第四話 自在鴉の啼く頃に

 なにも難しく考える必要は無かった。

 同時に、ギルドが取った人海戦術は極めて正しくあったとも言える。

 つまるところ、我々は探す場所を間違えていたのだ。


 自在鴉ネヴィル・クロウ

 大きさを自在に変える、羽の色も変えることができる、生態のわからない鴉の魔物。

 先入観があったのは確かだ。

 鳥は木の上に巣を作るだろうと。

 けれどいま、私たちに予断はない。


「せーの!」


 決められていた時間を迎えた私たちは、ゴートリーの各地で同時に魔法を発動する。

 使うのは、先日と同じく探査の技。

 しかし、向けるのは上ではなく――


「アンリのあねさん、反応、多数っす!」

「正解だったようだな」


 いつの間にか私のことを姐さんなどと呼ぶようになった、ブラム氏パーティーの魔法使いくんが、手を叩いて喜ぶ。

 そうだ、反応はあった。

 木の上でも、崖の上でもない。


 地面の下に。


「よーし、ここからは俺たちの出番だ!」


 ブラム氏がスコップを右手に掲げれば、応! と一同が声をそろえ、地面を掘り返しはじめる。

 額に汗する皆に続こうとすると、ブラム氏が「お嬢はあっちだ」と声をかけてきた。

 見遣れば、持久戦になることを見越してか、簡易的な食事の準備などがされており、どうやらそちらを手伝うようにという指示らしい。


「ふむ、ではこれだけ。『結合の意図を断つ――対象他者多数アザー・エルス崩壊促進ボロ・ボロレ』」

「おお」


 掘削くっさくのスピードが目に見えて向上した。

 この場にいる全員のスコップに、当てたものを簡単に崩せる魔法を付与したのだ。


「ありがとよ、嬢ちゃん」


 感謝の言葉に、ほっこりと胸が温かくなるのを理解しつつ、手を振って給仕に回る。

 そうして、数刻後のことだ。


「あったぞ、財宝だ……っ」


 誰かが、大声を上げた。

 駆け付け、労いの言葉と、冷えた水を渡す。

 一服つく彼と入れ替わりで、私たちは掘り返された穴を覗き込んだ。


 キラキラと輝いていた。

 指輪が、宝石が、ネックレスが。

 小刀が、イヤリングが、腕輪が。

 そしてその横に、添えられるようにしておかれていたのは、黒色の卵。


 あちこちであがる、発見の報告を聞きながら、私たちは頷き合う。

 間違いない。


「これが、自在鴉の巣だ」

「そうと決まれば、お宝を回収――っ?」


 魔法使いくんが宝石に指を伸ばしたところで、目を見開く。

 なぜならば、動いていたからだ。

 すべての、宝が。


「やはり、金貨虫ゴル・セクト。強奪された宝は、どうやらとっくに虫に食われていたようだな」

「そんなぁ、草臥くたびぞんじゃないすか、姐さーん」


 魔法使いくんの気持ちもわかるが、なかには無事なものもあるだろう。

 でなければ探査に引っかかるわけがない。

 だから、それを探さなければと考えた。

 刹那だった。


『げぇえええええええええええ!!!』


 耳をつんざくような鳴き声。

 同時に、一帯が影になる。

 ハッと視線を空へと跳ね上げれば。

 そこに、自在鴉が。

 魔獣ネヴィル・クロウが、両目を怒りに燃やしながら、宙を舞っていた。



§§



 突っ込んでくる自在鴉を迎え撃とうと、冒険者たちが身構える。

 だが、鴉の姿がぼやけ、次の瞬間消滅。

 混乱の最中、冒険者たちの背後に突如としてネヴィル・クロウは再び姿を現し、その巨大な翼で彼らを薙ぎ払う。

 上がる悲鳴と、困惑の声。


「こいつ、姿を消しやがるのか」


 誰よりも速く冷静になったブラム氏が、一同に背中合わせに身を回るよう指示を飛ばす。

 その瞬間を狙い撃ってくる自在鴉!


「オラァ!」


 見えない場所から飛びかかってくる脅威を、ブラム氏は勘働きだけで迎撃してみせる。


「司令塔を狙ってくるかよ、そこは鳥頭ピーチクパーチクであってくれよな、モンスターが!」


 悪態をつきながらも、彼は巨体の魔物を寄せ付けない。

 風圧を斧の刃で切り裂き。

 隙間を縫って飛来するくちばしを、斧の腹で受け。

 頭上から肉薄する鉤爪を、斧頭おのがしらを持ち、柄を杖術じょうじゅつの要領で跳ね上げて打ち払う。


 さすがは銀等級冒険者。

 一方で、私はある事実に戸惑っていた。


 魔法によって強化された聴覚が、自在鴉の羽ばたきとは異なる羽音を拾う。

 ブーン、ブーンというそれは、金貨虫が発するものに近く、けれどずっと大きい。

 視力をさらに魔法を増強。


 一帯を見回せば――いた。


 通常の個体よりも二回りは大きい、人の腕ほどの大きさをした金貨虫が飛んでいる。

 恐らく、女王と呼ばれる個体。

 すべての金貨虫の卵を産むもの。

 自在鴉と金貨虫の女王。

 どうしてそれが、この場に居合わせる?


 卵。

 巣作り。

 宝石を食べる魔物。

 羽の色を自在に変えられる魔物。

 導き出される答えは。


「……理解したとも。共生関係か」


 結論が出たところで思索を停止。

 自在鴉の強襲に難儀している冒険者仲間へと向き直る。

 ブラム氏と視線が合う。

 すると彼は即座に、


「居場所が正確にはわからねぇ。なんとかなるか?」


 私へ、やるべきことを伝えてくれた。

 にっと口元を吊り上げて、親指を立ててみせる。


「信じるぜ」


 ひとり自在鴉へと突っ込み、おとりを買って出るブラム氏。

 しかしその眼前で、再びネヴィル・クロウは姿を消す。

 けれどなお、ブラム氏は止まらない。全幅の信頼をこちらに預け、真っ直ぐに進む。


 ゆえに、私は。

 両手を組む。


 祈るような所作から、それを突き出して。

 開き、強く打ち鳴らす。

 弾けるは活性化した青い魔力。

 双眸が、いま煌めく。


「『見渡すは彼方かなた、遠く、指先、地の底。全周あまたを映す瞳を我に。全天球探査アラウンド・グルン』!」


 ポーンと、魔力波長が私を中心に周囲一帯へと拡散。

 自在鴉は、相手に自らの姿を気が付かせない天才だ。

 だが、種が割れてしまえば何のことはない。


 羽の色を周囲の景色と同化させ、自らの身体を極限まで小さくする。

 そして、攻撃の瞬間偽装を取り払い、その鉄をも貫く嘴で襲いかかるのだ。

 これこそがネヴィル・クロウの基本戦術。


 けれど、ブラム氏ほどの冒険者を前にして。

 そう、彼を前にして、前方から襲いかかる愚策を、この賢い魔物は犯さない。

 よって、探査魔法は、じつに簡単に、それの位置を割り出す。


「ブラム氏、上だ!」

「ォオオオオオオオ!!!」


 急降下しながら巨大化する不可視の鴉を。

 すれ違いざま、紙一重でかわしながら。

 その半裸の冒険者は、得物を叩き込んだ。

 全身とほぼ同じ大きさの巨大な斧が、鴉の中核を割砕いて――


「決着」


 ドスンと、地面に落ちた鴉の羽毛が。

 鮮やかに、虹色に、さっと色づく。

 その様を見届けながら。

 私は自然と、そう呟いていたのだった。


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