ゆがんでほどけて
卯月ななし
前略 君に贈る
――人が人では居られなくなる瞬間というものがある。
その瞬間それまで人だったものは、頭の先から全身真っ黒い塊になって、どろどろと溶けていくそうだ。
――
人間が他者に抱く負の感情から出来る何かのことを、見える人たちはそう呼んでいる。黒っぽい液体物の様な、霧の様な何かだ。歪が見える人は割とざらにいるが、それが何なのか理解している人は少ない。しかも見えて何かいいことがあるのかというとそうでもない。
人が人でなくなる――すなわち、人は頭の先から黒い液体になって溶けると、歪という存在として消えてしまう。そういう恐ろしい現象によって出来た歪のことを『人型個体』と呼ぶ。基本的には歪は人の口から霧の様に零れ出ており、抱く感情や人によって霧状からドロドロの液状に変化する。まぁ基本的には液状個体で存在しているため、前記のような個体の歪はほとんどと言って良いほどに報告例がない。というのもそこまで人が負の感情に追い詰められていたら、人型個体に成る前に自殺してしまうからだ。
通常、人は歪を抱えて生きて、歪を吐いて生きている。
それが口からぼたぼたと液体状に零れて、溢れて、止まらなくなると、その口の持ち主はこころが歪に侵食されて自分が歪に、人型個体になってしまう。
そして消えてしまう。
人を呪わば穴二つ、ということだ。
人が歪になる瞬間は美しいと言った人が居た。
目が違うそうなのだ。
あの溶けだした真っ黒い何かと、お揃いの色になっているらしい。
そういう目をした人は、人ではない。どれだけ美しかろうと、負の感情の塊なのだ。
だがしかし、歪自体にはそこまで大した力がない。それに、今まで報告された人型個体は1日も形を保てない。直ぐにボロボロと崩れて消えるらしい。歪に乗っ取られた人ごと、消えるらしい。しかしまた、人1人を消滅させるだけの力はあるということだ。人型個体になるまでにかなりの年月を要する上に、持続的に他者への負の感情を抱い続けなければそんな風にならないため、年に1、2体報告されればいい程度だが。
所詮人から出来た何かだ。感情に呑まれた人の末路が人型個体であり、己の鏡が液状個体だと考えた方が合理的だ。だけども人間の負の感情というのは恐ろしいのだ。
もっとも、そもそも人間なんて恐ろしい物なのだろう。
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