第三話 楽園王の能力値(カンスト)

「ありえません、すべての能力が最高値だなんて……!」


 受付嬢の声は悲鳴に近かった。

 魔導具のボードを覗き込めば、そこには魔力だの敏捷性だのといった、本来なひとくくりで判断出来ないような項目が二十ほど並んでいる。

 そしてその全てに、〝最上〟の評価がつけられていた。


「金等級でも最上なんて、二つもあればいいほうなのに……それを、こんな幼い……」

「はっはっは。驚くことはないとも、お嬢さん」


 なにせ私は、生涯をして、民のあらゆる願いを叶え続けてきたのだ。

 いうなれば、誰かの代替オルタナティヴ

 どんなことでも代わりが出来る万能者。

 であるなら、この程度、容易いことさ。


「そうとも、なぜなら私はお――」


 言いかけて、慌てて両手で口を塞ぐ。


「お?」


 怪訝そうに見詰めてくる受付のお嬢さんとヴィルヘルム殿。

 まさか、王様だからだとは言えない。


「お、えっと……そう、オールマイティー!」


 嘘は、嘘は言っていない。

 王のひとつの資質として、万能オールマイティーであることは事実。

 よって虚言にはならない、はず……そうだろう?

 などと内心で訴えかけたところで、二人の視線の意味合いが変わるでもなく。


「なにか細工をしたのか? いつ、どうやって?」


 と密談みみうちしてくるヴィルヘルム殿には「誓ってしていない! 私は嘘をつけないと言っただろう!?」と泡を食って反論することしか出来ない。


 どうしたものかと冷や汗を垂らしていると、周囲のざわめきが耳に入った。

 先ほどの基板ボードから鳴り響いた音を聞きつけて、ギルドにいた多くの人間がこちらへと注意を向けていたのだ。


「聞いたか? 最上だってよ」

「すげぇな、金等級相当の資質だろ」

このギルドうちの金等級は一人で留守しがちだし、新しいの来てくれると助かるな」

「ひゅー、可愛い子じゃん、膝とかに乗って欲しいぜ」

「馬鹿、たぶんどっかのお貴族さまの娘だぞ、不敬罪でムチ打ちにされてぇのか」

「じゃあよ、お貴族さまが同僚になるってことか? そしたら俺たちの待遇がよくなっちゃったりして」

「やめとめやめとけ。その手の期待はするだけ無駄だ。聞かれたらブラムにぶん殴られるしな。あいつもよっぽど苦労性だ」


 おっと、どうやら悪目立ちしているらしい。

 注目を浴びるのは好きだが、人心を騒がせるのは好みではない。

 私は受付のお嬢さんへと向き直る。


「それで? この資質になにの意味が?」

「――はい。当ギルドでは幾つか特例をもうけていまして、資質の高い方には、白木等級からではなく銅等級からのブーストスタートを行えるようになっています」


 我に返った様子の彼女が説明してくれた内容は、そのようなもの。


「ふむ。ちなみに銅等級は、どのような仕事がメインになるのだ?」

「外敵の排除、害獣駆除、治安維持への貢献になります」


 つまり、地位相当に荒事で危険。

 日常と不可分でありながら、その外側になる仕事。

 いて当然だが、民からは暴力装置として怖れられそうな役割か。


「遠慮しよう」

「そんな、もっとじっくり考えられてからでも。白木等級では、汚れ仕事も多くなりますし……」


 あちらも業務というか、人材を勧誘するノルマがあるのだろう。

 それなりの必死さで思いとどめようとしてくる受付のお嬢さん。

 だが、私の腹をとっくに決まっている。


 私が冒険者を目指すのは、彼らの実情を知りたいからだ。

 その上で、市井の人々と関わり、この身の不徳がどこにあったのかを学びたいと考えている。

 ならば、途中からはじめても意味はない。

 一足飛びに学べること、身につく技術や礼節などは、この世にないのだ。

 どれほど忌み嫌われる内容であったとしても、まずはやる。

 そこからだろう。


「確認するが、お嬢さん。あくまでこの審査は、私の資質をためし、そこに投資をするためのもの。間違いないかね?」

「はい、ですので銅等級から」

「ん、ん、ん、ん」


 咳払いをして、手まで振って、彼女の言葉を遮り、私は続ける。


「つまり、資質が最高だとしても、未来を確約するものではない。私はこの通り未熟者でね、増長するにしても実績がなさ過ぎる」


 だから。

 そう、だからだ。


「まずは、白木等級でお願いするよ」


 魔法で結果を誤魔化すなど容易たやすいことだ。

 けれどもそれは、真実に反する。

 魔法使いとは己にも世界にも嘘をつかない真なる言葉を扱うもの。

 であれば、誠意を尽くすべきだろう。

 ……詭弁きべんっぽい?

 多少は許して欲しい。

 私は人間で、こちらにも都合があるのだから。


「なに、後悔はしないし、させないとも。等級通り、あるいはそれ以上の働きをしてみせる。ギルドにも全面的に協力を約束しよう。もっとも、駆け出し冒険者としてだがね」

「気が変わられるということは? 本当に、ギルドとしてはたくさんの特典とバックアップをお約束しますが?」

「残念だが」

「うーん……でしたら、致し方ありませんね……」


 渋々と言った様子で彼女はこちらへ魔導具のボードを差しだしてくる。

 今度はそこに手を押しつけると、編み込まれていたと思わしき契約の魔法が起動。

 そして。


「では……アルカ・アンリさん? 当ギルドは、あなたを白木等級の冒険者として認定します」


 差しだされたのは、木製の冒険者証。

 私は、笑顔で受け取る。

 受付のお嬢さんは小さく嘆息し、周囲の様子をうかがって、それから机から身を乗り出して、私に耳打ちをしてくれた。


「白木の冒険者証は功績がなければ三ヶ月で失効します。もしも銅等級からはじめたくなったら、新しく取得するという方法をお使いください」

「……ありがとう」


 同じく小声で返答する。

 きっと、彼女にしても綱渡りな助言だったのだろう。

 席に戻り、コホンと咳払いをした彼女は、非情に営業的な笑顔を浮かべ。


「それでは、あなただけの冒険が、人生のき先に満ちていますように」


 とても素敵な、祝福の言葉をくれたのだった。


「ありがとう。さて、早速仕事をしたいのだが……なにか、人々のためになりそうな依頼はあるかね?」

「それでしたら、こちらなどいかがでしょう」


 彼女が差しだしてくれた依頼書を見て。

 私とヴィルヘルム殿は顔を見合わせ。


皮革ひかく加工に、ドブさらい?」


 同時に、声を上げたのだった。


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