リクルーター

ちはや

第1話 金なし家なし仕事なし①

 田村修二たむらしゅうじ49歳(仮名)


「それで、ご条件は?」

「あの、だから今…言ったでしょ?」

「今おっしゃっていただいたのは、お仕事の条件ではなく社宅ってことですよね?」

「そう!それが条件。社宅が用意できるところお願いします。」


 白いカウンター越しに田村修二はシレッと言ってきた。まあ、よくある話だ。仕事を探しに来ているはずなのに、住むところの心配を真っ先に口にする。もしくは方だ。

(ふう…)心の中でため息をつく。こういう人は仕事を探しに来ているのではない。で、もしくはを探しているだけだ。だから仕事を転々とする。

「あ、できれば社宅費無料で広めの部屋で風呂トイレが付いていて綺麗なところ。家具家電付きね!」寝言は寝て言え。どこにそんな都合の良いところがあるだろうか。

「不動産行って自分で探せや!!!!!!」と、声を大にして言いたくなるのをぐっとこらえる。

「まず。働きたい会社に見学へ行ってもらって、そこで内定を貰ってから社宅をご用意いたしますので、そこから1週間くらいかかりますね。」

「え!見学?見学しなきゃダメなの?」

「ええ、そういう決まりですから。」

「見学って交通費がかかるよね?それってここで出してもらえるってこと?」

「いいえ、もちろん田村さんの実費でございます。」

「無理無理。もう明日にでも社宅に入らないと困るんだよ。」当然のような顔をして田村は顔の前で手を振った。

「じゃあなぜ、こんな状況になるまで行動しなかったんですか?」

「それは…急に会社から切られたから…。」田村は口ごもる。

「急にと言っても、一か月前には告知されていたはずですよ?」

「い、いまはそんな話じゃなくて…」

「急に会社から切られたのではなく、急に辞めて来た、の間違いですよね?」

「そんなのどうでもいいから!早く社宅を…」

「先ほども申しあげた通り。社宅は会社の内定が決まってから、じゃないとご用意ができません。なぜなら、社宅に入ったところで必ずその会社にやとってもらえるとは限らないからです。途中で仕事を放り出して辞めて来たのなら尚更です。申請は通りません。すぐに辞めてしまう可能性のある方を雇いたい会社あると思いますか?」

「なんだよ!俺が勝手に辞めてきた証拠でもあるのかよ!」田村は痛いところをつかれ怒り出した。

「今お話をお伺いしながら、あなたが働いていたという会社にメールで問い合わせさせていただきまして…。」私はパソコンの画面に目を移す。

「なっ…」田村の顔はみるみる真っ赤になり、そのまま立ち上がった。

「まあ、お座りください。では、最初からお話をいたしましょう。まず、社宅重視してはいけません。そこから探すと合わない仕事で苦労するのはです。今までのお仕事も合わなくて辞めていらっしゃるのでは?精神的に辛くなって体調も崩され休みがちになったのではありませんか?」

「あ、ああ、そうだよ。仕事がなかなか覚えられなかったり、それで一緒に仕事してる奴らからバカにされて、人間関係もうまくいかなかったんだ。」田村は頭をかきむしった。

「仕事の内容を見直ししましょう。今までの機械オペレーターとかパソコンを使ってのお仕事は苦手なようですね。電動ドライバーとか工具を使ったものも苦手ですか?」

「少しは使ったことがあるけれども…どうかな。苦手なのかもわからない。」つまり、あまり自信がないということだ。得意であればそんな答え方はしない。

「ご自身のペースでこなしていく、黙々とした作業が良いのではないかと思います。こちらはいかがでしょうか?一から始めるのでそんなに給与は高くありませんが、同じような方が何人かいらっしゃいます。場所もここからそんなに遠くない場所にありますし、見学の交通費もそんなにかからないでしょう。決まれば社宅も早めに手配させますが、いかがでしょう?」

「本当に?じゃ、そこでお願いします!」

「承知いたしました。では職場見学も早めがいいと思いますので、現場担当の者に伝えてきます。このままお待ちいただけますか?」

「はい!ありがとうございます!本当にありがとうございます!」


高山たかやま先輩、お疲れ様です!」後輩の宮崎みやざきかおりが後ろから声をかけてきた。

「あーお疲れ様。宮崎さん、仕事は慣れてきましたか?」

「もう!高山先輩~聞いてくださいよ!」泣きそうな顔で宮崎かおりは仕事の愚痴ぐちを話し始めた。散々愚痴った後に「そう言えば高山先輩、さっきの方…前の会社まで問い合わせしてたなんて、パイプライン凄いですね!尊敬しちゃいます!」

「あ~あれね…、ハッタリに決まってるじゃない。」

「え!」宮崎かおりは目を丸くした。

「当然でしょう?いきなり知らない会社から連絡来ても、過去だとしても働いていた人の個人情報なんて教えないでしょう、普通は。」

「ええええ!そんな、じゃああれは…ハッタリだったんですか?」

「メールで問い合わせをしようと思ったんだけれど、メールアドレスが間違っていて届かなかった、ってところかしら。返事が来たとは一言も言ってないわ。けれどそんな回答を聞かなくても、求める所が仕事じゃなく社宅を急いでる理由ってそんなもんでしょ。」

「おお!そして、的確にその方の適性判断されてお仕事の紹介したんですね?あの人、高山先輩にすごく感謝して帰って行きましたし。」

「ん~実は紹介先はね、欠員がたっぷりあったところ。人が少なくて誰でもいいから、とにかく人が欲しいってところよ。最初からここしかないなーって思ってたんだけれどね、あの態度でしょう?またすぐに辞められちゃかなわないから、もったいぶっただけ。」

「ま、まじですか…。その話、もっと聞きたいです!あ、そうだ!高山先輩。今日、もう仕事上がりますよね?帰りにご飯でも食べてから帰りませんか?美味しいと評判のお店に行きたくて、ぜひ…。」私は宮崎かおりの言葉をさえぎ

「ごめんね。夜は家で犬が私の帰りを待ってるからパス。」

「え、犬ですか?」

「うん、帰りが遅いとすぐ不貞腐ふてくされちゃうの。夕飯もあげないといけないから、また今度でいいかしら?そうね、昼休憩にランチでも行きましょう。」

「はい、それなら仕方ないですね。ランチ楽しみにしてます!」

 人はひとつことわっても、違う提案ていあんをするとそれほど気分は悪くならないものだ。

「じゃあ、お先に失礼するわね。」軽く身支度を整え、私は会社を後にした。


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