第八話 絢爛舞踏会にて

 そして、あっと言う間に舞踏会当日。

 豪華絢爛な会場に、多くの貴人達が集まっている。

 そこに、私もまた同席していた。

 場違いだとは思わないが、これからのことを思うと……いささか気が重い。

 ヴィルヘルム殿の頼みでなければ、逃げ出していたかも知れないな。


 さて、そのヴィルヘルム殿はどうしているかといえば、見違えるような姿をしていた。

 というのも、正装に身を包んでいるからだ。

 これからダンスを踊ろうというのだからもっと適した衣服があるようにも思えたが、ゴートリーの男性王族は正装がしきたりらしい。

 これは辺境伯の元で促成栽培的に学んだことだった。


「みな、聞いてくれ。実はちょっとした発表がある」


 一通り、挨拶が終わったところで、第三王子殿が声を上げる。

 視線が集中するなか、彼がこちらへ目配せ。

 あー、覚悟を決めるべきときか。

 私はそれなりによそ行きの表情を作ると、〝殿下〟の隣に並んだ。


「彼女の名はアンリ・ロイス。ロイス辺境伯家のご令嬢であり……この第三王子ヴィルヘルム・ゴートリーの婚約者だ」


 水を打ったように、会場が静まりかえった。

 それまでは表面上、優雅に、水面下では打算と欲望に満ちた思惑をめぐらせていた人々が、さっと青ざめ。

 どういうことかと抗議の声が、いままさに爆発しようとしたところで。

 殿下は、さっと右手を掲げる。


 すぐさま、楽団が音楽を奏で始めた。

 出鼻をくじかれた一堂に対して、殿下は告げる。


「では、十全にダンスを楽しまれよ。アンリ嬢、一曲踊っていただけるかな?」

「……もちろん」


 ため息をなんとか飲み込んで、差しだされた手を取る。

 周りが騒ぎはじめるが関係ない。

 私たちは、ホールの真ん中へと躍り出る。


 さてはて。

 ここで当然やるべきことがある。

 私はいま幼女で。

 ヴィルヘルム殿は健全な青年だ。

 身長差が大変なことになっている。

 だから、これを誤魔化すために浮遊と、そして少々難度の高い魔法を使う必要があった。


「『映し出すは心の真、受け取るものが求める像――幻影反射ミラー・ミラージュ』」


 真実を形にする魔法の中でも異端に属する、相手が望む幻をみせる技。

 私は幻影をまとい――実際は床から浮き上がり――殿下と帳尻の取れた背格好であるように、周囲に錯覚させる。

 実際に変化しているのではない。

 いまも私の手は第三王子の背には届かず、足は床を踏んでいないのだから。


 それでも、観客達からはため息がもれた。

 当然だ、私の母上の美貌なのだから。


「アンリ嬢」

「わかっているとも」


 伊達眼鏡の君がささやく。

 すると、背後から衝撃。


「ごめんあそばせ」


 殿下に呪詛の満ちたお茶をプレゼントした貴族令嬢。

 オリアンナさんが、他のパートナーと踊りながら、こちらにぶつかってきた。

 もちろん故意だろう。


 同じように、何人もの女性達が、私だけに嫌がらせを仕掛けてくる。

 足を引っかけようとしたり、肘をぶつけてきたり、ひどいときは尻で吹き飛ばそうとしたりだ。


 だが、これでいい。

 これを待っていたのだとも。

 彼女たちにしてみれば、突如現れたいけ好かない自称婚約者をメタメタにして失墜させてやろうという魂胆だろう。


 ひとえに私に恥を掻かせたい。

 第三王子殿との婚約を破談にさせたい。

 いうまでもなく、そんなことをすれば彼女たちの、いや、家の経歴にすら傷がつくと理解していながらも、やめられない。

 〝呪詛〟は、そうやって人間の情緒をおかす。


 だが、やはりこれでいい。

 私の目的は、あくまでヴィルヘルム殿を守ること。

 つまり、〝呪詛〟を持っている人間が、そちらから触れ・・に来てくれるなら、これ以上都合がいいことはないのだ。


「あら、不調法を」


 オリアンナさんが再び迫る。

 タイミングは唐突で、本来なら対応できない。

 だが、来ると解っていたのなら、話は違う。


 呼吸を合わせて、ヴィルヘルム殿が、ターンのステップを踏む。

 遠心力に合わせて私は手を伸ばし、突っ込んでくるオリアンナさんの腹に私は触れて。


「『古流魔法拳術マーシャル・マジカ』」


 精緻に調律した魔力を、相手の体内へと送り込む。

 ビクリと彼女が総身を震わせ、その背中から、緑色の煙のようなものが抜けていく。

 呪詛だ。

 へたり込みそうになるオリアンナさんを、その場のパートナーが必死で取りなす。


 そこからは早かった。

 令嬢達がこぞってこちらにやってくるのを、私は舞い踊りながら触れて回ればよかったのだから。

 どうせヴィルヘルム殿以外には、真っ当な姿として映っているのだ。

 だから、好き勝手に舞った。


 天を踏みしめ、真横になってステップを踏み、殿下の腕の中でくるくると回り。

 ぶつかってくる相手をかわし、優雅に、みやびに、その背や腹に触れていく。


「アンリ嬢」


 とっくにリードを手放した相方が言う。


「自分は一度、うらやんだことがある。あんなにも心をかき乱されたのは、きっとあの夜が初めてだった」


 また一人、ご令嬢から呪詛を抜き去りながら、「なんのことかな?」と訊ねれば。

 彼は、神妙な面持ちで答える。


「はじめて貴女と出会ったとき、あなたは破落戸ごろつきと踊った。美しいと思ったのだ。同時に、嫉妬もした、なぜその相手が自分ではないのかと」

「それで?」


 問い掛ければ、彼は破顔した。


「いまは自分がパートナーだ。光栄だよ」

「そうか」

「そうさ」

「はは」

「はははは」

「はっはっは」


 私たちは、どちらともなく声を上げた笑った。

 ここが公の社交場であることなど、どうでもよかった。


 舞い踊り、呪詛をはじき出し。

 とことんやって、そして私はやり遂げる。


 曲が終わったとき、立っていたのは私たちだけで、ご令嬢達は皆、腰砕けになっていた。

 そして、天井付近には、排出された呪詛のモヤが貯まっており。


 あとで問題になっても困る。

 ここで片付けておくかと魔力を拳に集中させたときだ。


「たいへんです!」


 会場に、衛兵が飛び込んできて、叫んだ。

 凶報を。


「王都へ、第一級災害――ドラゴンが向かってきています……!」


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