第十話 そのキズナは裏切らない

 衝撃を受け、意識が朦朧もうろうとする。

 泥にまみれたたわむ視界。

 降りしきる雨が、地面と混ざって、ぬかるみを作る。

 竜の息吹が外壁と、さらにその先にある住居を燃やし、緑色の炎をほとばしらせる。


 悲鳴を上げてまどう人々。

 逃げることすら出来ない人々。


 ……またか。

 また、繰り返すのか。


 父母を奪われたときのように。

 しくも同じ、幼子の姿で。

 貴様は、私にそう言うのだな――神よ。

 おまえは無力なままだと。


「ふざけるな」


 させてたまるものか。

 誰も、傷つけなどさせない。

 そのために、私は学び、鍛えてきたのだ。

 ぬかるむ泥に手をつき、無理矢理に身体を起こそうとして、失敗。

 水たまりに、したたかに顔をぶつける。


 おちる花冠。

 私に与えられたもの。

 もう、ひとつとして取りこぼしたくはないと、強く誓ってかぶり続けてきた、私だけの冠。初めての報酬。

 懸命に、それを取り戻そうと手を伸ばせば……暗黒の影が、差し込んだ。


 無理矢理に顔を上げる。

 視線がかち合う。

 悠然とこちらを見下ろし、嘲笑する竜の目。

 呪詛竜ドラゴンが、あぎとを開く。


 再びブレスを吐くつもりか!?

 待て、そんなことをされれば、民は――


「ふざけるなっ」


 繰り返すは己への叱咤しった

 悲鳴を上げる全身にムチを打ち、防御魔法を再度展開。

 しかしそれは、直近よりもはるかに弱々しく。


 ……諦観はない。

 それでも心が、失うことの恐怖にたわんだとき。


 私は、奇跡を見た。


火炎アッド・爆裂焼夷弾ファイア・シュート!」

「投げ斧も喰らっておけ!」


 竜の鼻っ面で炸裂する、広域殲滅魔法。

 さらに槍や斧、スリングで飛ばされたと思わしき瓦礫などが、炸裂する。


「――あ、ああ」


 振り返り。

 攻撃が飛来した方へ視線を転じ。


「あああ!」


 私は、涙を流した。

 そこに、彼らがいたからだ。

 他ならない、この国の冒険者達が!


「待たせたな、お嬢! 恩返しに来たぜ!」

「ブラム氏!」


 先頭を切って、竜へ躍りかかるのは長柄の斧を担いだ半裸の巨漢。

 そのあとを、彼の弟分達が、そして他のベテラン達が続く。


 だが、竜は強大だ。

 いまも蟻でも踏み潰すように、前足を振ろうとする。

 触れれば即死もあり得るぞ!?


「そんな顔するな、俺は――めちゃくちゃ強ェからよ」


 ニヤリと笑ったブラム氏が、攻撃を掻い潜り、竜の懐へ飛び込む。

 そのまま、斧を関節へと叩きつけた。

 無論、竜は傷ひとつ付かない。それどころか斧の刃はこぼれ、追撃まで放たれる。

 が、ブラム氏はこれもかわす。

 躱した先に、背後から迫る竜の尻尾。


 危ないと叫ぶ前に、魔法使いくんたちが同時詠唱。

 火炎弾が殺到し、その爆風に乗って半裸の銀等級冒険者は跳躍。

 竜の首へ一撃を入れ、とんぼを切って背後へと下がり、戦いを仕切り直す。


 それは、鍛え上げられた肉体だけがなせる技だった。

 一挙手一投足。

 生まれたときから今日この日まで、続けられてきたたゆまぬ鍛錬が、髪の毛の先から指先まで通った神経、意識の流れがあって初めて完成する武芸。

 私のような、仮初かりそめの肉体ではなく、生まれ持っての経験とリンクした強靱な身体によってのみ為される偉業。


 いいや、それだけではない。

 ルルさんを、妹さんを守るためにも、彼は戦っている。

 病に倒れ、解決策もなく疲弊していく毎日が、ブラム氏にどれほどの弱体を押しつけていたのか、いまならば明確だ。

 これこそが、ブラム・ハチェット。

 その真の実力なのだろう。

 けれど彼は、それを誇るでもなく、ただ変わらずに兄貴分として、背後の冒険者達へと指示を飛ばす。


「黒曜等級以下のやつらは、避難誘導と消火活動だ! 銅等級以上の馬鹿野郎どもは、竜を足止め。ただし死ぬなよ? 打ち上げで飯も酒にもありつけねぇぞ!」

「がはは! そりゃあ、たまらねぇ! ……精々命を大事に街を守らせてもらうぜ」


 応じる冒険者達もまた、これまでと同じく、自らのやるべき役目へと向き合う。

 襲撃を受け、倒れ伏し、ただ絶望していた人々。

 だが、冒険者達は彼らを抱きかかえ、泥にまみれることもいとわず、壊れた家屋の下から救い出し、手を差し伸べる。

 それを見た人々の瞳に、かすかな、されど確かな生気が宿る。


「頑張れ」


 誰かが叫んだ。


「頑張れ、冒険者! 負けるなー!」

「――おうよ」


 声援を受けて、拳を突き上げるブラム氏。

 私は見た。

 やはり見たのだ、奇跡を。


 あれだけ忌み嫌われていた冒険者が。

 住民を助け、その助力を請われる姿を。


 だから。


「いつまで寝そべっているつもりだ、アルカ・アンリ」


 震える膝を殴りつけ。

 力ない腕を地面に叩きつけ。

 花冠を頭に乗せて。

 私は。

 再び立ち上がる。


「アンリ嬢!」


 見知った声が響いた。

 ゴートリー第三王子が、いま、この場にせ参じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る