第三話 お宝の眠る巣を探せ/灯台もと暗し

 冒険者ギルドが、手空てすきのもの限定というただきが付くものの、総出で自在鴉ネヴィル・クロウ捜索を敢行せざるを得なくなったのには理由がある。

 つまるところ、国体を形成するうちの資本、血流インフラ、金の流通が滞る可能性があったからだ。


 言うまでもなく、真っ先に声を上げたのは商業者に違いない。

 この一件で最大の被害をこむっている、或いは将来的にこうむるのは、宝を抱えている豪商や貴族なのだから。


 そのうえで、国民にも危難が及ぶとなれば、為政者は動かないわけにはいかない。

 貴族たちによる合同依頼という形で承認を受け、ここではじめて依頼書が発行。

 この依頼を元に、冒険者ギルドが自在鴉の巣の捜索を開始したわけだ。

 捜索には、最下層の冒険者、白木等級も動員されているのだから、事態の逼迫感ひっぱくかんが伝わってくる。


 ちなみに厳密な依頼内容は、『盗難された宝飾品の回収を最重要とする、盗難事件の調査、及び可能ならば原因の排除』であり、必ずしも自在鴉との交戦は奨励されていない。

 巨大赤熊ほどではないが、危険な魔物であるからだ。


 さて、白木等級も動員されるとはいったが、駆け出し初心者最底辺が、モンスターの巣窟である魔の森へおいそれと近づいてよいわけもなく。

 ある程度の自由を得るためには、より上の等級を持つパーティーへの加入が必須だった。

 ちなみに私は、ブラム氏のパーティーに是非ともといった形で組み込まれている。

 

 ……なに? 以前、勝手に森へ飛び込んだ?

 はっはっは、それは不問にして欲しい。

 あのときは人命がかかっていたのだ。

 ギルドからもたっぷりしぼられているので、本当に勘弁願いたい。

 件の受付のお嬢さんは、怒るとなかなかに怖ろしいのだから。


「しかしよ、探すって言っても、目星めぼしがついてねぇのは問題だぞ」


 ブラム氏の懸念はもっともだ。

 魔の森ひとつとっても広大であるし、そもそも自在鴉の巣がここにあるとも限らない。


 改めて、記憶の書庫の中から、自在鴉の生態を取り出す。

 装飾品を集める。

 卵生たまごをうむ

 身体の大きさを変えられる。

 巣を作る位置は不明。

 樹上なのか、茂みの中なのか、崖の上か、もっと別の場所か……。


 そもそも卵生とはいったが、つきっきりで見ていなくてはいけないような卵なのだろうか?

 鳥であると考えればあたためるだろうが、なにせ相手は魔物だ。

 産み落としたらそれっきりという可能性もある。


 この話をすると、ブラム氏は頬に刻んであるタトゥーを上から下に指先でなぞる。

 一緒に生活をしてみて解ったが、どうやら真剣に頭を使っているときの癖らしい。


「アンリは、リスを知ってるか」

「木に登り、木の実を食べ、パイになるリスなら」

「それだ。あいつは秋の間に木の実を集めて、その辺の地面にまとめて埋める。冬を越えるための準備だな。だが、それをすぐに忘れちまうもんだから、幾つかの木の実は芽吹いて食べられなくなっちまう」

「すまない、話が読めないのだが」

「この前、俺はクソの話をしたろ。ありゃあ、鴉に糞を落とされた、ってことだったのさ。そう、宝石を咥えて飛ぶ自在鴉を追いかけていたときのことだ……不甲斐ないことに見失っちまったが」


 そこで、ようやく彼の言わんとしていることを理解した。

 もし、自在鴉が巣に籠もっているのなら、その近くにはフンが貯まっているはずだ。

 鳥も魔物も、自分の排泄物を嫌って、外へ捨てる性質は変わらない。

 巣が高所にあるなら、足下の糞を探せばいい。

 そして、仮に巣に居着いていないとしても。


「宝石自体は、そこにある。リスが埋めたまま忘れた木の実のように」

「そういうことだ。つまり、またお嬢を頼っちまうことになるんだが」

「好きだとも、頼られるのは。となれば、金属、そして宝石の反応を広域で探せばいいな?」


 私は、即座に魔法を起動する。

 しかし――


「……まさか、こんなことがあり得ると?」

「どうした、お嬢」

「ブラム氏、どうか冷静に聞いてくれ」


 私は、ただ事実をありのままに告げる。


「魔の森の地上部からは、自然鉱石以外の金属や宝石を感知できない」



§§



 結局、その日の調査は、進展がないまま終わった。

 各所でも同じ結果だったらしく、自在鴉ネヴィル・クロウの姿すら見出せなかったらしい。

 もとより頭のよい魔物である。

 身体の大きさを変化させられることも合わせて、こちらの行動意図に気が付いて姿を隠している可能性もあった。


 翌日も、翌々日も、かんばしい結果は得られないでいた。

 広域探査が出来る私は、便利使いされ、ブラム氏以外のパーティーでも働いたが、やはり進捗はなく。

 精々炊き出しで料理を作り、一団の空腹を満たし、ちょっとした小間使いとして働くのが日課になりつつあった。


「正直にいえば、金貨虫ゴル・セクト説を捨てられないでいるのだ」

「それって、お金の虫さんよね?」


 ブラム氏の家に帰ったところで、ルルさんから話題を求められて、私は思わず冒険者としての話をしてしまう。

 合いの手に頷きながら、引っかかっている部分を言語化していく。


「金貨や宝石に擬態するモンスターだとも。ただ、これも未だに謎が多い種ではある」

「謎? 不思議があるのね」

「ああ、出自が解らないのだ。ある文献によれば、古の魔法使いが生み出した人工的な生物であるともされている。もっとも、私はその意見には否定的なのだが」

「なぜ?」


 純粋な、なぜ? という子どもの言葉に、大人というのは得てして弱い。

 私の外見が幼女であっても、それは変わらない。

 疑問に答え終わるまで、きっとルルさんは私を解放してくれないだろう。その瞳に宿る好奇心が、間違いないと告げている。

 そのさまを微笑ましく感じながら、持論を展開する。


「確かに、理不尽な生態は人工物として頷ける。けれど、理不尽が過ぎれば滅んでもおかしくはない。金貨虫がアクセスできる宝飾品の数は有限だ。餌がなくなれば、餓死するしかない」


 けれど、事実として、そうはなっていない。

 人目にこそなかなかつかないが、あれらは確実に生き残っている。


「そう考えれば、自然界に適応していると判断すべきだろう。または、なんらかの生物と共生しているか、だ」

「いっしょに過ごしている生き物のおかげで、人目をかいくぐれている、ということかしら?」

「さすがルルさんだ」


 私は、魔物の生態について、専門分野とはしていない。

 それでも恐らく正しいという確信があった。


 ……いや、傲慢が過ぎるか。

 思えばこれまで、知識を得て、身につける努力はしてきたが、そこからさらに一歩、前に思考を進めようとする研究には、どこかえんが無かった。

 あるものをあるがままに使ってきたに過ぎない。

 私に必要だったのは、このように誰かと対話し、よりよい改善案を出すことだったのかも知れない。


 そうだ、個人には限界がある。

 これをおぎなうのが他者。

 自分と違うものとの関わり合いこそが、人を前に進めるのだとしたら?


「でも、不思議ですね」


 深く自己の内面への問い掛けに落ちていた私を、ルルさんの声が引き戻した。


「どこにも巣も、宝石もないだなんて。まるでもう、存在しないみたい」

「――ルルさん!」

「え、あ、はい……なにか?」


 ガタリと立ち上がり、彼女の手を取る。


「ブリリアント! 慧眼けいがんだ、聡明だとも。ルルさんこそ知恵者と呼ばれるにふさわしい!」

「大げさね」


 クスクスと彼女は笑っていたが、私は大きなヒントをもらっていた。

 そう、どこを探しても見つからないなど有り得ない。

 既に存在しないか、或いは探していない場所があるはずなのだ。


「すぐにブラム氏と連絡を取ろう」


 見ているがいい、自在鴉よ。


「明日は、私たちがおまえの巣をあばいてみせるとも」

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