第五話 ランチと謎解きと呪詛と

 羽をすべてむしり、内臓を取り出された自在鴉の肉が、いま目の前にあった。

 冒険者ギルド前の、広場でのことである。


 今回の依頼には、厳密な意味では含まれていなかった自在鴉の討伐。

 その結果として、自在鴉の肉は、参加者全員へと平等に払い下げられていた。

 だが、自在烏の調理経験者などいるわけもなく。

 このオールマイティーな私へと、お鉢が回ってきたわけである。

 ……身も蓋もない話をすれば、肉の解体と下働きは白木等級の仕事、ということなのだろうが。


 というわけで、即席で作られた厨房で、エプロンを身につけながら思案にくれる。

 肉の鮮度は抜群だが、それでも独特の臭みがある。

 ジビエとしては、やはり一手間かけたほうがよいだろう。

 身質みしつに脂が極めて少ないことも気になるな。これを補う手法が必要だ。


「よし」


 まずは塩をふり、臭み消しの香草をまぶし、油に漬け込んでマリネーする。

 本来なら一晩、獣の発情臭を考えると二晩はつけ込みたいところなので、ここは魔法で時短していく。

 時間ときを操っているわけではない。

 あくまで状態を早めているのだ。


 マリネー液が浸透したら、取り出し、身がひたるほどの豚脂ラードを溜めた鍋で、コトコト煮込む。

 低温で、長時間調理することで旨味を凝縮する方法、いわゆるコンフィだ。


 肉から出る臭みはラードが受け止めてくれるし、筋張った肉も、この調理法ならば硬くなることはない。

 加えて足りない脂分も補える。

 まさに一石二鳥。

 しかし、やはり時間がかかりすぎるのは難点なので、今一度魔法でブーストしていく。

 なに、仕方がないことだ。

 目の前で皿とフォークを握っている冒険者の一団は、既に待ちきれないといった顔で、よだれを垂らしているのだから。


 火が通ったらスライス。

 別途用意した鍋に、トマト、タマネギ、ニンニク、ウリ科野菜のピクルスなどを入れ、さっと炒め、酒、マスタードとバターで味を調えてソースに。

 これを先ほどのコンフィの上からかければ。


「お待ちどおさま。自在鴉のコンフィだ。堪能してくれ」

「いっただきまーす!」


 一同が合唱のように手を合わせ、各々祈りの言葉を吐き出してから、肉にかじりついていく。


「おおっ!? こ、こいつはいけるぜ!」

「ああ、最初は血なまぐさいかもと思ったが……こりゃあ、新鮮なレバーの風味だ」

「俺の家は牧畜やってたからわかるけどよ、こんな美味いレバー無いぜ」

「鴉っていうより、あれだな、かもだ」

「まったりとした血のコクと、肉本来の旨味がじゅわっと溶け出してくる!」

「それでいて肉は柔らけぇ。けど食感はあって、肉を食っているって感じが半端じゃねぇぜ」


 つまり、ご感想は?


「最高に美味い!」

「この味ならお貴族さまから銀貨をひったくれるぜ!」

「くぅー、もっと食いてぇよ」

「おかわり!」

「うまかった、ごちそうさん」


 肩を組み、ジョッキを打ち鳴らして歓呼かんこの声を上げる冒険者達。

 好感触に、思わず、よしっ! と私は拳を握る。

 口元がニヤけてしまうが、どうかいまだけはゆるされたし。

 やはり、誰かに喜ばれるとは、嬉しいことなのだ。

 そこに感謝の言葉があれば、もう他に何もいらないほどに。


 ……そうか、料理は愛情。

 ルルさんの言葉の意味が、いまならば理解できる。

 私は彼らをねぎらいたかったのだ。

 勇敢で、愛すべき隣人たる冒険者の友たちを。


 そういうわけで、自在鴉の肉は一仕事終えた冒険者たちの宴の席で、猛烈な勢いで消費されていくのだった。

 即席キッチンの片付けを終えて、私もコンフィを味わっていると、半裸の巨漢が隣に腰掛けてきた。

 ブラム氏である。


「お嬢は、いい嫁さんになるな」

「私が? 花嫁に? まあ、確かに花冠をかぶってはいるが」

「かっはっは。その齢じゃあ、実感も湧かねぇか。いや、こんなこと言ってるとルルに怒られるな。土産みやげに、この肉を持っていて機嫌を取ろう」


 愉快そうに笑ってから、彼はこちらへ木のコップを差しだしてくる。

 中身は、葡萄酒?


「心配するな。ただのジュースだ」

「案じなくとも、魔法使いにアルコールは効かない」

「俺の弟分はしこたま酔っているんだよ」

「……それはそれは」

「しかし、自在鴉の羽が、ああも高値で売りさばけるとはな。俺は知らなかった」


 それは、私とてそうだ。

 絶命した瞬間、虹色に変わった自在鴉の羽は、金貨虫被害を相殺してあまりあるだけの収益をもたらした。

 おかげで、なんとかギルドは、貴族や豪商たちのお目こぼしをもらえたという状況だ。

 もしも一切補填が出来なかったのなら、冒険者の立場はいまより悪化していたと聞き、正直血の気の引く思いであった。


「その件で、ギルドに、報告書を出さなきゃならねぇ。お嬢の臆測おくそくでいい。今回の一件について、話してくれ」


 真剣な眼差しで問い掛けてくるブラム氏。

 どうやら、単純にねぎらいに来てくれたわけでもないらしい。

 彼も上に立つ者として、やるべきことが多いということだろう。

 なるほど、兄貴分も頷ける。


「そうだな。まずは事実を列挙しよう。ゴートリー中で宝飾品が盗まれた。犯人は自在鴉。理由は、巣に持っていくため。そして宝飾品には金貨虫の卵が植え付けられていた」

「それだ。最後のが解らねぇ。金貨虫が出てくるってのは、どういう了見だ?」

「恐らくだが、この二つの魔物は共生関係にあるのだろう」


 ブラム氏が片眉を跳ね上げる。

 それから目をつむり、顔のタトゥーを撫でた。

 私がコンフィを完食するほどの時間が経ったところで、


「金貨虫は自在鴉の餌だったってことか?」


 彼は見事、答えに辿り着く。

 口の中のジビエ肉を、葡萄ジュースで流し込みサッパリとさせてから、私は改めて彼を褒める。


「マーベラス。兄妹そろって聡明なことだ」

「馬鹿にしてるのか。俺だけならともかく妹の悪口は――」

「失敬、これでも本気で褒めているのだよ」

「……なら、続きを話せ」


 もちろんと頷き、私は推論を語っていく。


「自在鴉の羽を見ただろう? 色を好きなように変えることができる。あの能力に、私たちは既視感があるはずだ。言うまでもない、金貨虫の擬態能力だとも」

「それを食べることで取り込むってのか」

「もしも魔物学者がこの場にいたら喝采かっさいをあげるか喜びで気絶しているだろう。そのぐらいの大発見だ」


 元から生態がわからなかった二種の接点から、新しい関係性が見えてくれば、学者など本当に狂喜乱舞しかねない。


「自在鴉は餌となる宝飾品――自然界では鉱物や朽ち果てた冒険者の防具などだろう――を集め、これに共生する金貨虫の女王が卵を植え付ける」


 自在鴉は、その宝飾品と、自らの卵をいっしょに土中にある巣へと納める。


「先に羽化するのは金貨虫だ。これは宝飾品を喰らい、それに擬態する。追って自在鴉の雛が羽化し、金貨虫は最初の餌になる」

「おかしいぜ。金貨虫にメリットがねぇ」

「君が語ったことだ、ブラム・ハチェット」

「なに?」

「リスはしばしば、保存食の木の実を埋めたことを忘れる」


 つまり、自在鴉が卵を産み忘れるか。


「あるいは、鴉の卵が孵らなかったとき、金貨虫は自由を得る。その巣を拠点に増え、成虫になれば土を掘って外へ飛び立つ」


 そうして数をたもつわけだ。

 これは、なにも魔の森に限ったことではないのだろう。

 そして自在鴉以外にも、金貨虫の共生相手がいることを暗に示していた。

 でなければ、いくら何でも現代まで生き残れない。


「……いいぜ、そいつについては納得する」


 ブラム氏が、ため息を吐きながら頷く。

 けれど、すぐに彼は、目つきを鋭くしてみせた。


「だが、なんでゴートリーが襲われた?」

「おっと、やはり君は聡明だ」


 そう、最大の疑問点はそこだ。

 自在鴉も金貨虫も、本来は人里離れた場所で生活する魔物だ。

 だからこそ、今回のような生態が、誰にも知られずに来たのだから。


 ならばなぜ、自在鴉は町を襲ったのか。

 あるいはそれが、本来森の奥深くに住む巨大赤熊が、外縁部まで進出していた理由と重なるのなら?


「アンリ」

「……無事だった宝飾品のなかに、いくつか気になるものがあった。〝呪詛〟の光を宿しているものがね」


 もし、これに魔物がきつけられたのなら?

 あるいは、すべての魔物が影響を受けるような強大なナニカが、いま〝呪詛〟を受けているとすれば?


「そういえば、ブラム氏は以前、こう訊ねたな。ドラゴンはなぜ宝を集めるのか。私はこう答えた。卵を守る壁にするためだと」


 そして、このゴートリーにも、ドラゴンの逸話は伝わっている。

 竜を退治した者が、王家となったという伝承が。


「どこか、恣意的しいてきだとは思わないか?」

「…………」


 半裸の青年を見上げる。

 彼が私を見下ろす。

 視線が、緩やかにぶつかり合って。


「おまえの目は、綺麗だな。まるで、星空のような――」


 ブラム氏が、なにかを言いかけたその時だった。

 馬のいななき。

 広場に駆け込んでくる馬車。

 そこから悠然と降り立った人物が、真っ直ぐにこちらへと歩み寄り、声高に告げる。


「アルカ・アンリ嬢、自分と同道どうどう願おうか」


 それなるは伊達眼鏡の君。

 この国の第三王子。

 ヴィルヘルム・ゴートリーからの、直々の要請だった。


「あぁ……」


 今度は何を、私はやらかしたのかね……?

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