第三章 楽園王と、消えた貴重品たち

第一話 楽園王のスローライフな日々

 近づく冬の足音は、底冷えという形でやってきた。


 ベッドで目を開ければ、意識がめたことよりも、足下から這い上がる寒気を先に感じて、思わず身を縮こめてしまう。

 現在私が世話になっているブラム・ハチェット邸。

 そこは、お世辞にも家屋とは呼べない代物だったからだ。


 原因はブラム氏の妹御いもうとご、ルルさんが呪毒に感冒おかされ、その治療と不測の事態に備える資金が必要だったからである。

 つまり、この問題が一挙に解決した今、ブラム氏に節約の理由はなくなったらしく……


「家を、新築する……!」

「わー、素敵です兄さん」


 朝食の席。

 肉を頬張りながら高らかに拳を突き上げ宣言する銀等級冒険者と。

 それを拍手で褒めそやす無邪気な妹御という光景が誕生した。


 いまの相場が、私には解らない。

 しかし、新築ともなれば金貨が数枚は飛んでいくはずだが……そこまで貯蓄があったのだろうか?

 あるいは借財しゃくざいをするつもりなのかも知れないが、この国の冒険者は金貸しから相手にされるのか?


「そうと決まれば、あっしら粉骨砕身でお手伝いいたしやす!」

「んだんだ」

「世話になってるゆえに、な!」


 追従し、腕まくりをするのはブラム氏のパーティーメンバー……よりもたくさんの、なにか勝手に集まってきた強面こわもてたち。

 どうやら全員が彼の弟分。

 つまりブラム氏が面倒を見ることで、ギルドからのお目こぼしを受けている集団らしい。


「ブラム氏、デザインさえ任せてもらえるなら、私が魔法で材料調達から建築まで行うが?」


 ふところ事情と労力をおもんぱかり、そんな提案をすれば。

 家主と弟分たちは顔を見合わせ、爆笑した。

 じつに失敬なことだが、眉根を寄せるにとどめていると


「わりぃ、わりぃ」


 と、目尻の涙を拭いつつ、ブラム氏がこちらの肩を叩いてくる。


「親切で言ってくれてるのは解るぜ、どうもありがとう。だが、そんな真似が出来るのは、昔話の楽園王だけだ」


 そうだそうだと追従する弟分たち。

 その楽園王こそ私であると言いかけて、これ以上は嘘をつくことになりかねないので口をつぐむ。

 すると彼らはこちらを気遣うように親指を立て、


「まあ、見てな。隙間風ひとつない、立派な家に住まわせてやるからよ」


 そう、宣言した。

 こうまで勢いづけば、たんなる間借り人の私に否やを唱えることなど出来るわけもなく。

 かくして、新居建設計画は、はじまったのだった。


 ちなみに。

 前回の一件で、ルルさんへ呪詛人形の作り方を教えた魔法使いくんだが、彼はなにも覚えていなかった。

 どれほどブラム氏が問い詰めても、私が記憶を覗いても、そこには一切、どうしてあんなことをしたのかという理由がなかったのである。


 ブラム氏は首をかしげていたが、おかしなことではない。

 〝呪詛〟が世界の表舞台から姿を消してずいぶんになる。

 だからこそ、誰もがその性質を忘れている。

 あれは、人間の情念を喰らい、燃料として起動するものだ。

 その時点で、本人の中にあった思いも願いも祈りも、すべて燃やし尽くされてしまう。


 ゆえに、ルルさんについては幸いだったとも言えた。

 ひとつ間違えば、彼女の兄に対する思いすら、呪詛に貪られていたかも知れないのだから。


 それはそれとして、心を入れ替えたらしい魔法使いくんは、身銭を切ってハチェット家の援助へと回っている。

 力仕事から材木の切り出し、調度品の準備まで駆けずり回っているところを見ると優秀さが伝わってくるのだが、ひょっとすると弟分と呼ばれる彼らは、性格に難がある代わりに才能に溢れた人材なのかもしれない。


 では、私がこの間なにをしていたかといえば、普通に冒険者と居候業を両立していた。


 巨大赤熊の一件について、ギルドは目をつぶってくれはしたものの、やはり私が行動した事実自体は認識しているようで。

 あからさまに白木等級のなかでも厳しい――あるいは手間のかかる仕事を回されていた。


 その上で、他の冒険者達の補助すけっととして呼ばれることも多々あり、こんな一介の王様失格になにができるかと考えつつも、色々と手伝いをしていた。

 これが、主に昼間の話だ。


 夜になれば、ブラム邸へと戻り、ルルさんに料理を振る舞う。

 魔法で作る料理の評判はよかったが、残念ながらあの日、あの夜、この街ではじめて食べたマメのスープに匹敵するものは作れていない。


 ルルさん曰く「料理って誰かに向けた愛情なの。だからきっと出来るようになるわ。熊のお料理はとっても美味しかったもの!」と勇気づけられる日々だった。

 私はもまだまだ、未熟だな。


 あいた時間はつくろい物をして、その針仕事のたいへんさに、妻がどれほど私を思ってくれていたか、今も彼女を思っている気持ちに嘘がないかを確認する。

 夜間になって飛び込んでくる酔っ払ったブラム氏一団にも、酔い覚ましの薬を渡したり、冷たい水を飲ませたりして、介助。

 その後、翌日の朝の準備をして眠りにつく。


 朝日が昇るより早く目を醒ませば、魔法でパンを焼き、スープを作り、テーブルの上に置いてギルドへと向かい、また様々な冒険者のアシストをする。

 そんな生活を、ここしばらくは繰り返していた。


 忙しくも楽しい、心持ち穏やかな時間。

 人々とのかかわりかたから、私はまだ、多くを学べてはいなかったが。

 それでも世間のはみ出しものである冒険者達が、社会に必要であることを知った頃。


 とある事件が、起きた。


「クソ、たまったものじゃねぇな」

「あら、どうしたの兄さん?」


 夕方頃、濡れそぼった様子で帰宅したブラム氏は短く毒づく。

 すっかり回復したルルさんがタオルを差しだすと、彼はこれを受け取り、頭を拭いた。


「何事かね」

「おお、お嬢。聞いてくれよ、クソなんだぜ、クソ」

「……あまり、レディーの前で連呼する言葉ではないな」

「おっと。そうだな、じゃあこう言えば伝わるか」


 いくらか言葉を選んだ末に。

 半裸の銀等級冒険者は、こう切り出した。


「各地から、金銀財宝が消えてるらしいぜ」

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