第十一話 伝承よ、竜を屠れ

「ヴィ――伊達眼鏡の君」


 この衆人環視の中、本名はまずいと判断。

 沈黙の魔法を使う余力など無いのだ。

 それはあちらにも解ったのだろう。

 彼は小さく頷くと、自らの服が汚れることもいとわず、こちらを抱き起こしてくれた。


「あなたのプランが役にたった。ここまで速やかに動員できるとは、予想外さ」


 強きに笑うヴィルヘルム殿。

 そうか、辺境伯領へ赴く前、確かに私は、彼へと冒険者の動員を簡便にする方策を渡していた。

 だが、あれは草案であり、ここまでの事が出来るものでは……。


「緊急時だ、横車を押したのさ。それよりも、あの竜をどうにかする手段が、あなたにはあるか?」


 眼鏡の奥から注がれるのは、一縷いちるの望みと、信頼。

 ……応えなければと思った。

 アンリが、冒険者であるために。


「伊達眼鏡の君、この国の竜の伝承を教えてくれ。建国王は、どうやってアレを倒した?」

「……昔語りに曰く、木、岩、刃、乾いた物、湿ったもの、魔法のいずれによっても傷つかず、昼も夜も自分を殺すことはできないドラゴンを、ゴートリー始祖は、鞘に収められたままの剣にて、乾かずに湿らない泡を纏わせることで倒したとされている」

「それだ」


 私は、空を見上げる。

 気が付けば、雨はやみ、雲間が切れて夕陽が覗いていた。

 いまは夕暮れ。

 昼でもなく、夜でもない時間。

 ……やれる、やれるとも。


 冒険者諸君が稼いでくれた決死の時間で、魔力も僅かだが回復した。

 全身の痛みはひどいが、無視できる。

 私は、飛翔の魔法を発動する。


「アンリ嬢、これを!」


 飛び立ったところで、ヴィルヘルム殿がなにかを投げ渡してきた。

 それは、彼の守り刀。

 ゴートリー王家に伝わる、鞘に収められた剣の宝物で。


「恩に切る」

「自分のことは!」


 彼が叫んだ。

 はにかんだような、顔で。


「これから、ヴィルと呼んでくれ」

「……ありがとう、ヴィル!」


 私は天高く、飛び上がる――



§§



 冒険者は善戦していた。

 あの脅威の破滅たる竜を前にして、防衛に徹しているとはいえ、生存していたのだから。

 しかし確かに、着実に、彼らの命は削り取られている。

 急がねば。


 私は魔法の収納空間から、あるものを取り出す。

 それは、石鹸。

 ヴィルヘルム――ヴィル殿に贈られた呪詛の一部。


 この竜は、呪詛によって逸話を再現したものだ。

 刃は通じない、魔法も通じない、乾いたものも、湿ったものも通じない。


 だが、魔法とは論理をまこととして世界へ刻むもの。

 竜の逸話が完璧であるのなら……いける。


 私は魔法で水を出し、石鹸を泡立てる。

 その泡を、託された守り刀へと塗布。

 鞘に収められたままの、泡だらけの鞘。

 なんと滑稽な代物か。

 それでも、だ。


 私は信じる、これこそが唯一の対処法だと。


「呪詛竜よ……覚悟!」


 私は高々度から加速をつけて落下。

 速度を上げながら、一直線に竜の頭上へと迫る。


「――!」


 こちらに気が付いた竜が、嘲笑とともにブレスを放つ。

 紙一重、全身を回転させながら軌道を逸らして回避。

 私と竜の距離が、限りなくゼロに近づき。


「伝承の一撃を受けるがいい!」


 すれ違いざま、渾身の力を込めた一撃を、その頭蓋へと叩き込む。


「ガギャアアアアアッ!?」


 竜が、絶叫をあげた。

 あのバケモノが、激痛にのたうち回る。


「そんな、武器は効かないはずでは!?」


 ドラゴンの背に乗っていた呪詛士ミルタが、驚きに目を見開いた。

 言わんとすることは理解する。

 この竜は武器を受け付けない。


 ましてこのようなリーチの短く、重さのない武器を、筋力もなにも足りない幼女がふるったところで、蚊に刺されたほどの痛みすら感じないだろう。

 だが。


効くさ・・・。それとも、逸話の再現は呪詛の専売特許だとでも思っていたかな?」

「まさか、伝承武装!?」

「イグザクトリー。貴様が偽りを形にしたように、私も語られてきたことを事実とさせてもらった」

「これは、気が付きませんでした! まさか、泡の剣とはっ。わたくし、猛省です……!」


 伝説は語る。

 この竜の弱点は、泡であると。

 そして、刃でもなく、魔法でもないもの。

 鞘と呪詛によって殴りつけられた竜は、物語の通り敗北するのが定めなのだ。


「バガアアアアアアッ!!!!」


 それでも悪あがきの如くブレスをぶちまけようとするドラゴン。

 私は今一度、満身の力を込めて、今度はその喉元、すなわちあらゆる竜の弱点とされる逆鱗げきりんに鞘を叩き込んで――


「――――――」


 巨体が、倒れる。

 羽が堕ち、尻尾が力なく垂れ、呪詛の炎が、竜の全身から消えさった。


「勝ったんすか……?」

「おうとも! 俺たちの勝ちだ!」


 冒険者たちがどきをあげる。

 私の眼前には、いまにも消滅しそうな様子の呪詛士。

 恐らく竜の存在を保つために全力をついやし、その敗北の影響を受けて己の存在が燃え尽きようとしているのだろう。

 ふと、気になった。


「なぜ、このようなことを?」

「失われ、忘れさられ。この世から消え失せていく呪詛を、せめて思い出して欲しかった……とでも悔悟かいごいたしませば、ご満足されますぅ?」

「…………」

「ええ、それは嘘で本当で偽りで。実際は、以前も申し上げたとおりでございますよ。わたくしは、あなたにとって端役はやく。この竜も、この街も、いま語った動機も、なべて書き割りにてございますわ」

「意味がわからないな」

「願われたのなら叶える」

「――――」

「呪詛士と魔法使いに、本質の違いなど無い、そうでございましょう? ですから――」


 灰になって崩れ去る瞬間。

 ミルタは、確かにこう言った。


「国が滅ぶのは、これからでございますよ」


 意味を図りかねていると、竜の身体に宿っていた呪詛が、空へと舞い上がり、とんでもない速度で南へと向かって飛翔した。

 同時に、ヴィルヘルム殿が、叫んだ。

 駆け寄ってき伝令の衛兵から、何事かを聞いて、血相を変えて。


「アルカディア王が、崩御ほうぎょしただって!?」


 私は。

 いまより滅ぶ国の名を、理解した。


 ソドゴラが、終わる――

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