ニセモノ魔法少女は魔法使いとアイを謳う

雪兎 夜

第0話 Ouverture

 生まれた時から、魔法があって。そこにあくと言われるモノがいたとしたら。貴方は、この力をどう使うのだろうか。私は──


「──幻想治療魔法発動。『Jewelジュエル illusionイリュージョン』」


 躑躅つつじ色の瞳が虚しく細められた瞬間、彼女は杖をクルリと回す。そして、左手に持っていたシルクハットをトントンと叩いた。

 すると、そこから宝石のような光沢を放つ、無数の鳩が飛び出してきた。その羽の色は、魔法の属性によって違い、羽ばたく度に色とりどりの粒子を降らせる。

 彼女の頭上には、そんな魔法鳩による竜巻が起こり、魔力が1つとなる。あっという間に、優に300mを超える大鳥に進化した物は、白と黒の羽を携えていた。

 この時、彼女の数メートル先で置き去りになっていた化け物カンキャクが動いた。だが、彼女は焦らず、再び優雅にシルクハットを叩いた。

 そこからは、一瞬だった。様々な奇想天外を前にして、化け物カンキャクが身動きを取れなくなったのを彼女は見逃さない。

 

「それでは、奇跡の魔法をご覧あれ。1ワン2トゥ3スリィー


 言い終わった直後、大鳥が甲高く鳴き、化け物カンキャクは気付いた。先程までの攻撃パフォーマンスによって、あらゆる体の部位が食い尽くされていることに。

 しかし、時すでに遅し。心臓部に一気に襲い掛かった強大な魔力が負担となり、体は粉々に砕け散った。

 ──痛みを感じる暇も無いくらいに、安らかに、あっちの世界に逝けると思う。

 いつか、彼女がそう言っていたのを思い出しながら、少女は眩い粒子となって天に昇っていく光景を眺めていた。


 目の前にいる彼女の頭上には、いつもと同じように1羽の白い鳩が止まる。それを慣れた手つきで撫でて、少女の方を振り返った。


「はい。おーしまい。後は司令部のお任せで。

 それにしても最近、出現率高いよね。そういうのが続くなら、報酬アップしてもらわないとと……やってらんねーよ」

「まだ言ってるの。そのドラマ、2ヶ月前に終わったでしょ」

「終わってない。私にとっては、ずっーと旬。主演の俳優さんの演技が作品にハマっててさ。他に出てた作品も一気に動画配信アプリで見て、すっかりファンになっちゃった。あー、カッコよかったな」


 再び鳩を撫でながら、そろそろ肩に止まってよー、などと彼女は調子良く言い、頭にシルクハットを被って、鳩を消した。その流れで帽子ごと消すと、彼女は杖をクルリと回す。

 ミディアムボムの髪型に、天然の撫子色という、まるで、2次元にいる主人公のような見た目の彼女──神倉かみくら音葉おとはは、圧倒的な実力を誇っており、世間からは無敵の魔法少女と呼ばれている。

 そして、彼女との実力の差を思い知らされ、ぐちゃぐちゃな感情を抱える少女──神倉かみくらりつもまた、月白げっぱくの髪色に、ロングウルフのカットという目立つ格好をしているからか、最愛の魔法少女と呼ばれ、多くの人に愛されてきた。

 しかし、姉とは違って、強いと思われていない今の状況に、律はうんざりを通し越し、最早諦めていた。

 何故なら、強くないことは本人が1番理解しているからだ。それでも未練がましく、攻撃では無く、サポートに回ることにした謎の根性には、辛い時に思い出しては、毎回呆れて笑ってしまう程だった。


 律は音葉にバレないよう、小さく溜め息を吐くと、構えを解いて、適当に相槌を打つ。


「そうだね。じゃ、終わったし、帰ろ……」


 そう言いかけた瞬間、先程まで化け物がいた所に、確かに1人、知らない少女が立っているのを目で捉えた。

 顔立ちからして幼く見える1人の幼女は、地面に付きそうな黒の長髪に、白いワンピースを身に纏っていた。

 我が物顔で立つ幼女は、言葉を発しようとせず、じっと目の前の彼女達を見つめる。纏う魔力オーラは、化け物とは違い、ねっとりとした妖艶さを醸し出している。

 律は雰囲気に気圧されてしまいそうになりながらも、どうすべきかと思案していると、幼女から何かを感じ取ったのか、音葉は鬼気迫った様子で言い捨てた。


「律。逃げて」

「……え」


 姉からの突然の警告に言葉を失っていると、幼女はそれを見て薄ら笑いを浮かべた。そして、躊躇なく攻撃体制に移る。

 音葉は直ぐに杖を構えて、防御する為の透明な壁を展開させる。いつもは律が行うその行為に、反応が遅れてしまったと後悔しつつも、ひとまず後ろに跳んで回避すると、幼女はそれを見て、ニヤリと笑っていた。


「──こちら司令部。今直ぐ撤退せよ。これは命令だ」


 知らない女性の声の出どころには、検討が付いている。しかし、それが上の判断だと言うのであれば、間違っている。いや。逃げられなかった、と表した方が正しいだろうか。

 気付けば、見知らぬ森の中。足を踏み外し、転んだ先には巨大な蜘蛛の巣があった。ここから抜け出さそうと踠けばもがく程、糸に絡まっていく。そして、体力が尽きた所に、王である蜘蛛がやって来て、じっくり吟味されるような、この感覚。

 引き返すことなど出来ない、そう直感が訴えていた。律は杖を左手に持ち替えると、慎重に歩みを進め、音葉の元に駆け寄った。

 右隣に立ち、無駄だと思いながらも、この震えが少しでも彼女に伝染しないように、平然とした態度で話す。


「私も。一応、魔法少女だから。全てを賭けて守ってみせるよ」


 全ての恐怖から守る。自身の使命を認識した時から、律が誓っていることだ。

 目の前の幼女から視線を逸らさずに告げれば、その発言は改めて、誓いを強くした。

 しかし、心はいくらでも虚勢を張ることが出来ても、体は誤魔化すことが出来ない。額には玉のような汗が大量に滲んでいた。

 その様子を見た音葉は、ぽつりと呟いた。


「……やっぱり、律には敵わないな」


 目の前に集中していて、すっかり聞き逃してしまった律は、チラッと音葉の方を見て、聞き返す。


「今、なんて」


 すると、音葉は首を横に振って、少しだけ口角を上げた。


「んーん、何でも無い……そうだね。私達は魔法少女として生まれてきたんだから、期待には魔法で応えるよ。たっぷりとね」


 音葉は杖を前に差し出し、大きく口を開いて、言葉を言った。


「奏でよう。永遠のメロディを」


 久しぶりに聞いた言葉に彼女の覚悟を感じ取った律は、続きを口にする。


「刻もう。永遠のリズムを」


 音葉の杖に、律が後から出した杖が重なる。


「「幻想治療魔法発動。『宝石の協奏曲ジュエル コンチェルト』」」


 2人が息ぴったりに宣言すると、杖に全ての魔力が込められた。指揮者のように彼女達が杖を振り上げる。そうすれば、辺り一帯には五線譜が浮かび上がった。

 それは、対象の心を刺激し、魔力で作られた音符が降り注ぐことで治療が完了するという、神倉家に代々継承されてきた魔法。

 しかしながら、威力が強力なゆえに使用者の心労も大きく、滅多に使うことは無い。過去を振り返っても、片手で収まる程度しか発動したことが無かった。

 だが、この魔法に熟練度は関係無い。圧倒的な力を誇る音葉と、それに勝らずとも、神倉の血が流れる律が揃えば、問題なく治療は完了する。

 順調に七色の音符が対象を取り囲んでいき、いよいよ魔法を浴びせるべく、膨らみ始めた時、幼女が手をサッと払う仕草をした。瞬間、幼女の周囲を薙ぎ払うような魔法攻撃は、全ての音符を真っ二つにして、落下させる。

 威力が弱まったとは言え、地面に当たって、爆風が巻き起こる。更に、それは衝撃波となって、音葉と律にも襲い掛かってきた。

 律は耐えるように一歩下がって踏ん張り、正面を見ようと顔を上げた次の瞬間、1つの閃光を捉えた。


「──ッ」


 同じくして、音葉は固まって動けなくなってしまった律がいる方へと飛び出した。


「──律!」


 魔法では間に合わないと判断し、身をもって守ろうとした音葉だが、律に向かって飛んできたモノは、彼女よりも速く律の元に着くと、眼前で爆ぜて、視界を悪くした。

 ──これは違う。カモフラージュだ。

 そう気付いた時には、既に音葉の心臓には深紫色の刃が突き刺さっていた。小さく呻き声を上げた音葉は、傷を処置しようと手を動かす。しかし、絶好の機会を逃すまいと、何も無い空間から波紋と共に現れた刃が突き刺さっていく。

 それは、心臓部に刺さる闇の魔力を纏う刃が根源のようで、取り除くのが難しい以上、超近距離からの攻撃は防ぎようが無く、音葉は手首をだらんとさせ、力無く地面に倒れた。

 それでも、攻撃の手は緩まることは知らず、流れた血は水溜まりのように広がっていく光景は、無惨に散っていく薔薇のようだった。


「……あ……あ」


 呼吸もままならず、律は言葉を失って、膝から崩れ落ちた。

 律は、未だおぼつかない脳を動かして、何とか刃を取り除けないかと震える手を伸ばすが、それは、息も絶え絶えな音葉によって阻止される。


「……だい、じょうぶ。だから……はやく、にげて」


 安心させようと笑ってみせる彼女は、徐々に顔が青白くなってきており、瞳を見れば、魔力が低下していることが一瞬で分かった。

 果たして、司令部はこんな彼女を見ても、置いていけと言うのだろうか。少なくとも、相棒である依然に、姉である音葉に対して、到底、律には出来なかった。

 何か出来ることはないだろうかと、息を整えながら、律は必死に考える。

 そうしていると、音葉が最後の力を振り絞るように掠れた声で言った。


「……てん、い」


 瞬間、足元には魔法陣が出現し、律の体を眩しい光が包み込む。


「だめ」


 幼女が焦った顔で言うと、その勢いのまま、魔力が魔法陣に流れ込み、転移を妨げる。

 しかし、音葉は眉を顰めながら、ありったけの魔力を魔法陣に注ぎ続ける。すると、足元にある魔法陣が色鮮やかに光った。


「だめっ。にげないで!」


 憤怒した幼女を無視して、音葉のたましいが込められた魔法は律の体に駆け巡り、体温を上昇させていく。

 この時、やっと彼女が何をしようとしているのかが分かって、律は声を荒げた。


「イヤ。──嫌だよ、お姉ちゃん」


 律は諦められず、音葉へと必死に手を伸ばす。


「まだ、一緒に見たい景色が、未来が沢山あるんだよ。だから──だから、側に、いてよ」


 律の絞り出すような言葉に、音葉は、その姿を酷く優しく笑顔で見守っていた。

 次第に真っ白な光で視界は覆われ、体は無重力になっていく。


「……りつ……あとは、まかせた、よ」


 微かに聴こえた音葉の声に応えることが出来いまま、律の意識は遠ざかっていく。


(……魔法少女なら。彼女の手を無理矢理にでも掴めた筈なのに。だから、私は……)


 虚しく伸ばされた指先は、彼女に届くことは無く、粒子となって消えた。

 そして、意識を失った律は、次に気付いた時には病院のベッドの上に横たわっていた。

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