第六話 冒険者、国の在り方、無防備な幼女

 国が便宜べんぎはかりながらも、民間主導で運営される、いわゆる何でも屋、代行業とでもいうべき職業――それが冒険者だ。


 彼らのになう役割は多い。

 平時では、辺境の開発や資材の採取、魔物を追い払うなどの治安維持。

 有事となれば、複雑な手続きを経て、傭兵として動員される。


 一度冒険者としてギルドに登録すれば、多くの国を行き来しながら世界を開拓することが許され、また一定の身分も与えられる夢の職業……なのだが、私の国ソドゴラにこのシステムはなかった。


 なにせ彼らに頼らなくても、私が全ての役割を代行出来たからだ。

 そう、すべて、万事、なにもかも。

 よって、今日までアルカディア・ハピネス・アンリーシュは、冒険者の実態を情報でしか知らなかったことになる。


 では、先ほどの彼、ブラムと名乗った荒くれ者の正体が冒険者であったならどうか。

 あれが一般的な形なのだとすれば?


 要するに、面倒ごとを全て押しつける都合のいいシステムと。

 それにフリーライドした、一国にとどまれないような札付ふだつきたちが幅を利かせているというのが実情だろう。

 最も古い意味合いである、世界を冒険し開拓するもの、という意味は失われて久しいと考えるべきだ。

 もちろんサンプルケースが少なすぎることは承知しているが……ならば、王として言えることは限られる。


「治安維持機構の怠慢、ひいては為政者の骨惜しみだ」


 私は語気鋭く、目前の青年――この国の第三王子たるヴィルヘルム殿へと言い放つ。

 場所は変わらずに、人よけの魔法が施された酒場のカウンター席。


「先に問うが、この国でも冒険者は厄介事の受け皿かね? 例えば、衛兵の代わりに働くなどだ」

「……そうだな。あなたの思っているとおりだろう」


 第三王子殿の言葉に、私はそうかと頷く。


「あの呪詛人形とタトゥーの冒険者は、散々店内で暴れ回り、客に迷惑をかけた。そんなことが冒険者全体で常態化しているのなら、褒められたことではない。ましてそれに、市井の安全を任せるなど言語道断。治安維持機構としては破綻している。であるなら、王族自らが出向いてでもなんとかすべきだろう」

「それは……理想論が過ぎる」


 暗に否定の言葉を返す彼だったが、しかし口元には苦笑が浮かんでいた。

 こちらが試すための問いかけをしたことに、さとく気が付いた顔だった。


「ふむ……では、アレはまれな例だと?」

「そうはいっていないさ、アンリ嬢。よくある光景だ。よくありすぎて、王族が出てくるなんて有り得ない」

「だがヴィルヘルム殿はここに居る。なぜ? 心配性だから、というのでは説明にならないと思うが」

「…………」


 彼が押し黙ってしまったので、私は少し考え、例え話をする。


「ある国では、争いごとがない。これは少しでも揉めると王が現れ、両者の意向を聞き、仲裁し、互いにえきがあるよう提案を行うからだ」


 つまり私の国の話だが、寓意ぐういは伝わるだろう。

 事実、彼は聡明であったので、即座にそれを言語化して見せた。


「問題を可視化して、簡単に訴え出ることが出来る機構をつくるべきだと? 自治団や衛兵などを飛び越し、統治者に直接、意見具申できる環境の構築が必要だと言いたいのか?」

「それがベストではないか?」

「……言説は理解するよ。しかしそれは、まるで神の御業みわざだ。あらゆる問題を平等に正しく解決し、禍根かこんを残さない。膨大な願いをすべて処理できる。これはとても人間業とは思えないな。それとも、国庫の中身をばら撒き、国力をすり減らしながら国民のみを助ける装置こそ、国家のあるべき姿とでも?」


 現実的な意見だ。

 そして耳が痛い。


 なるほど随分と思い上がっていたものだ。

 私は神になりたかったのか?


 ……いいや、明確に否定できる。

 あれは、いつだって人々が苦しむとき、一番重要なときそばにいないものだ。

 私の両親が死んだときも。

 従者達が志半ばで朽ちていったときも。

 けっして姿を見せてはくれなかった。

 手を差し伸べることもなかった!


 ああ、まったくもって腹立たしい。

 私は、きっと神が嫌いなのだ。


 しかし、それと議論の主眼は関係がない。

 冒険者やゴートリーの国家運営体制に問題があるとして、それを見過ごしてよいものではないだろう。


「解っているさ、アンリ嬢。だから自分はこうして市政の見回りをしている。いや、今日は有意義な意見を聞くことが出来た。ほんの一時だったが、あなたのような英知と見識を持つ魔法使いと話せてよかった」

「こちらこそ、若者とのふれあいは楽しかった」

「……年少者からそう言われるのは、複雑な気分だ」


 なんとも言えない顔をするヴィルヘルム殿と、首をかしげるしかない私。

 とりあえず笑顔を作り、手を差しだせば、彼は握手に応じてくれた。

 そうして、紳士的なこの第三王子は、


「さて、夜も遅くなってしまった。宿まで送らせてもらいたい。どこに泊まっているんだ? 間諜ではないと信じるが、念のため所在地は把握しておきたい」


 と、物事の本質を突いてきた。


「あー……言いづらいことなのだが」


 私は、叱られることを危惧した子どものような顔で、事実を開示する。


「実は先ほどこの街に着いたばかりでね。その……野宿も検討しているのだが……治安的に、どうだろう? やはり破落戸ごろつきばかりかね?」


 第三王子は唖然と目を丸くしたあと。


「うら若い乙女がそれでいいわけがないだろう!」


 とても大きな声で、そう絶叫し。

 そして私がすぐ泊まれる宿を、手配してくれることになったのだった。


 いやはや。

 とても善人だな、彼は。

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