第3話 生きるために

「しかし、どうやってこの世界を生き抜く?」

「ああ。まず衣服を買う。この町の人に合わせるぞ」

「ん。それがいい」

 2020年代の衣服など、目立つに決まっている。

 それなら1945年代に見合う服を着るべきだ。

 どこかに軍人がいるやもしれんし。

 周囲を見渡すと誰も彼もがぼろ切れをまとっている。

「しかし、金ないぞ」

 俺はリントを怪訝な顔で見つめる。

「あー。じゃあ、まずこれを売ろう」

 リントが持っていたアクセを出す。

「バカ、それはケイトとの思い出だろ?」

「背に腹は代えられぬ。しかたない」

「売るのか?」

 再度確かめる。

「ああ」

 リントの言葉はよどみがない。

 真っ直ぐな意見だ。

 一度決めたらやり通すリントらしいと言えばリントらしいのだが。

 意思は堅いらしい。

「分かった。質屋に行くよ」

 俺はリントとカレンを連れてヤミ市に向かう。

 質屋に着くとアクセを数点売る。

 その足でぼろ切れを買い、今度は来ていた衣類を質屋で売る。

 もともと着ていた衣服が、この時代には高級品として扱われていたこともあり、そうとうの値段がついた。

「とりあえず一年分の収入は得たな」

「だが、あの世界に帰るにはどうすればいい」

「提案、この世界を知るべき」

 カレンが機械的にしゃべる。

「そうだね。知らないと何もできない」

「オレは反対だ。ここは1940年代、戦争末期だ」

「リントの知識を疑うわけじゃない。ただ憶測だけでは危険だ」

「いいや、絶対オレが正しい」

 いがみ合っているとカレンが口を挟む。

「慎重になるべき」

「ああん? 何言ってんだ。帰るなんてできねーんだよ!」

 今までほとんど怒ったことのないリントが叫ぶ。

 それが周囲の目をひいている。

 まずい。

「落ち着け!」

「は? 日本は八月※日に降伏するんだよ!」

 リントが叫んだ瞬間、拳が振るわれる。

「不敬だぞ! 貴様異国民か!!」

 火縄銃らしきものを手にした軍人だ。

 そのこめかみには青筋がたっている。

「すみません。こいつには言い聞かせますので」

 俺は平服し軍人に謝る。

「謝る必要ねーよ。こいつらみんな核で滅びるんだからな!」

「まだ言うか!」

 軍人は銃剣を突き立てる。

 鈍色の光がリントの頭上で鋭く光る。

「リント!」

 旧友の名を叫んでいた。

「もういいでしょう。グント大佐」

「貴様! 長月ながつき一平いっぺいか。一等兵は黙った見ていろ!!」

「周囲の視線があります。お静かに」

 リントをかばってくれた青年は毅然と言い放つ。

 大佐らしき相手にも肝の座った態度を見せる。

 一等兵だとしたら、軍事裁判にかけられ最悪銃殺刑だってありえる。

 だが周囲の人々は一等兵の味方のようだ。

 クワやスキなどの農機具をかまえてジリジリとにじり寄ってくる。

「な、なんだ。貴様ら。不敬だぞ!」

「旦那は帰ってこない! 生きる意味なんてないんだよ!」

 守るべき相手を失ったことで、恐れるものなどない。と言ったところか。

「戦争なんてするもんじゃない!」

 老婆がそう叫び大佐を威嚇する。

「お、覚えていろ!」

 それを言い残しカッコ悪く立ち去っていくグント大佐。

 振り返る一平。

「君達……どこから来たんだ?」

 苦笑を浮かべ、額の血を拭う。

「あ、あの……」

 俺が言いよどむとリントが前にでる。

「どこから来たのか、そこに意味はあるのか?」

「おおっと。失礼。確かに関係ないな。とりあえず、話を聞きたいな」

 一平はにこやかにカレンに指を指す。

「そんな大金、ここじゃ狙われる」

「分かる?」

 カレンも驚いた様子で目を瞬く。

「ああ。これでも勘はいい方なんだ」

「だからってあんたを信用できるわけじゃない」

 リントは俺とカレンをかばうように前に出る。

「リント。この人は俺たちをかばって怪我までしたんだ。信用できる」

「ふん。どうだか。その金目当てじゃないか?」

「それは……」

 俺は言葉に詰まる。

 確かにあり得る。

 だが悪い人ではないように思えるのだが。

「失礼した。おれは長月ながつき一平いっぺいだ。ならお昼をごちそうしてくれ。そしたらこちらも話を聞こう」

 一平は一礼したあと、そう提案する。

「口約束ができるほど、信頼しているわけじゃない」

 リントはまだ食い下がろうとする。

 お前は交渉が得意ではないのだが。

「それまで信じていないのなら、おれも何も言えないな」

 一平は困ったように肩をすくめる。

「あー。分かった。食事をしよう」

 俺は前に踏み出す。

「ケンヤ!」

「いいだろう。食事くらい」

「……わかったよ。くそ」

 渋々といった顔でリントは折れた。

「後悔はさせないよ」

 一平はそう言い、近くの飲食店に連れ込む。

「これで頼む」

 一平はそう言い、カレンのお金を三円だけ手にする。

「……優遇してやるよ」

 一平の連れ込んだお店は非合法らしく、店主はにやっと口の端を歪める。

 カレンの持っているお金はまだある。

 飲食に困ることはないだろう。

 大衆酒場らしく、お酒とアンモニア臭がする。

 あまりいい環境とはいえない。

 まあ、戦時中なのだから当然かもしれないが。

 客層も年寄りが多く、どこか虚ろな目をしている。

 ぼろ切れに身を包み、ちびちびと酒をあおり、嘆く姿は寂しくみえる。

 まるでゾンビのようだ。

 そんな感想が漏れるのは、俺がいた世界が幸せすぎたせいかもしれない。

 肉じゃがとさつまいもが出される。

「これだけ……」

 カレンが物欲しそうにうつむく。

「なら量を増やそう。一円だ」

「そういう意味では」

 俺はカレンの気持ちを代弁する。

 量も少ないが、種類も少ない。

 これでは食べた気にはならないだろう。

「オレら恵まれていたんだな」

 リントがわびしそうに箸でジャガイモをつつく。

「君たちを見ていると分かるよ。こことは違う場所から来たのだろう? このメシをみて喜ばないしな」

 まったくもってその通りだが。

「これでも豪華なのだぞ?」

 一平は苦笑する。

「あー。そうなんですね」

「ああ。メシは配給制。これは非合法だから出せるのだ」

 配給制。

 ちらりとリントを見やる。

「この時代ならありえるな」

「時代? キミたちは本当に何者なんだ」

 俺はどう答えるべきか悩み、さつまいもに手を伸ばす。

 あまり甘くない。

 ぼそぼそとした食感で口の水分を奪われる。

「どうする? リント」

「言っても狂ったとしか認識されないだろう」

 リントに耳打ちをすると、そんな答えが戻ってきた。

 彼の言うことは正しいと俺も思った。

 この時代ではラノベなんてないだろう。

 だから一般的な知識レベルは低いだろう。

 民度とはよく言ったが、それが今のこの世界にはない。

 どう説明したものか……。

「言いたくないのかな」

 一平は眉間にしわを寄せる。

「特に、そっちの女は髪色が見たこともないしな」

「……俺たちの時代には染料があるんだ」

「ケンヤ!」

「いいだろう。言っても」

 リントは不機嫌そうに息を吐く。

「俺たちはここから数十年後の世界から来た」

「なにを」

 一平は笑い飛ばそうとするが、俺の真剣な眼差しを見て態度が変わる。

「……本当なのか?」

「ああ。だが、本当に同じ世界なのかは分からない」

「じゃあ、路上で言っていた終戦も?」

 リントが躊躇いながらも口を開く。

「ああ。オレの知識が正しければあと一ヶ月ほどで終戦だ。日本は負ける」

「そ、そんな……」

 一平は信じられないものを見た、といった顔をしている。

「だ、だが、希望はあるのだろう?」

 ふるふると小さく首を横に振る。

「キミたちは未来から来たというじゃないか。なら――」

「どうだろうな。日本が苦渋を強いられてきたのは事実だ」

 言葉を失う一平。

「確かにこんな妄言を吐く時点で、おれたちは違うのだな……」

 一平はそう理解したらしい。

 さて。これからどうしたものか。

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