第五話 危機一髪! 飛んで駆け付ける幼女

 今日も今日とて、白木等級の冒険者アンリこと私は、清掃や屠殺、埋葬業といった、人々から敬遠される仕事に勤しみ、汚れまみれになっていた。


 さて、国の事業ということでいささか色がつけられた報酬でパンを買い、ギルド内の飲食スペースで頬張っていると、にわかに周囲が騒がしくなる。

 ……どうやら食事のありがたみを堪能している場合ではないな?

 以前よりも小さくなった口と喉で、咀嚼していたパンをゴクリと飲み込み、騒ぎの中心へと向かう。

 するとそこに、見覚えのある人物がいた。


 ブラム氏のパーティーメンバーであり、このギルドを巻き添えに攻撃を仕掛けてきた、あの魔法使いであった。

 彼は私に負けず劣らず泥だらけの、ボロボロになった姿で、涙と鼻水をまき散らしながら訴える。


「誰か、助けてくれっす! このままじゃ兄貴が死んじまうっすよ……! いや、もしかしたら、もう……」


 周囲の冒険者達は困惑していた。

 事情を聞こうにも彼は取り乱しており、順序立てて話が聞けなかったからだ。

 ふむ。


「失礼。『このものに安静を。他者対象アザー・エルス精神鎮静スット・サプレス』」


 私は己の小さな体躯を最大限活用し、囲みをすり抜け。

 つかつかと魔法使いくんに歩み寄り、魔法を行使した。

 精神を落ち着かせる技である。


「……おお、あんたはあのときの幼女」

「アンリという。なにがあったのか、聞かせてもらえるかな?」

「もちろんっす! あっし達は――」


 彼は語った。

 五日前、この町をって、魔の森へ向かったこと。

 魔の森で巨大赤熊ツァール・ベオの襲撃を受け、傷を負ったこと。

 森の中を追い回され、ブラム氏がおとりになることで彼を逃がし、救援を呼ばせたこと。


「すぐにすけを出して欲しいっす! このままじゃ、兄貴は、兄貴は……」


 がっくりとうなだれる彼。

 困惑する冒険者達。


「救援って言われてもよ、俺たちゃ依頼がなきゃ動けねぇぞ?」

「つーか、依頼書を書いて、すぐさま受注する冒険者が出たとしても、ここから魔の森までは、どんなに急いでも二日以上かかる」

「……不憫だが、ブラムはもう……」


 口々に諦観の言葉を並べる彼ら。

 おおよその事態は把握した。

 この国において、冒険者とは非常に安価で、使い捨ての効く治安維持機構として利用されている。

 ゆえに、そのうちのひとりが、モンスターに襲われたからといって、すぐに救援を出せるようなシステムは構築されていないのだ。

 下手を打てば、なぜ戦力を動員したのか、謀反むほんの疑いがあるのではないかと、王侯貴族から睨まれ、民からも突き上げを喰らう。

 よって、誰も動けない。


 そんなことは、とっくに理解していたのだろう。

 だから魔法使いくんは、地面に突っ伏し、泣き崩れていたのだ。


 私は口を、への字に曲げる。

 よくない、こんなことはちっとも、あらまほしきことではない。


 決意を固める。

 魔法使いくんの肩へ、そっと手を置く。

 そうして問い掛けるのだ。


「君は、どうしたいのだね?」

「あっしは、助けたい」


 純粋な、心の底からにじむ、魂の叫びが放たれる。


「兄貴には拾ってもらった恩があるんす。あっしはケンカぱやくて、勘違いしがちで、だから魔法使いとしてぜんぜん役に立たなくて、どこのパーティーからも爪弾つまはじきにされて、食うに困ってわるさをして……でも兄貴に助けられて……でも、あっしの力じゃ、ツァール・ベオには太刀打ちできなくて……だから、だれか、助け――」


「その願い、聞き届けるとも」


 十分だった。

 もはや、それ以上なにも必要なかった。

 私は即座に、魔法を展開する。


「『重力の鎖を断ち、向かい風に挑む翼よここに、噴進ふんしんの矢となりて――引斥力制御アン・ペタ風防結界フラター・エア噴進変換ビューン・ビューン』」


 三種の魔法を並行発動して初めて成立する高位魔法。

 肩口にとまっていたケープが伸びて、マントとなってはためく。

 足下が床から離れて浮き上がり、全身から膨大量の空気があふれ出す。

 魔法使いくんが目を見開き、その目頭から大粒の涙が弾け。

 彼は、両手を組んで私に祈る。


「兄貴をお願いするっす!」

「心得た」


 次の瞬間、私はどよめく衆人たちを掻き分けて、飛翔した。

 ギルドから飛び出し、そのまま真っ直ぐに大空へと上がる。


 気流と大気圧の関係で、高度を上げればあげるほど、速度を出すことは容易くなる。

 魔の森までの距離、ブラム氏達の生存、様々な要素を天秤にかければかけるほど、事態は急を要すると判断した。

 よって、最高速で私は天をける。


 相変わらず全身の魔力回路は不調。

 全盛期ならば空間転移ぐらい容易かっただろうが、いまの私にはそれすら出来ない。

 だが、いまの私だからこそ、可能なこともあった。


 小柄なことだ。

 魔法との合わせ技によって、ほぼ空気抵抗を受けないこの体躯は、まるで疾風はやての如く空を駆けた。


 半時ほどで、魔の森へと到達。

 即座に探索魔法を発動。

 三重発動だが、まだ余裕はある。なにせ私だからね。

 などと、調子に乗っている場合ではない。

 一刻を争うのだ。

 できるだけ広域に魔法の範囲を広げ――見つけた!


 森の中央付近、仲間をかばい続け、負傷の激しいブラム氏と。

 そして、これを押し倒し、醜悪で残忍な食欲を剥き出しにしている巨大赤熊の姿をみとめる。


「ちくしょう、神さまよぉ」


 彼の口元がそう動く。


「神への祈りは無用だ。なぜなら――」


 私は急降下を敢行。

 いまにもブラム氏の喉笛を食いちぎろうとするツァール・ベオの横っ面に、最大限の加速を乗せた蹴りを叩き込む!

 そのまま滑るように着地し。

 マントを翻して、告げた。


「私が、叶えるのだから」

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