第二章 楽園王と、粋がらないと生きていけない冒険者
第一話 身元不明の大魔法使い(厄ネタ)
「
年甲斐もなく、泣きはらした数日後のことだ。
伊達眼鏡の第三王子、ヴィルヘルム殿が宿を訪ねてくるなり、やや早口でそう告げた。
手土産らしい果実を受け取りつつ、苦笑する。
わかっているとも、監視だろう?
君も大変だな。
私のような魔法使いが国内に潜伏し、しかも
だが、それならば憲兵でもなんでも使って排除にかかればいいだろう。
国を出て行けと言われれば、素直に従う用意と分別ぐらい、私にだってあるぞ。
そんな思いが顔に出ていたのか。
彼は苦言を呈してきた。
「関所を当たったが、アンリ・アルカなる人物が出入国した形跡はない。これ自体はままあることだ。この国が直面している
私が秀でた魔法使いであることは否定しない。
とはいえ、いまは転生の影響か、機能不全でまったく十全ではない。
かつては詠唱を必要とせず魔法も使えたが、いまのところは必須だ。
つまり、数の暴力で対処できる。
王族の一存とあらば、いかようにも
「……その謙遜が、子どもらしい無自覚さなのか、計算なのかわからないが……自分はあなたを、楽園王アルカディア・ハピネス・アンリーシュにも匹敵する魔法使いだと考えている」
「……ハピネス王というのは、どのような人物だ?」
「知らない? そうか、幼子は知らないか……解った、説明する」
曖昧な顔をしていると、彼は伝説の一端を語る吟遊詩人のような面持ちで語りはじめた。
「噂によれば、無から水を生みだし、この水から酒と食料を生産し、一国の食事をまかなう。病や呪いを容易く退け、攻め込もうとする者には荒天と
あー、褒められ慣れていなくてね。
確かにどれも出来る。
しかし、それを
あって当たり前、出来て当然のこととされてきたからだ。
うむ……なんともこそばゆいな。
「なるほど。偉大なる楽園王と比較されれば、魔法使いにとっては
「正気かね。ヴィルヘルム殿、君が言ったのだ、私の身元は不明だと」
つまるところ、不穏分子という可能性は残っている。
ゴートリー王国を混乱の渦に叩き込もうとする工作員、悪意あるものという可能性を排除は出来ないだろう。
しかも、そこそこ強い。
本来なら、危険だと判断され処分されても不思議ではない。
あー、いや。
「わかるとも。この愛らしい容姿! キュートでブリリアント、なによりもアグレッシヴ、魅了される気持ちは理解する」
「……可愛らしいとは思うが。しかし、その、なぜ頭の上に花冠を?」
彼の視線が、こちらの頭頂部を見遣る。
乗っていたのは、昨日もらった花冠。
何重にも保存の魔法をかけたから、枯れることも、散ることもない。
「私に与えられた唯一の
これ以上、
もっとも、そんな意図が通じるわけもなく。
「なる、ほど。似合ってはいるな、あなたの星空のごとき眼と合わせて、じつに乙女然としている」
などと、伊達眼鏡の君は言う。
「そうだろうとも。この目も、顔も、母さま譲りの美貌だ」
「ご両親はどこに? 管轄している領地だけでも知れれば、自分の悩みは解決するのだが」
彼らからの問い掛けに、私はやるせない微笑みを浮かべるしかなかった。
「亡くなったとも。私が、幼い頃に」
「……それは……すまない。心痛も癒えていないだろうに」
「一国の王子がそう易々と謝るものではない」
「だが、失われた命は」
「だとしてもだ」
それに、ずっと昔のことだ。
後年、記憶を頼りに魔法で肖像画を描いたが、それくらいしか両親の存在をこの世に示すものは残っていない。
だからこそ、私はなによりも自らの容姿を誇る。
唯一残った、家族との繋がりだから。
「さて、なんだったか。そうそう、私が不穏分子という話だったな」
「そこまでは言っていないさ」
「だが、このまま不法滞在が続けば、ヴィルヘルム殿にも迷惑がかかるだろう?」
「率直に言えば、あなたの言葉は正しい。いなかったことになれば、と考えないのが難しい程度には」
それはそうだろう。
どこまで行っても、私は厄ネタだ。
自分の国以外ではそうであるという、理解はある。
「ならばヴィルヘルム殿は、実力を行使すればいい」
「……自分はこれでも大人なのでね」
彼は眼鏡をカチャリと押し上げ、苦笑いする。
「人生が己の思った通りに進むなどと、夢見がちではいられないのさ。だからこそ、あなたの自由を尊重しつつ、こちらの要望も通したい。改めて言おう。欲しいのは、魔法の腕だ」
「私を手元に置きたいという意向は了解した」
無論、彼が愚直にすべてを打ち明けてくれたとは思わない。
王位継承権や、今後見込まれる宮廷闘争で問題が起きたとき、足のつかないワイルドカードとして、後腐れなく私を消費したいだけなのかも知れない。
あるいは、罪を着せる相手であるとか。
まあ、構わない。
これだけ厚遇してもらって、密入国のお目こぼしをもらっているのに、恩を仇で返すつもりなどもとよりないのだから。
そうだ、宿の紹介だってしてもらった。
……家賃?
さすがに自前で払っている。
諸国を放浪していたときのクセで、ある程度の貨幣を収納空間に保存していたのが吉と出た。
だが、それにも限度がある。
「そこで、行動しようと考えた。善は急げ、つまりいまから、職探しをやりたい」
「……自分の立場からいえば、なにもしないで大人しくして欲しいというのが本音ではあるよ。なんなら養ってもいい。なにせあなたは……いささか暴走するきらいがある」
なにもしない?
なにもしないだって?
……それは、恐らく人生で一度も実践したことがない。
思えば、私はずっと走り続けてきた。
戦火に領地を焼かれ、両親が命を奪われ、従者を全て失い。
二度とこんな光景を見たくないと、誰にも味わって欲しくないと力を求めた。
それを叶えたのは魔法。
私は絶海の孤島に移り住み、ソドゴラをゼロから建国した。
移民達を迎え入れ、新たに生まれた子ども達を祝福し――そして処刑されたのだ。
いまさら、この気性を改めようとは思わない。
これはこの魂と、心の在り方と不可分なものだ。
だが……せっかく与えられた
今度は周りをよく見て、人々のことを知っていきたい。
せめて、足並みを揃えて。
同じ視点で。
「つまり、問題を起こしても大丈夫で、かつ正式にこの国へとどまれる資格を手にすればよいわけだ」
「そんな都合のいいものは……まて、なにを考えている、アンリ嬢」
胃の腑のあたりを押さえ、眉間に皺を寄せる眼鏡の王子に。
私は安心させるよう微笑みかけて告げた。
「貴君は聞いていなかったのか、ヴィルヘルム殿? 既に宣言したとも」
私は。
「冒険者になって、在国資格を手に入れるのだよ」
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