第三話 荒くれ者たちよ、この幼女と一曲いかが?

 ここがどこであるかは謎のまま、私は夜の町を散策していた。

 夜間営業している店は多く、行き交う人々もまた多い。

 私の国ほどではないが、建築様式も発展もしている。

 問題は彼らの多くが、簡易的とはいえ武装していたこと。


「ふむ」


 兵士といった風情ふぜいではない。

 まして武人という面持ちとも違う。

 周囲を見回すが、老人や子どもの姿はなく。

 一方で、夜職の女性達は、多数見受けられる。

 つまりは、ここはそういう町。


 物思いにふけりつつ、漠然と人の間を縫って歩く。

 ずっと気になっていることがあったからだ。

 嗅覚を、先ほどからずっと、美味しそうなかおりがくすぐり続けている。


「いやいや私よ、これは罰なのだ」


 空腹ぐらい辛抱しんぼうしなくては……そう思っていると、また腹が鳴る。


「ええい!」


 どうせ死んだ身、少しばかり胃にものを入れても悪くはあるまい。

 私は薫りの出所をついに突き止め、その建物の入り口へと手をかけようとした。

 そのときだ。


 ドアが内側から弾け飛んだ。


 転がり出てきたのは、顔立ちの整った眼鏡の青年。

 金髪に碧眼……おや、どこかで見覚えがある造作。

 彼はグッと呻いて立ち上がろうとし、その場にうずくまる。

 どうやら顎を殴られたらしく、脳が揺れて前後不覚らしい。


 建物――酒場の中を覗き込むと、そこは乱闘騒ぎの真っ最中。

 革鎧を身につけた屈強な男達が、殴り合いの喧嘩に没頭している。


 その中心には、意気揚々と拳を突き上げる半裸の男性がひとり。

 こちらは体付きが他の者より大柄で、かつ無駄がない。

 ただ、胸元から奇妙なものをぶら下げているのが気になった。


 木の枝や金属をつたや紐、蛇の抜け殻などでぐるぐる巻きにして、そこから無数の棘、しおれた花、ヤモリの黒焼きが突き出しているなにか。

 ああ、なんというか……とても名状しがたいなんらかだ。

 かろうじて人形にんぎょうだとはわかるのだが、〝呪い〟を行使するための産物にしか思えない。


 よくよく見遣ると、それ以外も奇妙な男だった。

 武器が派手派手しい色で塗られた長柄の戦斧せんぷであったり、全身に鮮やかな赤いタトゥーが走っていたり、耳やら目元やらに魔除けのピアスをこれでもかとつけていたり。


 いや、それよりも目立つ人形とは何かという話になるのだが、念というか、波動というかを、現在進行形で放っているのだから致し方ない。

 私が解らないのだぞ?

 おそらく世の中でも限られた人間にしか理解できない難解さだ。


「どーした? かかって来いよ眼鏡小僧? このブラム・ハチェットさまを馬鹿にしておいて――よりにもよって、妹が作ってくれた〝お守り〟を馬鹿にして、ただで済むと思うなよっ」


 怒り心頭と言った様子でこちらへ歩み寄ってくるブラムとやら。

 それをはやし立てながら、乱痴気暴力パーティーに勤しむ男達と、カウンターの後ろで顔をしかめている店主と思わしき男性。

 ふむ、これはよろしくない。


「やあやあ、ご両人」


 私は咄嗟とっさに、二人の間へ割って入る。


「なんだぁ? か弱いお嬢ちゃんはスッ込んでな。つーか、こんな時間にうろついてたら人買いどもにさらわれちまうぞ。俺があとでお家へ送っていってやるから、壁際にでも寄ってマンマのおちちのことでも考えてな」


 俺は、そこの眼鏡をボコすって重要な仕事があるからよと、ブラム氏。

 うむ。


「そうはいかない。暴力はいつだって悲しみの元、喜びに繋がらぬものだ。私が話を聞こう。君にも、あちらでのされている・・・・・・彼にも」


 まだ立ち上がれないでいる青年にチラリと視線を向けつつ告げる。


「どちらにも言い分があるだろう? 話し合えば、殴り合うよりきっといい解決法が見えてくるはずさ。そうだろう、えっと……胸元から呪詛人形をぶら下げているお兄さん?」

「俺の〝お守り〟が悪夢の毒毒呪殺合戦みてぇーだと!?」


 なぜか顔を真っ赤にして襲いかかってくる彼。

 どうやら虎の尾を踏んだらしいが、ふむ。


「あー、手を出されたからには対処するが……きみ、本当に非があるのかね?」

「うるせぇー!」


 怒号とともに振り下ろされた顔面狙いの初撃を、最小限の動きでかわす。

 なかなかの拳速だ。当たればただでは済まないだろう。

 続く、第二打、第三打も、身をひねるだけでける。


「この、ちょこまかとっ」

「おや、踊りダンスのお誘いかな? 求められれば応じるが貴人の勤め。つつしんで受けさせてもらおう」


 返しのタイミング放たれた拳にそっと手を添え、明後日の方向へと受け流す。

 次の攻撃も風に舞う木の葉のようにいなし、流し、受け止めて、さらに舞う。


「てめぇ、手品師かっ? 拳があたらねぇぞっ」

「リードしているだけだとも。それ、いちにさん、いちにさん」


 彼の呼吸に合わせてステップを踏み、横をすり抜け店内へ。

 追撃してくるブラム氏とたわむれるように踊る。


「はっはっは。上手上手」

「舐め腐りやがって」

「舐めてはいない。むしろ楽しんでいる、いつぶりだろうか自由に踊るなど。だから……褒美を取らせよう。そら、ふさわしい服だ! 『代われ変われ、その身を彩る鮮やかさ、対象他者アザー・エルス装飾変化ドロン・チェンジ』」


 私が詠唱とともに指先を弾けば、青い光が飛び出し、ブラムの全身へ絡みつく。

 それは彼の服装は革鎧から、お洒落なドレスへと一変させた。


「ドレスだと!? ふざけるな、こんな魔法ありえるわけ――」

「いいや、ありえるさ。さあ、皆も、ふさわしくお色直しだ」


 さらに指を鳴らせば、取っ組み合いをしていた男達が全員ドレス姿に変わり、顔には化粧がほどこされる。

 エキサイトした誰かが取りだしていたナイフは、扇にチェンジ。

 顔を見合わせる彼ら。

 物騒だった空気が、雲散霧消する。

 私は声に出して笑いながら、さらなる魔法を行使する。


「お次は陽気なメロディー、雰囲気バッチリの照明」


 指差しながら周囲へ魔法の光を飛ばせば、皿やスプーンがご機嫌な音楽をかなで、ランプは明滅して美しい陰影を作り出す。

 存在しないギターがかき鳴らされ、ピアノの音色が美しく響く。


 アップテンポな音楽の中で、私と荒くれ者のブラム氏はタップを踏み。

 彼を助けようと飛び込んでくる取り巻き達には、やはり魔法で動かした椅子や机に相手をしてもらい、酒場は一瞬で舞踏会の会場へと姿を変えた。


「冗談もほどほどにしろよ! 俺に恥を掻かせやがって……!」


 曲が最も盛り上げるタイミングで、絶叫したブラム氏が私を蹴り飛ばさんと肉薄。

 その足をそのまま空へと持ち上げ、くるりと一回転。

 宙を舞う彼。

 唖然とした表情で落ちてくるブラム氏を抱きかかえれば、ダンスはフィナーレを向かえる。

 家具達による拍手喝采。

 言葉を失う破落戸ごろつき達。


「さあ、これで十分こりただろう? 次は話し合おうじゃないか」

「こ」

「こ?」

「ここまで愚弄されて、話が出来るかっ」


 なんと。まだ踊り足りないとは。

 形相をさらに険しくして、得物である大斧を抜き放つブラム氏。

 彼が裂帛れっぱくの気合いととともに飛びかかってきたため、やむなく私は、プレゼントを贈ることにした。


「『血の気の引くまで踊れ――〝赤い靴ブリード・ブーツ〟』」


 ブラム氏の足下に光が集まり、履き物を赤く染め上げる。

 すると彼の足は自然とステップを踏み、踊りをやめられなくなってしまう。


「しばらく頭を冷やしてくるんだな。なに、足腰が立たなくなる頃には脱げるとも。……たぶん?」

「ふざけるな、いますぐぶん殴って……くそ、足が勝手に! 認めねぇぞ、俺は負けてなんか――」


 叫ぶ彼だったが、靴の魔力には逆らえず、操られるままに店から飛び出していく。


「待ってくださいよ、兄貴ぃー!」


 取り巻き達もそのあとへと続いた。どうやら弟分達だったらしい。

 ふぅと私は息をつき、魔法を解除。

 ランプも食器もテーブルも椅子も、元の位置に納まる。


 残っていた客達から「おー」とか「いい見世物だったぜ」とか喝采が飛んでくるので、一礼して受け止めつつ、店の外でまだうずくまっている眼鏡の青年へと歩み寄る。

 ぽかーんと、目と口を丸くしてこちらを見詰めている彼へと手を差しだせば、


「す、すまない」


 慌てた様子で、彼は手を取ってくれる。

 助け起こしながら、私は彼の耳元へ顔を近づけて、極力絞った声音で呟いた。


「どうかお静かに。あなたは……この国の王族ですね?」

「――――」


 おそらく変装用の伊達と思われる眼鏡の奥で。

 青年の瞳に、ギラリとした打算の光がともった。

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