孤独には勝ちたくない

 やはり謝りたくないのかクラスメイトは今日も気まずそうに俺の事を見るだけで近づいてくる気配もなかった。真司だけは「みんなに無視されて辛くないのか? 俺の前なら泣いたっていいんだぜ?」なんていつもの調子で話しかけてきたが、無視しているのはどっちかと言われたら俺の方だ。もう許す気なんてすっかりなくなってしまった。俺に謝るのがそんなに難しい事なのか。


 ―――自分達が悪くないって思いたいなら好きにしてくれ。


 もう寂しくない。休み時間の度にここを透子が訪れてくれるお陰で喋る相手にも困らない。

「部活についてだけど、朝に提出したでしょ? 顧問が必要だって話をされたじゃない」

「見つかったのか?」

「校長先生がやってくれるみたい。功績を立てて正解だったわ。対外的に生徒の自主性をアピール出来るし、優秀な生徒が多ければそれだけ学校の評判も上がる。断る理由はなかったみたい」

「……かばね町が近くにある時点で評判は最悪だと思うんだけど」

「でも必要でしょ、学校」

 かばね町から離れるように学校を選ぼうとすると近辺の住人はそれだけで生活の負担になる。だからどんなに評判が悪くてもこの学校に行かなくてはならない……なんて事もなく、例えば毎日行方不明者が出ていたら俺も絶対にこんな学校は入らない。ある程度の安全性はやはり証明されているべきだ。

「ただ条件があって、顧問だからって顔を出したりはしないらしいわ。その代わり、調査報告書みたいなものを出せって」

 課外調査部という名前を銘打ったからには活動の実態が必要という事か。妥当な条件というか、条件? 部活として当然の活動なように思う。部活設立にあたって未知の部活なので細かい条件も二人で詰めた。含めてまとめると、


 ・活動時間は放課後になってから午後八時が最大。

 ・必要な設備や道具も特になし。

 ・週に一回活動報告書を作成

 ・使用教室は多目的教室A


 遠征計画ではないが、この手の活動で一番楽しいのはやっぱり活動する前ではないだろうか。とにかく二人で新しい事をやろうという方針で盛り上がったのが何より楽しかった。

「別にいいんじゃないか。俺達も遊び場が欲しくて作りたい訳じゃないし、その……部活作ったら毎日来てくれるんだよな?」

「ええ、体調不良や予定が入っていないなら顔を出すわ。毎日学校に行く楽しみが出来たし」

「透子…………!」

 嬉しい。透子と毎日学校で会えるなんて夢みたいだ。あまりにうまく行き過ぎてむしろ家に帰りたくない。状況の好転に反比例して家に対する抵抗がどんどん大きくなっている。今日は、帰らなくちゃいけないのか。

「…………どうかした?」

「―――家に帰らないといけないのかって思った。帰りたくないならバイトするしかないよな。それであの町のホテルでも借りるかティルナさんの所に逃げるかしないと」

「……あの町でバイトを探すのはやめた方がいいと思うけど。君にさせてもいい安全そうなバイトなんて殆どないから」

「そのバイトで俺は酷い目に遭ってるから分かるんだけどさ……いや、何でもない。頑張って仲直りしてみるよ」

 透子が自分の店を出さないのは単に人を募集していないからだろう。店長でないならその辺りをどうにかする裁量は彼女に無い。安全で高額なバイトなんて上手い話は存在しないのだ。それこそ闇バイトになってしまうから。



 話している内に昼休みは終わってしまった。



 小学生の頃、俺達はどうやって十五分の間に校庭に繰り出しケイドロやドッジボールをしていたのか等と思いながら残りの授業を消化していく。五日間も授業が止まっていたせいで忘れていたが、定期テストが間近に迫っていた。流石に本来の日程よりは繰り下がったが、それでも勉強しないといけない事には変わりない。透子に教えてもらえたら一番だが……あまり学校に来ていないなら頼れないどころか、むしろ向こうが頼ってくるまである。頑張るしかない。

「よう、部活作るんだってな。俺のアドバイスを聞いてくれたか?」

「まあ、たまにはいい事言うからな」

「おいおい! 俺はいつも良い事しか言わないぞ。世の中の八割の名言は俺が言ったとされているからな。名言製造機、もしくは親友の三角コーンと呼ばれている。呼べよな」

「ダサすぎないか……? 本当に呼ばれたいのかよそれ」

 放課後になると真司だけが案の定俺に話しかけてきた。他の皆は逃げるように部活へと行ってしまう。人格破綻者は人格破綻者らしく人の目なんて気にもせず、やりたい事をやるのだ。

「活動を始めたら教えてくれよな。俺の方で取り上げてやるからさ! そしたら新聞部にも箔がついて来年の部長は俺で決定! WINWINだよ」

「ほうらそう来ると思った。だから俺の活動はお前の邪魔が入らないようにしたんだ。絶対、邪魔なんかするなよ! せっかく作れたんだから」

「人聞きが悪いな~! まるで俺が絡んだら壊れるみたいな言い方はよせって、部活破壊活動なんて行ってねえよ。まあお前は俺の数少ない親友だ、一応お前に悪い事はしたって気持ちもある。謝らないが! 謝らないが、暫くはなんもしないさ。楽しい時間を過ごせよ!」

 虚言癖のいう事なんて信用ならない。雑に肩を殴ってから教室を出ると、奥の廊下から凄まじい勢いで飛び出してくる人物を見た。

「…………川箕?」

 日焼けして褐色肌になっている生徒はそう多くないし、何よりD組から出てきた。間違いないと思う。透子は既に教室に居ない様子だったので合流するとすれば校門になるが、その前にどうしても気になった。鞄も持たずに飛び出すなんて普通じゃない。

 D組をそれとなく覗くと、悍ましい光景が目の前に飛び込んできた。

「………………」

 多分、川箕の席なのだろう。机には大量の怨嗟の言葉、犯罪者として断定するかのような物言いが書き連ねられ、置き去りになった鞄には大量の脅迫状が入っていた。差出人は当然書かれていないが、概ね内容は『犯罪者は学校に来るな。お前が死ねば世の中が少し平和になる』ばかりだ。後はそれを個人個人が感性で表現を変えているだけ。

 また、担任の先生も黙認しているのか知らないが、黒板の隅っこには川箕燕は犯罪者なので関わるな! という注意書きが残っている。壁にかけられた時間割を見遣ると六時限目は体育だったらしい。成程、教室を離れたらこうなっていたのかもしれない。

 踵を返して川箕が去っていた方向に走り出す。階段を上って行ったのは確かだ。三年生に用事がないなら屋上に行った可能性が高い。あそこには飛び降り防止でフェンスがあるものの、絶対に乗り越えられない程ではないのだ。

 そうして屋上に飛び出したが、そこに川箕の姿はなかった。

「…………?」

 


「う………………うぐ…………ぐず…………」



 泣いている声が聞こえる。まるで少し前の俺みたいに、どこかに隠れて。透子もこんな声が聞こえたから俺を助けてくれたのかもしれない。声を辿って屋上入り口の裏側に回ると、川箕が体育座りのまま俯いていた。

「………………」

 なんて声を掛けたらいいか分からなくなって、ただ隣に座る。女子を慰めた事はない。泣かせたらその時点で嫌われるかもというような状況くらいしか経験がなく、家族にはそもそも母親しか女性が居ないから。

「…………なに、しにきたの」

「見かけたから来た」

「…………かえってよ。ないてるところ、見ないでよ」

「―――」

 何を言っても傷つけてしまうような気がして、とてもじゃないが言葉を口に出せない。泣いている時の気持ちは良く分かっているつもりだ。悲しくて泣いている。自分が惨めで泣いている。そんな自分すら情けなくてずっと泣き止まない。川箕はしゃくり泣きを挟みながら、静かに話し始めた。

「……無理だったよ。私とは誰も話したくないって。他の皆にもバラされて、先生にもバラされて。昼休み、私の前で一人ずつ、私の連絡先全部消した。先生が主導になって…………」

「…………で、これか」

 持ってきていた彼女の鞄を目の前に出すと、脅迫状を全て鷲掴みにして外に広げる。相手を犯罪者と決めてつけてこの仕打ちじゃ、一体どっちが悪者なのか分からない。これが正義の行いなら、かばね町はヒーローに溢れている。

「私が映ってる写真とか動画とかも、後で全部消すんだって。犯罪者と繋がってるっていいがかりつけられたら将来に響くからって…………うっぷ。う、うぐ」

「―――犯罪者なんかじゃないのにな。みんながみんな」

 

 俺は適当な脅迫状を一通手に取ると、彼女の横で一枚一枚破き始めた。乱暴に、全力で、怒りを込めて。


「住みたくて住んでるんじゃない。引っ越せない事情もある。それなのに皆、あの町に居るから犯罪者って言わんばかりだ。川箕がお店で働いていたとして接客したのがテロリストでもお前は別に犯罪者じゃないし、仲間でもない。事情を知らない善意の第三者だ。その筈、なのにな」

「…………夏目、外に住んでるのに。何でそんな事……」

「……外に住んでても、中に住んでる奴のお陰で助けられたからだよ。日傘を差してる子が居るだろ。俺の恋人って伝わってるかもしれないけど、違うんだ。アイツは俺を助けてくれたんだよ」

 彼女には、事情の全てを話す事にした。親しくもない、何なら今日会ったばかりだが、他人という気がしなかったから。華弥子にハメられて全てが思い通りに行ってしまった時の俺は、きっと川箕のようになっていた。真司と華弥子の二人に泣き顔を愉しまれるだけの玩具になっていただろう。今だって透子が居るだけで、実際孤立はしている訳だし。

「アイツがいなかったら俺はお前みたいに泣いてたよ。男が泣くなんて情けないけどさ、でもハグすら碌にしなかった関係なのに突然誰かに身体を許してたら男の尊厳とかプライドとか、色んなもんが壊れたっていうか。だからこれはアイツの真似してるだけだ。深い意味なんてない」

 透子は俺にとって気になる存在であり、憧れの存在でもある。あんな風に助けてくれたらどんなに良いか。どんなにかっこいいか。 

 脅迫状を全て破り捨てると、細切れになった紙は全部ポケットに突っ込んでおいた。やっぱり直接慰めにかかるような言葉なんて言えなくて、沈黙が生まれてしまう。

「……実を言うとさ、顔見た時は危ない奴が来たって思ったんだ」

「心外だな」

「D組でアンタは元カノを行方不明に追いやった奴って言われてたんだよ。噂に一貫性がないから話に尾ひれがついてたんだと思うけど。B組に知り合いがいるって子は、行方不明になりたくないからみんなアンタに関わらないみたいな事を聞いたらしいし」

「…………」

 謝りたくなくて近づかないと思っていたけど、どうやら俺の与り知らぬところでは噂話の種として扱われているようだ。謝罪の気持ちくらいは……持っていて欲しかったな。

「でも夏目は優しかったよ。あんな現場見て私を助けるなんて結構きついって。今も……そう。町に住んでるだけでこんな事になったのを嘆いてるのに、私の方も夏目を噂だけで判断してた…………ごめんなさい」

「お前は気にしなくていいよ。別にクラス間で関係性がある訳でもないし、噂が広がってた時はお前もグループの一員だったんだろ。仕方ないさ。俺が怒ってるのは当事者で、遠くに居た奴怒っても仕方ない。俺だって一々名誉回復の為に真実叫んでんじゃないし」

 どうでも良くなったという方が正しいが、まさか最初に謝ってくるのが事情も良く知らずに俺が悪者であればいいという人間から噂だけ聞いていた部外者とは。でも、そうだ。こんな風に謝ってくれたなら俺だって。

「…………ね、五分だけでいいからここに居てよ。そうしたら私も帰るから」

「……泣き止んでも気持ちの整理が上手く行かなくて動きたくない時ってあるよな。分かるよ」

 そして俺には透子みたいに無理やり引っ張れる自信も覚悟もない。出来るのはただ、傍に居る事だけ。

「アンタを助けた子の真似って言ってたけど、私はその子に詳しくないし。だから夏目、ありがと。真似でも何でも、私には十分だよ」

「……ここに居るのは良いんだけど、部活に行かなくて大丈夫か? 部活だけをモチベにするってのも、一応さ―――」

 






「無理、部活は退部させられちゃった。テニス部の悪評になったら困るんだって。私にはもう―――何もないや。はは、わざわざ私を探しに来てくれる夏目って人は居たね…………うっ、ごめ。やっぱり、少し、泣かせて」

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