三.言い争い②
松野君が「ちょっとションベン」と言うので、事情聴取は一旦、小休止となった。
連れしょんだ。さあ、これからと緊張したせいか、尿意を催した。「すいません。僕も」とトイレに立った。
トイレから戻る途中、新庄さんをロビーで見かけた。電話をかけていた。捜査状況をチェックしていた様子だった。
トイレから戻ると、二代目が窓際に立って外を見ていた。横に並ん立つ。正面玄関から見て右手、壁一面、ガラスになっていて、庭が一望に見渡せた。庭と言っても、大自然溢れる森が広がっているだけだ。手を入れているのだろう。散歩道がちゃんと設けられてあった。
「二代目。僕、凄いことに気がついちゃいました」と言うと、二代目は興味無さそうにだが、それでも「何だい?」と聞いてくれた。
「双子って、一人だけだと、他人はどっちだか分からないじゃないですか。一人が誰かと一緒にいてアリバイを作って、もう片方が犯罪を行えば、どちらが犯人なのか特定できなくなってしまいます。アリバイなんて無いのと一緒じゃないですか。若狭兄弟の証言には気を付けた方が良いですよ」
「そうだね。まあ、それを言うと恋人同士の証言も信用できないね。夫婦の証言が価値を持たないのと同じだ。一人で部屋にいたというのもアリバイが無いことになる」
確かに。「それにだ」と二代目が言葉を続ける。「双子が一人だと証言能力が無いとするならば、その双子の片割れと一緒にいた人間もアリバイを証言してくれる人間がいないのと同じだね。停電中は真っ暗闇だ。例えば居間にいたと証言したとしても、それを証言してくれる人間がいない。動いて回っても分からないからね。カップル同士、手を握っていたとしても、証言能力は無いに等しい」
なるほど。その辺を注意して関係者のアリバイを確認しておけということだろう。双子なら両方、少なくても二人以上の証人が必要なようだ。それも相手の行動が見える状態でだ。
新庄さんが部屋に戻って来て、「さあ、続きだ!」と大声を出した。
なんだか適当にあしらわれてしまった。後でもう一度、双子犯人説について二代目の意見を聞いてみよう。
話をする者、恋人同士寄りそう者、皆、思い思いに部屋の中にいたが、各々、元居た場所に戻る。
「さあ、皆さん、もう少しだけお聞かせ下さい。事件の夜、停電があったそうですね。その時の状況を教えて下さい」と二代目が言うと、「じゃあ、俺から」と松野君が立ち上がった。
「九時から反省会だったからな。五代院が部屋を出たみたいだったから慌てて部屋を出た。俺が降りて来た時には、皆、そろっていたね」
「皆さん、ここにいらしていた」と二代目が言うと、筒井君が「厳密には松野さんが降りて来た時には、五代院さんはまだ降りて来ていませんでした。松野さんが降りて来た後、直ぐに停電になって、その後で五代院さんが停電だって部屋に駆け込んで来ました」と補足した。
松野君がおや⁉ という顔をした。
「そうですか。それで、どうしました?」
松野君が答える。「どうもこうも屋敷中、真っ暗だ。何も出来ないよ」
そう言っては身も蓋もない。直ぐに筒井君が補足してくれる。「時々、あるんだ。折れた木の枝が電線に引っかかって停電することが。何処かに蝋燭があった気がすると五代院さんが言って、携帯電話の灯りを頼りに探しに行きました」
「ああ、僕、一緒に行きました」と多分、龍臣君。座った位置からそう判断したのだが、小休止の間に席を入れ替わったとしたら、どちらか分からない。やっぱり双子なら犯行が可能だ。僕にはそう思えた。
「龍臣君ですね。それで、蝋燭はあったのですか?」
皆の視線が集まる。龍臣君らしき双子の片割れが答える。「台所に置いてあったような気がするって言って、台所を探したのですが、見つかりませんでした。何処だったっけなあ~と、ロビーに行って、ここにも戻って来て、見つからなかったので、地下室に発電機があるので、それを動かそうって話になりました」
「地下室があるのですね」
「はい。入り口が分かりづらいのですが、台所の隣の部屋、物置部屋の中にもうひとつドアがあって、そこから地下室に降りることができます。五代院さんと地下室に降りました。暗くてよく分からなかったので、お前の携帯も灯りをつけろと言われて、灯りをつけなした。それでもまだ暗かったですね」
若狭君から詳しく聞いていなかったのか、皆、彼の話に耳を傾けていた。それにしても地下室があるなんて、興味津々だ。後で見て見たい。
若狭君の話は続く。「地下になんかデカイ機械がありました。ええっと・・・ああ、そう。ディーゼル発電機だって言っていました。五代院さん、昔、動かしたことがあると言っていたのですが、どうだったかな~こうだったかな~って、あちこちいじっていました。ちょっと、ここを照らしてくれ、あそこを照らしてくれとうるさくて、結構、時間がかかりました」
仮にも先輩だ。うるさいは無いだろう。
「発電機は動いたのですね?」
「はい。ぶるるんと音を立てて発電機が動きました。電気が通ったはずだから、スイッチを入れてくれと言われて、そっちじゃない。あそこの壁だと、スイッチを探して入れると、地下室に灯りがつきました。ちゃんと電気が通ったようでした」
「それ何時くらいのことですか?」
「どうですかね~」と若狭君が首を捻ると、「九時四十分を過ぎていました。四十二、三分だと思います。急に灯りがついたので、ほら、あそこの時計を見ました」と筒井君が居間の壁にかかった時計を指さした。
居間の壁には歴史を感じさせる八角形の柱時計が掛かっている。
「結構、時間がかかりましたね」
「はい。蝋燭を探してうろうろしたりしましたから」
「それからどうしました?」
「五代院さんが、何時、発電機が燃料切れになるか分からないので、動いている内に風呂に入って寝てしまおうと言うので反省会はお開きになって解散しました」
「停電の間、皆さんは何処で何をしていたのですか?」
「ここにいたよ」と松野君が不貞腐れたように答える。
「山の中の山荘です。電気が来ていないと真っ暗でしょう。ここにいたと証明できますか?」
言葉はきついが確かにそうだ。暗闇に乗じて、二階に上がり、長崎君を殺害することが出来たはずだ。
「真っ暗たって、携帯電話があるからな」と松野君が言うが、この広さだ。携帯電話が照らすことができる範囲なんて、たかが知れている。
「私、ずっと携帯見ていたから」と北野さん。「うん。花香ちゃん、ずっと携帯を見ていました」と新沼さんがアリバイを証言してくれた。
「あなたはどうです?ずっと携帯を見ていましたか?」
「いいえ。私はずっと筒井さんと一緒にいました」と新沼さんが答えると、「はい。僕が隣に座っていましたから、彼女がここにいたのは間違いありません」と筒井君がアリバイを証明する。
二人は恋人同士だ。アリバイは無いに等しい。
「君はどうです?若狭輝臣君」と二代目が双子の片割れに聞いた。
二代目はよく間違えずに双子の名前を言えるものだ。
「僕は・・・五代院さんとタツを探しに行ったけど、真っ暗で分からなくて・・・それから、お腹の調子が悪かったのでトイレに行ったりして、あまりここには居なかったかもしれません」
犯行が可能だった訳だ。双子が共謀して長崎君を殺した。それで間違いないような気がした。後は動機だろう。
「さて、松野君。先ほど、ここにいたとおっしゃっていましたが、停電の時、携帯電話はお持ちじゃなかったはずですよね」
ああ~と思った。そう言えば松野君は携帯電話を充電する為に、一旦、部屋に戻ったと言っていた。案の定、誰も松野君が居間にいたと証言しなかった。いや、出来なかったのだ。
松野君は「へへ」と自嘲気味に笑うと、「ずっとここにいたけど、ぼうっと座っていただけだから、誰も俺のこと見ていないかもしれないな。残念だけど、俺にはアリバイはない」と開き直った。
暗闇の中だ。双子であれば入れ替わっても誰も気がつかないだろう。双子のアリバイは無いに等しいし、恋人同士でアリバイを証明し合っても信用できない。結局、アリバイがあるのは北野さんだけだと言うことになる。
一体、誰が長崎君を殺したのか?
「では、電気がつい時、ここにいたのは?」
相変わらず最初に答えるのは松野君だ。「俺はいたよ」
筒井君が直ぐにフォローしてくれる。「僕たちもいました。それに北野さん、テルもいました。ちょっとしてから五代院さんとタツが戻って来ました」
「それから反省会はお開きになって、風呂に入ったのでしたね」
「はい。五代院さんが、反省会はお開きだ。電気が来ている内に風呂に入って寝てくれと言うので、一旦、部屋に戻って風呂に行きました。僕が行った時には五代院さんが出て来たところで、脱衣所で会いました。そして、風呂に入っていると、若狭兄弟が来ました」
筒井君の言葉に、「ええ。筒井と一緒でした」と双子が声を揃えた。「筒井が風呂を出て、暫くしてから僕らも風呂を出ました」と双子のどちらかが答えた。
どうしても、どちらが輝臣君とどちらが龍臣君だったか分からなくなってしまう。
「長崎君は来なかった?」
「見てねえな」、「見ていません」、「僕らも」と松野君、筒井君、双子が答える。
その頃には、長崎君は殺されていたのだ。
「さて、時計を進めましょう。深夜、零時過ぎです。どなたか、よせ! やめろ! という声を聞いた方がいるそうですが」
「僕です」と筒井君。「よせ! やめろ! と怒鳴り声がしてから、どしんと何かが落ちる物音がしました。屋敷がちょっと揺れたような気がします」
「ほう~そんなに大きな物音だったのなら、他にも誰か聞いた人がいるのでは?」と二代目が言うと、今度は反応が薄かった。
「松野君。君は?」
「さあ? その時間なら、もう寝ていたと思う。気がつかなかった」
「若狭君は?」
「テルの部屋にいたんだけど、音楽をかけていたから分からなかった」とこれは龍臣君だ。隣で輝臣君がうんうんと頷いている。
「北野さんは?」
「私も~聞いていないかな~イヤホンで音楽聞いていたし~」
「新沼さんは?」と二代目が聞くと、彼女は顔を真っ赤にして「はい。聞いたと思います。筒井さんがそう言うので・・・」と消え入りそうな声で言った。
二人は一緒にいたのだろう。恋人同士だ。今更、驚かない。
「思えば、あの時、五代院は誰かに階段から突き落とされたんだ。この中に長崎と五代院を殺した犯人がいるって訳だ。怖いね」
松野君にそう言われて、改めてぞっとした。そうだ。この中に長崎君と五代院君を殺害した犯人がいるのだ。普通に生活していて、殺人犯と一緒にいることなどないだろう。随分と危険な場所に来てしまったことに気がついた。
いざ、殺人犯が暴れ出した場合、頼りになるそうなのは――新庄さんだろう。僕は一歩、新庄さんに近寄った。
「それで一人、離れた場所に腰かけているのですね」と二代目が言うと、松野君は「別に・・・そんなんじゃあ・・・」と口を尖らせた。図星だろう。
僕だって怖い。
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