第4話 自宅までの道中
現在の時刻は18時。
僕とひーちゃんは並んで歩きながら、自宅への帰り道を進んでいた。
そして、その道すがらも会話は続いている。
話題は、ひーちゃんの“今の格好”についてだった。
「ひーちゃんは大変だね。今みたいに完全に顔を隠さないとをしないと外に出れないなんて」
改めて、僕はひーちゃんの格好を確認
する。
黒のロングコートに身を包み、黒いサングラスをかけ、同色のユニット帽を目深にかぶっており、その上、マスクで口元まで隠されている。
うん。間違いなく不審者である。
子供がいたら、親は確実に「近づいちゃダメ」と言うだろう。
僕の言葉にひーちゃんは大きく同意する。
「ホントにそれ。だって、この変装、パッと見、完全に怪しい人じゃん?人目を引かないための格好なのに、別の意味で、注目集めちゃうんだから、本末転倒すぎてイヤになるよ」
「あー。確かにそれはイヤだね」
「まぁ、バレない為には仕方がないんだけどさ。実際、今の私をみて星月 光だって思わないでしょ」
「うん。完全に顔が隠れてるから女性なんだなって事くらいしか分からないよ」
「でも……たけくんは、気づいた」
「……え?」
意外な言葉に、僕は思わず聞き返す。
「あの噴水広場。周りにはたくさん人がいたけど、誰も私が“星月 光”だって気づかなかった。でも、たけくんだけは──来てすぐ、
私だって気づいてくれた」
「まあ、一応は幼なじみだからね。高校
まで毎日顔を見てたせいか、変装しててもすぐに、あ、ひーちゃんだって分かったんだ」
「ふふっ……」
急に笑い出したひーちゃんに、僕は戸惑う。
「え? 僕、何か変なこと言った?」
「ううん。ただ……嬉しかっただけ」
「嬉しかった?」
「うん。だって、周りは予想通り、誰も気づかないのに、気づいて欲しい思っている人にだけはちゃんと気づいてもらえるって、なんか嬉しいじゃん」
そう言ったひーちゃんは、マスク越しでも分かるほど、心から嬉しそうに見えた。
「……そういうもの、なの?」
「そう言うものなの。たけくんはバトル
ものだけじゃなくて、もっと恋愛系のアニメや漫画に手を出した方がいいよ。そしたら私の気持ちにも気付くはずなんだけどな。」
ひーちゃんも、僕の影響でアニメや漫画が
好きなのだ。
けど、僕と違って、彼女は恋愛系、いわゆる“ラブコメ”が好みだったはずだ。
残念ながら僕はそのジャンルにはハマることが出来ず、未知の領域であるのだが。
だからだろうか。
ひーちゃんの言っている意味が僕には良く分からなかった。
「えっと、どう言う事?」
「ここまで言っても気づかないなんて……ホント、筋金入りだね。鈍感系主人公が苦手っていう層の気持ちが分かった気がするよ」
そう言って、ひーちゃんはジト目で僕を睨みつける。
良く分からないが、僕の言葉で機嫌を悪くさせたのだけは分かった。
ここは素直に謝っておこう。
「なんか、ごめん」
「なんかをつけてる時点で、私が何で怒っているのか、分かってないじゃん。ホントに悪いと思ってる?」
「うっ」
しまった。
どうやら、余計火に油を注いでしまった様である。
僕は流れを変える為、別の話題をひーちゃんに振る。
「そ、そういえば、今日昼、ニュースでひーちゃんについての記事を見たよ。ひーちゃんが日本に帰国するって。あれ、思ったんだけど、帰国するって発表されたその日にもう既にこうして、ひーちゃんいる訳だけど、今更だけど、どうなってるの?」
話題転換があからさまだったのだろう。
ひーちゃんは、少しだけ呆れたように笑った。
「露骨に話を逸らしたね。まあ、いいけど。それについては、私が事務所にお願いしたの。マネージャーさんと私だけ、非公表で
一足先に帰国できるようにって。だって、
発表してから帰ったら、マスコミが常に私がいるところに張り付いきて、ホテルの外に出る事が出来なくなるからね」
「でも、それって大丈夫なの?ファンや
マスコミだって、ひーちゃんが何日の何時に、どの便で到着するのか気になっているはずなのに、実は、もう日本に着いてましたってなる訳でしょ?」
こうして話している僕としては幼馴染である唯のひーちゃんとしてしか見えないのだが、世間からすると、大スター 星月 光なのだ。
空港でひーちゃんを出迎えたい的な考えを持ってるファンもきっと少なく無いだろう。
そんな中、「すでに到着してました」では、さすがにまずいんじゃないかと思ったのだ。
だが、彼女はあっさりと言い切った。
「問題ないよ。そもそも、帰国日時を公表する義務なんて存在しないから。むしろ、
プライバシーや安全のために、公表しないほうが普通なの。もちろん、一部の人たちは
“ファンサービスが足りない”ってSNSで言うかもしれないけど」
「え……でも、そういう声って無視して大丈夫なの?」
俺の問いに対して、ひーちゃんはまるで
他人事のように、どこか淡々と答えた。
「こういう仕事をしているとね、そんなのは日常茶飯事。批判する人の大半は面白半分に炎上させたいだけで、本気で言ってるわけじゃないの。だから、いちいち気にしていたら身が持たない。それにそういう人たちは熱しやすく冷めやすいから、最初に騒いでもすぐに飽きていなくなるんだよ」
「……へぇ。そういうものなんだね」
「うん。もちろん、純粋に応援してくれるファンのみんなには申し訳ないなって思うよ。でも──」
そこでひーちゃんは言葉を切り、マスクをわずかに下げると、口元を見せながらまっすぐに俺を見据え、微笑を浮かべて言った。
「やっぱり、たけくんと会う事の方が私には大事だから」
「!……ひーちゃん」
世界的大スター、星月 光が。
ファンサービスよりも、僕との再会を優先してくれた──その事実が、素直に嬉しかった。
「ありがとう。そんなふうに、幼なじみの僕との再会を大事に思ってくれてたなんて、」
「……まあ、今はそういうことにしておく」
「え?」
「ううん。なんでもない。それより、たけくんの住んでいる所、あとどれくらい?」
「あぁ。あと10分くらいだよ」
妙に話を逸らされたような気もしたが、
深く追及することはしなかった。
そして、その後も、僕とひーちゃんは取り留めのない会話を続けながら、目的地へと歩みを進めていくのであった。
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