第二話 冒険者等級と貨幣価値のあれこれ

 ギルドというものが、私の国にあったかといえば、答えは否になる。


 無論存在は知っていたし、各地を旅していた頃、活用したこともあった。

 だが、ギルドとは互助組織ごじょそしき、あるいは師弟制度によるノウハウの継承を目的とするものだ。


 職人になりたいという民の願いは、私の魔法で叶えることが出来たので、いちいち伝承する必要も、助け合いをサポートする必要もなかった。

 彼らが産み出す最先端の技術は国を潤し、更なる発展を呼んだ。

 ……つまり、いうなれば、人口四桁である小国ソドゴラでは、ギルドを運用する資本、そのデメリットの方が大きかったわけだ。


 しかし、ゴートリーは違う。

 食と経済の国、常に労働力が不足する大国だ。

 従って、ヴィルヘルム殿に案内してもらった冒険者ギルドは、なかなかに立派な建物の中にあった。

 私の国で運営していれば、もっと素晴らしい建物になっていただろう。

 まあ、言うまでもないことだが。


「ようこそ冒険者ギルドへ! ご新規さんですね?」


 受付のお嬢さんの元へ出向くと、ほぼ断定と言える言葉が返ってくる。

 おそらく、人員を事細かに把握しているのだろう。


 それに、私ほどのハンサム……ではなかった。

 キュートでチャーミング、そして知的な人間を、一度見れば誰もが忘れないはずだから、新顔だと判断しただけかも知れないが。

 まったく、私とは罪な人間だ。


 などと、自らについて正確な分析をしていると、「見ての通り新顔だ。冒険者証を彼女に発行して欲しい。年齢的にギリギリなことは把握しているが」と、ヴィルヘルム殿は勝手に話を進めてしまう。

 おっと、自分に酔いしれるのは後回しだ。

 今日ここに来た目的を忘れてはならない。


「了解いたしました」


 受付嬢が模範的なスマイルとともに、〝板〟を差しだしてきた。

 どうやら魔導具のようで、細かい文字がいくつも躍っている。


「汎大陸語は読めますか?」


 問題ないと頷けば、彼女は板を操作。

 文字が整列し、意味のある言葉――規約として提示される。


「冒険者証の発行には、お金が必要になります。確かな身分を証明するものがあれば小金貨1枚、銀貨なら30枚。保証人がおらず、市民権を持たない場合は大金貨1枚、銀貨なら120枚を戴くことになっています」

「それはそれは」


 横に立っている眼鏡の第三王子を見遣ると「自分が決めたわけではない。……割高なのは認める」と渋面だ。

 むべなるかな。

 大金貨1枚とは、民が1年間、一切仕事をせずに生きていけるほどの額だ。

 ソドゴラを例外とすれば、凄まじい大金と言えるだろう。


 冒険者は国家間の行き来が、あまり制限されない稀少な職業だ。

 どこの出身者、どの階級の人間でも金さえ払えば冒険者になれる。

 しかし、重要なのはこの先だ。


「規定の料金を対価として戴きますと、冒険者証を発行します。こちらは等級が六つありまして、下から白木しらき等級、黒曜こくよう等級、銅等級、銀等級、金等級、白金はっきん等級となっております」


 一切の後ろ盾なく、最初に渡されるのが白木の冒険者証。

 あらゆる国へ、一応の滞在と最低限の身分が証明される、身分証のようなもの。

 すなわち、在国権利。

 私がいま欲しいもの。


「そこからギルドへ貢献をすることで等級が上がり、なんと! 銀等級からは各国への定住権が得られます!」


 そして、一般的にはこちらが本題。

 戸籍こせきが手に入るわけだ。

 滞在と定住ではまったく意味合いが違う。

 市民権さえ得られれば、ある程度の権利や福利厚生、特権が得られる。

 安定した生活が待っているという寸法だ。


 よって、国に属したいが身許みもとの不確かなものは、冒険者となり、当面はこの銀等級を目指すことになる。

 無論、安楽な道ではないのだが。


「それで、アンリ嬢。金はあるのか」


 ヴィルヘルム殿は、不躾ぶしつけに問うてくるものだ。

 まあ、私は気にしない。

 彼の意図としては、ここでこちらの背景、出身、後見人はいるかなどが判明すれば御の字と言ったところだろう。

 当てが外れたとしても、冒険者証は大金を積まなければ手に入らない。

 融資することで私に貸しを作る算段かも知れない。


 もっとも、その全ては杞憂であり、案じる必要もないことだ。

 なにせ私は、これで元一国の王なのだから。


「即金で払おう。大金貨1枚だ」


 詠唱とともに、仮想空間に手を突っ込み、金貨を取り出して受付に置く。

 受付嬢と第三王子殿が、揃ってぎょっとした。


「いまのは、収納魔法ですか?」

「その通りだ、受付のうら若きお嬢さん」

「うら若き……いえ、あなたが魔法使いということであれば、いささか話が変わってきます」


 彼女はキビキビとした動作で魔導具の板を操作。

 特例事項と書かれた項目を表示する。


「当ギルドでは、優秀な人材を募集しています。資質のチェックを行い、規定のあたいに達していましたら、等級を繰り上げることが可能です。未来ある若者への投資ですね」


 ほう?

 このシステムは覚えがない。

 私が旅していた頃にはなかったものだ。

 なるほど、世は移ろいゆくということだろう。


「では、判定してくれ。どうすればいい?」

「はい、こちらの計測用魔導具へ手をかざして戴ければ、値が自動で算出されます」


 差しだされた別の板へ、促されるまま手を乗せた。

 その瞬間だった。

 突如として警報のようなものが鳴り響き、板が虹色に発光する。


「ふむ」


 私は存在しないあごひげを撫で。

 唖然としているヴィルヘルム殿と受付嬢を順番に見遣り。

 ため息とともに、こう呟くのだった。


「それで、私は今回、なにをやらかしたのかね?」

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