第5話

 地下牢の湿った空気が、傷跡に染み込む。


 鉄格子の向こうで、母は鎖に繋がれ、リリアンもまた檻に閉じ込められている。


「さあ、選択の時だ」


 私は母の首を掴み、リリアンに問いかける。


「妹よ。自分を生かすか、母を生かすか──お前に選ばせよう」


 リリアンの瞳が震える。

 美しい金髪は汚れ、皮膚は焼かれ、かつての美しさは失われていた。


「……お願い、私を生かして……お兄様……っ!」


「り、リリアン……!?」


 みっともなく命乞いをするその声はかすれていた。

 妹を可愛がっていた母も、己の保身を願うその姿に信じられない瞳を向ける。


「ふむ」


 私は母の首筋に爪を立てる。


「いいだろう。母に別れを告げる言葉はないか?」


「……ご、ごめんなさい母上。これもお家の為……わ、私は死ぬ訳にはいかないのです」


「っ!?」


「とのことだ。貴族らしい、家思いのよい娘に育ち、あなたもさぞ誇らしいことだろう? ……これで、思い残す事もないな」


「い、いや……!? ゆ、許し――」


「じゃあな」


「――――!!?」


 黒い炎が母を包む。


 喉を真っ先に焼かれ、断末魔も上げる事もなく、あっけなく黒い灰へとなり果てる。


 これで母と呼んだ女とも完全にお別れだ。


「さて、では次はお前の番だ」


「な、何を言っているのお兄様……? 私は助けてくれるのでしょう?」


 相手に媚びるような下品な笑みを浮かべる妹。


 だが、その瞳の奥――沸々と滾る憎悪。復讐を誓う炎をこの俺が見逃すはずがない。


 分かっているぞ、父の為にでも母の為でもない。

 己の踏みにじられた境遇とプライドの為に俺を殺したいのだろう?



 ――当然、それをさせる俺ではない。



「約束は守るさ。その命だけは保証する、というだけだがな」


「そ、それはどういう――!?」


 その口が閉じる。俺が魔法で動きを完全に止めたからだ。


 最早指先一つ、呼吸すらもまとも出来ない。

 だが安心しろ、殺しはしない。


「お前の利き手……、その左手の薬指をもらい受ける」


「っ!!?」


「お前の剣の才能は、その薬指にかかっている。――だから奪う」


 瞳が暴れる。まともに動かせるのはそこだけだからだ。

 

 焦りと恐れ。


 剣の才能を奪われてしまえば、もう帰る家もないこの世間知らずの女がまともに生きていける術はない。


 リリアンは己の震える手を差し出した。無論、自分の意志ではない。俺が魔法で動かしている。


「いい子だ。愛しているぞ、我が妹よ」


 私は短剣を振るう。


「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!?」


 切られたと同時に魔法を解除。


 瞬間に響き渡る愛らしい絶叫が、この胸に気持ちがいい。


 切り落とされた指が石床に転がる。


 リリアンは嗚咽しながら、傷口を必死に押さえていた。


「さあ、これからは好きに生きるといい。何をしようとお前の自由だ」


 痛みと絶望の未来に脳を焼かれていくリリアンは、耐え切れに絶叫と上げるだけだ。


 ◇◇◇


 戦争から帰還し、凱旋式からも一月が経った。


「婚約の儀は来月に行いましょう」


 アリシアが宮廷庭園でそう告げる。


 彼女の銀髪は陽光に輝き、かつての狂気は微塵も感じられない。


「ところで、妹さんはどうしたの?」


「城下で生きているさ」


 俺の左手に、アリシアの指が優しく触れて来た。


「もう何もできん。する気も起きないだろう」


 アリシアは妖しく微笑む。


「完璧ね。実に愛おしいわ、貴方。それでこそ私の夫に相応しい」


 ◇◇◇


 夕暮れの城下町。


 物乞いの少女が路地に蹲っていた。


 かつての美しい金髪は汚れ、左の薬指がないことが一目でわかる。


「……あ、ああ……」


 目の前に立つ俺に、リリアンが呟く。


 その目には、もう何も映してはいなかった。


 俺は銀貨を、リリアンの前に置かれた古びた皿に投げ入れる。


「今日も頑張れよ。立派な人間として、な」


 路地裏を出て、照らす日にかざした左手で指輪がきらめく。


 この輝きが、俺の勝利を永遠に刻み続けるのだ。

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剣の名家に生まれながら才能がないと追放された貴族の落ちぶれ、隣国の王女に溺愛されながら魔法で這い上がり妹と両親に復讐する こまの ととと @nanashio

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