第2話 繋がり


 鉄を叩く音や甘い焼き菓子の香りが漂うウルフスタンの町は、王都ドルガリスに次ぐ大きさで、活気に満ちた商業の拠点だ。


 たくさんの出店が並ぶ石畳の歩道は、鉱山で採掘された鉱石を使ったアクセサリー屋も多く、活気がある。


 他にもおしゃれな洋服や新鮮な食材が所狭しと並び、そこかしこで客引きが行われている。


 そんなこの町ならではの風景を楽しむこともなく、客引きの手を払い人混みを掻き分けていく。


 本当ならすぐにでもヴァルムレイクへ行かなくてはならないのだが、カルマナの強い要望でこうして訪れることになった。


 どうしても行きたいところがあるとかなんとか。


 買いたいものがあるのか、それとも食べたいものでもあるのか。


 いずれにしてもそこまで重要な町ではないと思うが。


「この町は元気ですね。何だかワクワクしちゃいます」

「あまりうるさいのは好みじゃないな。無駄に人も多いしな。さっさと要件を済ませろよ」

「まあまあ、そう言わずに。せっかくですので楽しみましょうよ♪」


 勇者は魔王討伐に足る実力を持つ証、異空間への扉を開くための重要な鍵である宝玉を求め各地を巡礼する。


 それを俺たちで先に済ませ、魔王討伐の権利を奪ってしまおうというわけだ。


 正規の巡礼者は勇者ロザリア。


 早く終わらせないと彼女たちに宝玉を奪われてしまう。


 最悪、勇者を支援するた五大国だけでなく、勇者を崇める宗教であるエテルヌス教まで敵に回す恐れがある。


 魔王を倒すのが目的なのに、そうなっては本末転倒だ。


「あ! 美味しそうな果物がありますよ!」

「食いたいなら勝手にしろ」

「何だか他人行儀ですねぇ。私は悲しいです」

「俺にそんな時間はないんだ。一刻も早く・・・」


 言い終わる前にカルマナは果物の並ぶ出店に走っていった。


 勝手な奴だ。


 こっちはそんな呑気でいられないっていうのに。


「はい! 私の奢りです。一緒に食べましょう」

「いらない」


 そう答えるのが分かっていたかのように、彼女は半ば強引に俺の手に丸くて真っ赤に熟れた林檎を持たせた。


「一緒に食べたら幸せになれますよ〜」

「そういう気分じゃないんだ」

「きっと食べればそういう気分になりますよ」

「お前な・・・」


 お前は知らないだろうな。


 そんな温かい笑顔が青く冷たくなっていく様子が、どれだけの喪失感を生むか。


 そんな風に幸せそうに食物を頬張る姿がどれだけ俺の心を締めつけるのか。


 深く刺さったガラスの破片のように、あいつとの思い出が蘇っては痛みに変わる。


 こんな思いを味わうくらいなら、楽しい思い出なんか無い方がいい。


 思い出が多いほど、それが失われた時の痛みも深い。


 胸の奥が抉られるようなあんな思いは二度としたくない。


 思い出さえなければ、そんな苦しみを味わうこともないんだ。


「カインさん。心の繋がりって素晴らしいですね」


 不意に見せた聖母のような笑みは、どこか儚げで今にも消えてしまいそうな、そんな脆さを湛えていた。


「それは幻想さ。繋がることに意味なんてない。どうせいつか死に別れるなら、心を通わせるどころか出会う意味すらないだろ」


 ・・・自分に言い聞かせているみたいだ。


「そんなことないですよぅ! 私は今、とっても幸せですよ」

「昨日知り合ったばかりでそんな旧友みたいなこと言われてもな」

「はぅ?! すみません私ったらつい」

「別にいいさ」


 シャク・・・。


 ん。しっかり熟していながらシャキッとした歯応えが心地良い。


 しっかりとした甘さがありながら後味はスッと消えていく。


 確かにこれはなかなか・・・。


 気付くと、カルマナの嬉しそうな顔が目の前にあった。


「いや、これはだなっ」

「ふふっ。ほら、とても良い顔♪」


 くっ。ついこいつのペースに乗せられてしまった。


 しかし、たかが林檎をかじっただけでこの安心感。


 何だこれは?


 子供の頃を思い出すというか。


 母親のような・・・。いや、友人?


 とにかく、こいつと話しているとなぜかずっと前から知っているような、そんな感覚になる。


 不思議と俺の心を癒してくれる。


 だが、同時にほんの一瞬だけ疼くこの胸の痛みは何だ?


 ・・・やめよう。


 あまり深入りしてはいけない気がする。


 またあんなことになったら、俺は・・・。


 考えるな。


 そうならないために繰り返しているんだろ。


 今はやらなければいけないことに全力を尽くす。


 ぐだぐだ言うのは全部終わった後だ。


「それはそうと、どうしても行きたいところというのは一体どこなんだ?」

「おっと、忘れるところでした!」


 こいつ、まさか本当に食べ物を買いに来ただけじゃないだろうな。


 するとカルマナは遠目に見える山を指差した。


「あそこは確か」

「はい。鉱山ですね」

「あんなところに何があると言うんだ?」


 すると、彼女は急に黙って俺をじっと見つめた。


 瞬きなく俺を捉えて離さないその視線。


 まるで、俺に何かを気付かせようとしているような。


「ちょっと確認したいことがありまして〜」

「何だ今の間は」

「えへへ。何でもないですよ♪」


 一瞬、瞳の奥に感じた寂しさのようなものは気のせい、だよな。


 まったく。


 急がなければならないと言うのに採掘でもしようと言うのか。


 それとも人気のないところに俺を連れて行き嵌めようとしているのか。


 とはいえ、奇妙な雰囲気があるのは確かだな。


 以前までは気付くこともなかった雰囲気だ。


 不自然なまでに静かだ。その存在を知られたくないかのような。


 そういった不気味さを感じる。


 ・・・こいつ、まさか。


「一応伝えておくが、寝首を掻こうとしても無駄だぞ」

「なっ?! お主なぜそれをっ?!」


 うむ。杞憂だったか。


「いつまでそのダサいポーズをしているつもりだ」

「はっ?! 心を読まれたことについ動揺してしまいました。油断できませんね」


 騙せていると思い込んでいるあたりがなんともおめでたい。


「とにかく、あいつらに追いつかれるわけにはいかない。さっさと行くぞ」

「どうしてそんなに急ぐのですか?」

「お前には関係ない」


 がっしりと俺の腕を掴むカルマナ。


 親と逸れたくない子供みたいだ。


「まだ陽がある。真っ暗なわけでもないのに大袈裟だろ」

「だって、独りぼっちは寂しいじゃないですか」


 頬を膨らませる彼女の瞳は少し潤んでいた。


「一人ぼっちってお前な」


 そんなに離れていないと思うが。


 どさくさに紛れて誘惑するつもりなのか、それとも寂しがり屋を装って悲劇のヒロインを演じているつもりなのか。


 前者ならまだ可愛げがあるというものだが、もしも後者だとするならそれは俺にとっては冗談では済まされない。


 本当の悲劇のヒロインというものを俺は痛いほどよく知っている。


 そんなことを考えていると、彼女は言い聞かせるようにビシッと指差した。


「と・に・か・く! 私の手を離さないでください! 絶対ですよ!」


 ふぅ・・・。


 装っているようには見えないな。


 こんな状態で司教様と旅をして本当に俺の願いは叶えられるのだろうか。


 そして、この予感は割とすぐに的中することになるのだったーーー。

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