幕間劇 ある規格外幼女について語る先輩冒険者たち (ブラム視点)

「ありえないんすよ、兄貴!」


 ゴートリー王都から二日ほど離れた位置にある魔の森。

 そこへ立ち入ったところで、ブラム・ハチェットは、面倒を見ている弟分、パーティー唯一の魔法使いから、何度目とも知れない訴えを投げかけられた。


 ゴートリーは海に面する国だ。

 それ以外は、他国と接している。

 ただ、魔の森と呼ばれる一帯だけはどこの国にも属しておらず、緩衝地帯として機能していた。


 ブラムが請け負った依頼は、その森から溢れてくるモンスターを駆除する仕事だ。

 近隣の村では、実際に畑が荒らされ家畜が襲われるという実害が出ているため、銀等級――中堅冒険者であるブラムと、そのパーティーが派遣されたというわけだった。


 ブラムには、自分が強いという自覚がある。

 少なくとも、ゴートリーに滞在する冒険者の中では十指じゅっしに入り、大陸全土、人類全体で見ても上澄みだという自負があった。

 もちろん、それは弟分達にしても同じだ。

 にもかかわらず、魔法使いはこの数日間ずっと同じ言葉を繰り返しているのだ、「ありえない」と。

 ブラムは苛立ちとともに、ため息を吐き出す。


「なんだよ、そんなに魔法を打ち消されたのがショックだったのか?」

「違うっすよ、なに聞いてたんすか兄貴!」


 魔法使いは心外だと抗議する。


「魔法使いは普通、二つも三つも魔法を使えねぇんですよ」

「おまえは出来るだろうが。銅等級でも飛び抜けた腕前。覚えている魔法の数は七つだって聞いたぜ?」


 実際に、この弟分は、極めて優秀な魔法使いだ。

 状況に応じて、巧みにいくつもの魔法を使い分ける。

 上から数えたほうが早い手練れ。

 けれどやはり、彼は違うと言う。


「あの娘は、二つの魔法を同時に使ったんすよ!」

「……どういうことだ?」


 弟分の、切羽詰まった様子に、ようやくブラムは真剣に耳を傾けた。

 魔法使いは頷き、切々と訴える。


「いいっすか? どれだけ優れた魔法使いも、同時に二つの魔法を使うことは出来ないっす。その道を何十年ときわめて、ようやく僅かな誤差での発動が出来るようになるっす。これは詠唱破棄込みです」

「あいつは詠唱していただろう」

「っす。つまり詠唱を短縮しながら、もう一方の魔法を並行発動した、ってことになるっす」


 本気マジ半端パネェっす、規格外っすよと、魔法使いは口元を歪めた。

 いびつな笑み。

 強い欲望にかれた業突ごうつりだけが見せる顔。

 彼は言う、空想を口にして、未来の情景を語る。


「あの若さであれほどの力があるなら、いまからちゃんとした師匠につけば……いや、あっしが教えれば、大陸一の魔法使い、それこそ大賢者の名前を受け継ぐことだって夢じゃないっす! そうっすよ、あっしとあの娘で、天下を――」

「ほう?」


 ブラムは足を止めた。

 弟分の大言壮語が気にかかったのが理由の一つ。

 もうひとつは、魔の森の雰囲気が、いつになく静かであったこと。


 仲間達と目配せし、周囲を慎重に警戒。

 その間にも、ブラムの脳内に、話題の幼女魔法使いの姿が甦る。


 黒髪に、星空の瞳を持つ、美しきもの。

 確かに初めて出会ったとき、彼女は尋常ではない魔法の才能をみせた。

 それは、門外漢であるブラムにしても特筆すべきだと解るほどの圧倒的な技と力だ。

 そして、信頼を置いている弟分が、ここまで怖れ、褒め称えている。

 ならばと彼は考える。

 あの幼女ならば、あるいは自分の妹を――


「っ」


 そこまでだった。

 鍛え上げられてきた危機感知能力、いくつもの鉄火場を経験してきた嗅覚が、彼の思考を即座に現実へと引き戻す。

 だが、それでもなお。

 一拍、遅かった。


「ぎゃー!?」


 悲鳴を上げて、パーティーメンバーの一人が吹き飛ばされる。

 地面と、水平に。

 人体が、飛ぶ。

 瞬時に視線をめぐらせれば、森の奥から、その巨体があらわれるところだった。


巨大赤熊ツァール・ベオだと……?」


 全身を針のような赤い毛並みで武装した熊の魔物。

 その体長はブラムの倍にあたいし。

 爪や牙の鋭さは、彼の持つ武器を上回る。


 本来は魔の森深くに潜み、人里にあらわれることはない。

 だが、もしもこれが森から出ることがあれば、村が数個、血祭りに上げられてもなんら不思議ではない。

 それほどに凶猛きょうもう、暴力の化身たるもの。


 銀等級1名のパーティーにはとても手の終えない、討伐するなら最低でも金等級が一名、銀等級が三名、あるいは戦闘のプロたる正規軍一個中隊は欲しい魔獣。

 その血に餓えた獣の眼差しがゆっくりと注がれたとき。

 ブラムは即座に厳命を放った。


「負傷者を連れて退避だ! 殿しんがりは俺が務める。おまえらはいますぐ――」


 救援を呼んでこいという言葉は、絞り出せなかった。

 なぜなら巨大赤熊が咆哮を上げ。

 周囲の木々をなぎ倒しながら、彼へと肉薄したからである。


「兄貴!」


 魔法使いの悲鳴が上がるのと、巨大赤熊の魔爪が振り下ろされるのは同時で――


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