ある羊の物語
@seep3t
第1話 ひつじの夢
いつからだろう?歩いてる場所が道だと理解したのは。いつからだろう?道を踏み外して歩くのが怖くなったのは。いつか道の終わりに行ったとき、人はホッとするのかも知れない。でも道の終わりはあるのだろうか?それまで無事に歩けるのだろうか?不安は尽きない。
草原で羊たちが草を食べていた。それぞれ思うままに草を食べては歩いていた。太陽の明かりは暖かそうで、羊たちが纏うモコモコの羊毛は尚更に暖かそうだった。羊たちは怖いものがないのだろうか?道を歩いてもいない。道がないんだから踏み外すこともない。「羊になれたらいいな」ボソッと呟いていた。羊たちは時間を気にせずのらりくらりと闊歩しては草を食べていた。人は時計を持って時間にも追われている。時間通りにバスや電車が来ないと怒る人だっている。それは社会においてとても大切なことで、多分悪いことじゃない。でも時間通りが当たり前のことだといつからか思うようになっていた。時間通りにバスや電車が来たとき、そこには時間に追われた人たちがいて、そして社会は成り立っている。人の世界は羊よりずっと複雑で、それは比べられないものなのかも知れない。
陽が落ちかけて羊たちの影が草原に伸びていた。きっと少し肌寒いかも知れないけれど、羊は毛があるからそのくらいなら大丈夫だろう。羊たちは変わらず草を食べては休んでいる。その時、草原の奥に人影が見えた。次の瞬間、人の隣にいた犬が矢のように草原を走り始めた。大きなストライドで、一歩ごとに地面を蹴っては宙を飛んでいた。ワン、ワン、大きな声が草原に響き渡る。羊たちがざわつき始め、動き始める。犬が大きな輪を描くように、羊たちを囲うように走ると、羊たちは行儀よくまとまって移動し始める。それは草原に描かれた渦のようで、ぐるぐると回っては新しい渦を作っていった。やがて羊たちは皆柵の中に帰っていった。羊たちも追われていたのだ。人には分からないだけでもっと多くのものに追われているのかも知れない。踏み外さないように怯えながらいるのかも知れない。羊には羊の社会があるのかも知れない。
日は暮れて夜になった。今日の羊はどんな夢を見るのだろうか。陽が暖かかった夢、草が美味しかった夢、犬に追われた夢、何を見てるのかは分からない。僕は羊になりたいと思った気持ちと、羊も自由ではないんだという気持ちの夢を今夜見るのかも知れない。
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