第七話 粋がるしかなかった冒険者の事情

 怪我人の治療と、巨大赤熊の解体を終えた私は、ブラム氏一派をゴートリーまで魔法で送り届けた。

 馬車を活用しなかったのは、急ぎ旅だったからだ。


 その足で、報告のためギルドへと向かえば、受付のお嬢さんからお叱りを受けることに。

 独断専行をとがめられ、魔の森の現状について意見を聞かれ。

 反省文のような形で、詳細な報告書を書き上げ提出するはめにおちいった。

 もっとも、かつての政務に比べればなんということはない作業量だが。


 その後、身支度のため宿屋に戻ったのだが……またも問題が発生する。

 追い出されたのである。

 住民感情や、この外見年齢の人間を留め置けないなど幾つか理由があっただろうが、決定的なのは、私が冒険者になったこと。


 白木等級の冒険者が連泊できるわけがないと判断されてしまったわけだ。

 これにはやや面食らったが、現状、もっと優先すべき事態があるので棚上げするよりほかなかった。

 なぜなら、


ツラ、貸せよ」


 宿屋から出た私を出迎えたのは、ブラム氏。

 相変わらず半裸で、首からは呪術人形をぶら下げた銀等級冒険者。


 そう、私は彼に、心からの頼まれごとをしたのである。



§§



 ブラム氏に連れて行かれた先は、ゴートリーの郊外にあるあばだった。

 建物であると言い張れるギリギリの形をしていたものだから、いかな私でも身構えてしまう。

 恥ずべきことに、罠である可能性を疑ってしまったのだ。

 するとブラム氏は苦笑と渋面の合いの子のような顔になり、「悪かったな。俺の住まいだ」と低い声で呟いた。


「あー、それはそれは」


 たいへんな失礼をした。


「構わねぇよ。こっちは頭を下げて頼んでる身分だ。それより、なかに妹がいる。てやってくれ」


 深刻な声音。

 案内されるまま家屋に踏み入ろうとすると、入り口が開き、老婆が顔を出す。


「ほう、こちらが妹さんか」

「目玉腐ってるのか? そんなわけねぇだろ。ミルタさん、妹の看病ありがとう。あとは俺が引き継ぐから、帰ってもらって大丈夫だ」


 彼が優しく告げると、老婆は無言で頷き、その場を後にする。

 すれ違いざま、彼女の口元が笑みの形を取っていたような気がしたが……これに関しては今は考えるべきことではないだろう。

 なにせ、魔法で敏感になっていた私の嗅覚が、とっくにその臭いを嗅ぎ取っていたのだから。


 死臭。

 ひとが、死に瀕するときに立ちのぼるもの。


 立て付けの悪いドアを開け、「いま帰った」とブラム氏が声をかける。

 部屋の端、影の中に設置されたベッドの上で。

 なにかが、かすかに身もだえた。


 それは、やつれ果てた幼い少女で。


 ルル・ハチェット。

 ブラム氏の実妹いもうとだという。


 だが、彼女の容態は、一目でわかるほど危うかった。

 手足は枯れ木のように痩せ細っており、頬はこけ、ほとんど骨と皮だけになっている。

 全身に内出血の後が見られ、血液か、あるいは免疫系が異常をきたしているのは明らかだ。

 濃厚な死の薫りが、彼女からは立ちのぼっている。


 私は彼女が横たわるベッドに歩み寄り、探査魔法を使う。

 ブラム氏が、不安を吐き出す。


「医者にせたこともあるが、原因不明のお手上げだとよ。薬師くすしやギルドの魔法使いにも治療を頼んだが、全部空振りに終わった。いや、元から医者どもは真剣に見ちゃくれなかったのかも知れねぇ」


 彼は胸元の人形を掴みつつ嘆く。


「冒険者なんて商売は、どこの国でも歓迎されねぇ。俺の親父もそうだった。母さんはそれで随分苦労して、妹もこうなって……けど、俺は大馬鹿ものでよう、これ以外に稼ぐ手段が思いつかなかった。おかげでいまは、ルルを医者に診せてやることも出来ねぇ。暴れ者の破落戸ごろつきに、真っ当なお天道様の下を歩いている連中は関わってくれねぇんだ。テメェもそうだろう、宿屋を追い出されてな」

「だが、君は銀等級だろう。定住の権利がある。私よりはるかに権利が認められているはずだ」

「そうさな。そう思って上を目指した。誰も無視できねぇようにいきがってもみた。それでもこのザマだ。正直、俺はあんたのほうが羨ましかった」


 汚れ仕事に手をつけても、感謝される私が、と。


「どうしてその慈悲が、ルルには――妹には与えられないんだとっ」


 歯がみする青年。

 そうか、これが歪みだ。

 この国が、大陸の多くの国家が抱える、歪み。


 いくつもの村、街、国を行き来し、定住地も持たずに暴力に任せた仕事を請け負う冒険者。

 これを治安維持に利用しながら、行動を制限する為政者達。


 根深い問題だろう。

 一朝一夕いっちょういっせきでどうにかなるものではない。

 だが、いま目の前には、消えゆこうとしている命がある。


「稼ぎは全部突っ込んだ。それでも治せない。最近じゃ、もう飯もろくにルルは食えなくて、寝たきりでよ」


 ブラム氏の奥歯が、ぎしりと音を立てて噛みしめられた。


「不甲斐ないよなぁ、俺は兄貴なのに。実の妹ひとつ、助けてやることが出来ねぇ」

「……一通り、調べ事は済んだ」


 魔法を切り上げると、彼がこちらへ縋るような眼差しを向ける。

 期待、それが裏切られたときの恐怖を等分に内包する、ぐちゃぐちゃの感情の坩堝るつぼ

 ……よく知っている。

 それは、無碍むげに出来ない、祈りの眼差しだ。


「前提として、説明したいことがある。命についてだ。ブラム氏、過去に回復魔法を見たことは?」

「ある。なんならおまえが俺たちに施してくれただろ」

「あれは、傷や病を治すものだ。おおよそ、治せない傷病というのは存在しない。魔法とは、この世の法理にまことを示すものゆえ」

「だったら!」

「まあ、聞き給え」


 手を翳して、顔を近づけてくる彼を制する。

 脳内で可能性を一つ一つ潰しつつ、仮説を口にしていく。


「だが、そんな魔法にもくつがえせないものがある。さだめられた死だ」

「なに?」

「人は生まれた瞬間、あるいはそれ以前から、死ぬべきときが決まっている。これを覆すことは、いかに魔法と言えども難しい。ほとんど不可能だと言ってもいい」

「なら、ルルは!」

「だから、聞き給えといっている」


 もしも少女に降りかかっているのが定められた死であるなら、なにをしても無駄だ。


「しかし、他に原因があるものなら、いくらでも対処は出来る。端的に言おう、ブラム氏。彼女の身体を蝕んでいるのは――〝ノロイ〟だ」


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