゃいませ、小花ちゃん。ウサギさんの服、可愛いね」


 小花ちゃんのTシャツにも、スカートにも白兎のイラストがプリントされていた。松浪さんとお揃いのサラサラショートヘアの小花ちゃんがにっこり笑う。 


「ウサちゃんだいすきやねん!ドーナツもすき!」

「ドーナツ屋さん行くって言うたから、小花、楽しみにしててんなー?」

「うん!」


 松浪さんと小花ちゃんがうんうんと笑いあう微笑ましい様子を見ながらカウンター席に案内する。


「空いてるので、小花ちゃんは好きにウロウロしてもらって大丈夫ですよ」

「気使ってくれてありがとうな、結子ちゃん」


 私は二人にさっそく揚げたての米粉ドーナツを振舞う。松浪さんには中深煎りのコーヒー、小花ちゃんには温かいほうじ茶を提供した。和の食材である丸大豆豆腐を生地に練り込んだ米粉ドーナツは、ほうじ茶とも相性が良い。


「ふわもちー!うままー!」

「ホンマにお世辞なしにおいしいわ、結子ちゃん。味にはうるさい自信あるけど、これは合格やわ」

「ごうかくー!おちゃちゃもうまー!」


 小花ちゃんは米粉ドーナツをあっという間に二つ食べきった。小花ちゃんは古民家のお店が珍しいのか、無垢材のテーブル席、ソファ席、カウンター席と順番に全部の椅子に座って回る。


 ご機嫌に遊ぶ小花ちゃんを目の端に入れながら、松浪さんはコーヒーを口に運ぶ。コーヒー専門店の店長に私が淹れたコーヒーを飲んでもらうなんて緊張が走った。


「結子ちゃん……」


 私はゴクリと息を飲んだ。

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