大好きなアイドルを俺が引退させることになった

梅竹松

第1話 一夜の過ちがまさかこんな結果を招くなんて……

 俺には大好きなアイドルがいた。

 彼女はとびきり可愛いだけでなく、歌も踊りもうまく、いつもファンを笑顔にしてくれる。

 彼女を応援することは俺の生きがいであり、アイドルとして活躍する彼女の姿を見るだけで俺は幸せだった。


 だけどある日の夜、とんでもない現場を目撃してしまうことになり、幸せな生活は突然終わりを告げた。


 なんと、ずっと応援し続けていた彼女が若い男とラブホテルに入ろうとしていたのだ。

 お忍びのつもりだったのか彼女はコートやサングラスなどで変装していたが、真のファンを欺けるわけがない。

 俺は一目で正体を見破った。


 恋愛禁止のはずのアイドルが彼氏とおぼしき若い男とホテルに入る。

 これは間違いなくスキャンダルだ。

 俺は居ても立ってもいられなくなって、気がつけば二人に話しかけていた。


 そんな俺を見て彼女も、彼氏らしき男も非常に驚いている様子だった。

 まさかファンにバレるとは思っていなかったのだろう。

 堂々とステージに立つ姿からは想像もつかないほど彼女は取り乱していた。


 とりあえず二人の関係性を問い質してみる。


 最初は何とかごまかそうとしている様子だったが、やがて観念したのか正直に真実を話し始めた。


 二人が言うには、もうかなり昔から事務所に内緒で付き合っているらしい。

 しかもすでに肉体関係を結んでいて、何度もそういう行為に及んでいるそうだ。

 今まで誰にもバレなかったから完全に油断していたと二人は語ったのだった。


 当然俺は憤りを覚えてしまう。

 こんなファンに対する裏切りなど到底許せるものではなかったのだ。

 ただちにSNSで拡散しなければならないことだろう。


 そう考えて、俺はスマホで真実を全世界に発信しようとする。


 だが、そんな俺に二人はとんでもない交換条件を提示してきた。

 今夜一晩だけ彼女を好きにしてよいから、今回の一件は口外しないでほしいというのだ。


 俺は悩んだ。

 推しのアイドルと一夜を過ごせるなんて、ファンとしてはこの上ない幸福に決まっている。

 このチャンスを逃したら、彼女とそういう行為ができる日は二度と来ないだろう。


 だけどスキャンダルを見逃せば、もう純粋に彼女を応援することなどできなくなる。

 本当にどうすればよいのだろうか。

 

 しばらくの間その場で悩み続ける。


 だが、最終的に俺は条件をのむことにした。

 見逃そうが告発しようがもう彼女を応援できないことに変わりはないからだ。

 それならせめて最後に彼女との思い出を作っておいた方がよい。

 それが俺の出した結論だった。


 俺が条件をのんだことで、二人も安心したようだ。


 こうして俺は、大好きだったアイドルと一晩ラブホテルで過ごすことになったのだった。






 そんな一夜から数ヶ月後。

 いつもと変わらない生活を送っていると、突然信じられないニュースが飛び込んできた。

 なんと、彼女がアイドルを引退すると宣言したらしいのだ。


 俺は最初、つまらない冗談かと思った。

 全国にいるファンたちも最初は何を言っているのか理解できなかっただろう。

 こんなニュース、すぐに信じられるわけがない。


 だが、残念ながらフェイクニュースなどではないようだった。


 人気アイドルの電撃引退に当然世間は大騒ぎだ。


 次々にネット上に記事がアップされ、SNSはその話題で持ち切りになり、ネットの掲示板には彼女の引退に関するスレが立った。


 ちなみに、電撃引退の理由は極めてシンプル。

 妊娠していることが発覚したからだ。

 ネット上では『父親は誰か』でファンたちが連日のように議論していた。


 だけど俺は父親に心当たりがある。

 彼女を妊娠させたのはほぼ間違いなく自分だろう。


 なぜそう思うのかといえば、単純に計算が合うからだ。

 

 あの日の夜、彼女は久しぶりに彼氏とそういう行為をする予定だったと言っていた。

 また、今夜を逃すと仕事の都合でしばらく彼氏には会えないとも言っていた。


 つまり、俺が彼女と一夜を過ごしたあの日に妊娠させてしまったと考えるのが自然だ。

 一応子どもができないように気をつけたつもりだったのだが……避妊は失敗だったらしい。


 さすがに彼女に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。

 まさか一夜の過ちが原因で引退を余儀なくさせてしまうとは思わなかった。

 人気絶頂だっただけに、ファンも事務所の人間もがっかりしただろう。


 しかし、今さらどうすることもできない。


 あと数ヶ月も経てば彼女はお腹の子どもを出産して母親になってしまう。

 妊娠したというニュースはすでに世間に広まったので、もうアイドルに復帰するのは不可能だ。


 だから、せめてこの先は子持ちの母親として幸せな人生を送ってほしい。


 俺にできるのはそれを願うことだけだった。

 



 

 


 


 

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