幕間 そのころソドゴラは (別視点)

「どうやって金を集めるか解らないだって? おまえねぇ、そんな話がとおるわけないだろ!」


 玉座の間にて、怒りをあらわにしているのはゾッドだった。

 前王を処刑し、その王配をお飾りの国家元首として祭り上げながら、彼は自分が国の実権を握ろうとしていた。

 しかし、その試みは容易く頓挫とんざする。


 ゾッドには、ソドゴラの税収システムが把握出来なかったからだ。

 この南海の孤島に建てられた国は、極めて特殊であった。

 王という人々の願いを叶える存在が、あらゆる脅威を抑制し、物流から産業まで、常にアシストを続けてきたのだ。

 その上で、王が民に求めることは仲良く、楽しく、幸せに暮らすことのみであり、税収というものはほぼ存在しなかったのである。


 では、どのように国家が運営されてきたか。

 女王となったアトロシアだけは知っていた。


 交易こうえきと観光である。


 そもそも、小さな島なのだ。

 畑を作ったところで、自給自足と、いくばくかの酒を造る以上のことは出来ない。

 そこで、島内に自生する樹木から土産物みやげものの像を。

 粘土からは陶磁器などを生産し、ここに王が魔法を込めることで、様々な用途を持つ品物として輸出してきた。

 また、景観豊かな地であることを見抜いたアルカディア王の差配さはいにより、彼自らの力で王城や美麗な町並みが形作られており、これと住民によるサービスを持って、観光業を発展させてきた。

 これがソドゴラの外貨獲得手段だ。


 しかし、それはあくまで対外的に、国家を運営しているというアピール、国民が目的を持っていけるようにする、というアルカディア王の政策の一環でしかなく、国庫をうるおすための事業ではなかった。

 なにせ、アルカディア・ハピネス・アンリーシュがその気になれば、無限の軍勢を産み出すことも、食料を永年に渡って供給することも可能なのである。

 わざわざ資金を貯め込む必要などなく、ただ民を満足させれば、かの王にとって最善であったのだ。


 それが、ゾッドには解らない。

 また、再現する力もない。


 自らが国を牛耳しはいすれば、浴びるような金銭で酒池肉林の日々を送れると彼は考えていた。

 当然、アルカディア王もそうしてきただろうと。

 けれどいま、彼に示されているのは、最低限の運用資金が納められた国庫と、民から税を徴収する法律すらない国家体系そのものなのだった。


「ふざけてるよねぇ! そんな国が、あるわけない! つまり、あのクソッタレの魔王は自分の財宝を隠したんだ、そうに違いないさ!」


 勝手に決めつけ、部下に命じて王城の家捜しをさせる彼。

 ほんの数日前まで、島の中央で燃やされていた魔導書や王の私物こそが、何物にも代えがたい財産であったことなど、彼は気が付きもしない。


「くそ。こうなったらぼくらが主導して、バカどもの島民から金を搾り取るしかない」

「それですが」


 アトロシアは無表情に、ただ事実を、革命家の青年へと告げる。


「そもそも、あなたはこの国に、どれだけの国民がいるか、把握されていますか?」

「はぁ……?」


 なにを言っているんだと、怪訝けげんそうな表情を浮かべるゾッド。

 なにひとつ理解するつもりがないらしい相手へと、アトロシアは仮初かりそめの為政者として説明する。


「国民の数、家族構成、住居、持っている財産、持病、能力。そういったものを把握されていたのは、前王だけです」

「解ってるよ。だから、それが書いてある書類を探して」

「ありません」

「……なんだって?」


 あるわけがない。

 なぜなら。


「前王は、そのすべてを暗記していたのですから」


 革命家が目を見開いた。

 驚きに。

 そして目つきを鋭くする。

 憤怒ふんぬに。


「ぼくらを苦しめるためかっ。誰かが国を乗っ取ったとき、そいつを馬鹿にしてやろうと考えたんだろ、あの魔王は! ひとをおちょくるのも大概にして欲しいもんさ。だがこんなこと、調べればすぐに」


 彼がその先を口にするよりも早く。

 島の様子を見て回っていた自警団の一人が、玉座の間へと飛び込んできた。


「ほ、報告です!」

「うるさい! ここはぼくの玉座だぞ! 許可なく入っていいとでも――待て、なんだよ、報告って?」

「それが……島民たちが、城へ押し寄せてきておりまして……」


 しどろもどろになりながら、噴き出す冷や汗をしきりにぬぐいながら、自警団員はそう説明する。

 苛立ち、怪訝そうな顔をしていたゾッドも。

 ことここに至り、状況を理解した。

 バッと走り出し、窓から外を見遣れば、城門前には黒山の人だかりが出来ており。


「女王様、願いを叶えて」

「ゾッドさん、金を下さい」

「酒を」

「薬を」

「新しい妻を」

「別の夫を」

「うちの子とあっちの家の子を取り替えて!」

「家を建て直してくれ」

「土産物を作る材料が欲しいんだ」

「こっちは守りの魔法を入れてくれ」

「そろそろ冬が来るんだ、薪をくれ」

「薪すらいらないように冬を遠ざけてくれ」

「畑にいますぐ実りを」

「願いを」

「叶えて」


 大声で、ひたすらに、そう連呼する民草たち。

 ずるずるとその場に崩れ落ちるゾッド。


「あ、あ、あ?」


 なにが起きているのか、彼の理解はまだ追いつかない。

 冬はすぐそこまで迫っている。

 このまま越冬に臨めばどうなるか、島で生まれ育ったもの以外は理解していた。


 だからこそ、加護を求める。

 アルカディア王と同等の、魔法の力を。

 けれどそれは、ゾッドには欠片もなく。


「帰らせろ」


 随分と時間がってから、ゾッドは部下に命じ、島民たちを追い返させた。

 彼は玉座で頭を抱えながら、うめく。


「どうして、こんなことになるんだよ……ぼくは、なにもかもを手に入れるはずじゃなかったのか? ……ああ、そうだ。そうだよなぁ……!」


 彼が顔を上げる。

 喜色満面になって、狂ったように叫ぶ。


「この国に金がないなら、他の国から奪えばいいんじゃないか! できる、できるさ。だってこの国は、魔法の国だ。誰も手出しなんて出来るわけがないんだもんなぁ……!」


 それは、ありもしない武器によって相手を脅すということであり。

 すべてが露見したとき、待ち受けるのは破滅であることを。

 この場でただ一人、アトロシアだけは理解して。

 そうして彼女は、誰にも見えないよう口元を隠し。

 誰にも聞こえないよう、酷薄に呟くのだ。

 あと少しで。


「破滅が、やってきますね」

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