第12話 我欲




 俺は父さんや父さんの兄さんのような一途で綺麗な恋じゃなかった。

 精神も魂も肉体も己が身体に堕とし込んではすべてを悉く支配したいという情炎。

 愛しい人を犠牲にして己だけが幸福を得る我欲の塊。

 運命の人だと歓喜する間もなく発生したのは、ひどく、

 穢れていて、濁っていて、腐っていて。

 死ねばよかったのだ。

 手を伸ばす前に、俺の命を俺自身の手で消してしまえばよかったのだ。

 いや。

 死のうとは、したのかもしれない。

 生きたいと希求する一方で、死にたいと渇望していたのかもしれない。

 不衛生で、いくつもの病を持っていて、骨が浮き出ていて、肉なんて本当になくて、小さくて、立つ事もままならず、歩く事もままならない、子どもの濁り淀み切った血を飲み干してしまえば、翹望が叶うと。


 どちらにしても、

 どちらにしてもだ。

 そこに在るのは、我欲のみ。

 愛しい人への配慮など微塵もなく。


(最低最悪な事には変わりない。今も、)




『兄様が。羅騎らきが。その子どもです。紫宙しそらさんが殺した子どもは、生きていたんです』




 紫宙は生きていたのかと安堵する間もなく、その感情が発生する暇もなく、琉偉るいに背を向けて駆け出した。逃げ出した。

 精神も魂も肉体もすべてを支配するのは恐怖。

 また殺してしまうという恐怖のみ。











(2025.4.28)



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