DEAD END

「…………ん………んぅ」

 カラオケボックスで就寝するのはこれが初めてだ。ソファの柔らかさはベッドのそれとは遥かに違うが、安全性だか機密性だか、とにかくゆっくり眠る事が出来たと思う。個室の中は薄暗く、テレビもいつの間にか消えていた。ティルナさんが消してくれたのだろうか。

「……今、何時だ?」

 目が明かなくて壁にかかった時計が見えないので携帯を見ると、午前十時。学校があったらとてつもない遅刻だが、爆破されてまだ一日くらいしか経っていないのに直っている筈がない。


 寝すぎたな。


 そんな感想が精一杯だ。扉を開けると、見慣れた日傘が俺を出迎えてくれた。

「とう―――」

 一瞬、身体を吹き飛ばされたかと思った。それくらいの勢いで彼女は俺を抱きしめて、再び奥の個室まで追いやられる。

「とう、こ」

「…………ごめんなさい」

「え?」

「電話は取れなかったの。その…………君と別れた後、人間災害が起こした余波で身動きが取れなくて。でも何だか胸騒ぎがして君の家の様子を観に行ったら……パトカーが大量に並んでたから」

「ぱ、パトカー?」

 俺が兄ちゃんに出ていけと言われてから一体何があったのだろう。原因は恐らく同じ制服を着ているだけの不審者。俺を昨夜連れ去ろうとした仲間の内の一人……だろうか。

「良く分からないけど様子を見に行った方がいいかな。しかし何でここが分かったんだ?」

「この町で安全に眠れる場所なんて限られているのよ」

 それはそうだ、と何となく笑って誤魔化す。昨夜は九死に一生を得た。人間災害が俺を殺さず、何故かコートをかけてくれた件については首を傾げざるを得ないが、それは飽くまで直接殺されなかっただけで間接的には死ぬ可能性が大いにあった。

 

 外に出ると、町全体が傾いたまま目覚めの朝日を浴びていた。


 地面のあちこちが沈下し、ひび割れ、いたるところから煙を吹いている。災害に遭ったと言われても信じられる光景であり、この町には確かに人間災害が居る。そして災害と呼ばれるだけの力がある。

 そういえば俺の家の近くが荒れている事もあったっけ。

 あれも実は、人間災害の仕業だったり?

「それと、様子は見に行けないわ」

「……何でだ?」



「完全封鎖」



 ソファーの上に俺を押し倒しながら、彼女は簡潔にそういった。

「かばね町は治外法権の町。けれど例外的に唯一適用される行為がある。それがこの町に繋がる全ての道の完全封鎖よ。封鎖が解かれるまで、中の人間は誰も出られない。それは君だって例外じゃないわ」

「う、嘘だろ!? 人間災害のせいか!? それとも何か重大な犯罪でも明らかになったのか!?」

「…………」

 なんで、そんな悲しそうな顔をするんだろう。透子は何も、悪くないのに。

「―――封鎖が解かれるには時間を待つしかないわ。ここでゆっくりしててって言いたいけど、残念ながらここは有料施設。早く出て行かないと君のお金は無慈悲に吹き飛ばされてしまうわね」


「今は特別に料金外にしといたげるよー。早く選んでねー」


 部屋の外からティルナさんの眠そうな声が聞こえてくる。彼女はずっとあそこに立っていたのだろうか。

「……完全封鎖が最速で解かれた日は? お前の知ってる範囲でいいよ」

「最低でも二日。それより早く解かれた事はないわ」

「じゃあ俺は二日もこんな危ない町に滞在しないといけないと」

「そうなってしまうけど、大丈夫。その二日間、私は何があっても君の傍を離れないわ。泊まる時はあのお店を使って。それなら安心出来る? それとも、まだ足りない?」

 足りない……事はない。透子と一緒に居るなら恐らく安心だ。彼女は腐ってもこの町の住人で、歩き方を心得ている。俺が一人でおろおろしながら歩くよりは遥かにマシだ。

 それに、これは丁度いい機会かもしれない。帰ろうとする意思とは無関係に出られないのだ。裏を返せば俺を陥れた犯人達もトンズラは出来ない。昨日は酷い目に遭ったのだ、やり返す意味も込めて、いよいよその目的も明らかにしないと気が済まない。

「透子。学校を爆破した奴の件についてだけど」

「分かってる。調べたいんでしょう。安心して、収穫はあったから。とりあえず……外で話しましょう」  

 店主の送別の言葉を聞きながら俺達は再度日中のかばね町へと繰り出した。町は何処も傾いてばかりで、本来、人が往来していい筈がないものの、この町に居るにはやはり居るだけの理由があるというか……全員が一筋縄ではない。俺のような一般人の発想も空しく、いつもの活気を取り戻していた。

「……どうかしたの?」

「町の外に出ちゃ駄目なんだろ? 町もこんなんだし、もっと閑散とするものだと思ってたんだ。平然と外に出て……人間災害は大丈夫なのか? 顔を知ってて、今は休んでるのを知ってたり?」

「だから誰も顔を知らないわ。知っていたら今頃その家はこの町の住人全員が囲んで袋叩きにして―――」

「……して?」

「……全員、死亡しているでしょうね」

 凄い断言だと言いたいが、災害に喧嘩を売って勝った人間は歴史上存在しない。俺も昨日実感したがこの町に住む人間はもっと前からその恐ろしさを知っている。人間災害即ち、人間の形をした災害。これは人間に非ず。いやと言うほど理解した。もうその力を疑う気にはならない。

 犯罪組織同士が抗争した結果の被害を誰かに押し付けたくて、それが結果的に人間災害という虚構を生んだとか考察していたのに。

「人間は生きている限り呼吸をするものよ。身体がどうなっていてもね。この町も同じ、後ろめたい人間が生きられる居場所は、どんな事があっても居場所でないといけない。流石に今にも崩れ落ちそうな場所は通らないだろうけどそれ以外は全然」

「……逞しいなほんと。真似出来そうにないよ」

 どんなことが起きても自分の居場所は譲らない。それが出来たらどんなに素晴らしいか。自分達の手で事件を解決しようと意気込む傍ら、心の中では今から言い訳の練習中だ。家に帰ったら怒られる。怒られるのは嫌だ。もう泣きたくない。

「で、収穫の話だけど」

「以前、私がエアガンで撃たれた時の話だけど、そのエアガンって本格的でね、薬莢が残ったの」

「…………や、薬莢エアガン?」

 にわかには信じがたかったがどうやらそのような代物は本当にあるらしい。たった今ネットで調べた。BB弾を詰めた薬莢を排莢するのが気持ちいいみたいな……俺には良く分からないが。

「前も言ったけど、この町で軽々しく銃を扱うのはご法度なのよ。勿論これは本物の話だけど……本物に似せた改造エアガンでも結果は同じ。大切なのは銃声を響かせてしまうという事」

「?」

「銃社会ではない国でどうやって銃が流通するというの? 誰かが流通ルートを握って流すしかない……そうでしょ」

「三大組織が握ってるみたいな話か? でもエアガンは玩具だ。人を怪我させる事はあるだろうけど、殺傷力はやっぱり本物に劣る」

「たとえ偽物だろうと銃声を響かせるような事はあってはならない。それも真昼間にね。使ってる銃の種類、弾薬から何処の組織がバックについているのかが分かってしまうから。改造エアガンでも同じ。改造したからには、弾だって改造しないといけないでしょ」

 あまり直球では言ってくれないが、要するに彼らがエアガンを撃って俺達を怖がらせてくれたお陰でかえって尻尾を掴んだという事だろう。そんな迂闊な事をする人間が今更この町に居るとも思えない。

 俺を攫った男達の会話からしても、犯罪者的には外様に分類される集団なのだろう。人間災害がこの町を守っているという話からたまたま居た俺に目をつけたのかもしれないが、本当にこの町を守っているならここまで滅茶苦茶な事にはならない。とんだデマに踊らされた奴らが居て、そんな奴らに危うく殺されかけた俺が居る。恥ずかしい話だ。

「……誰なんだ?」

九龍月くーろんずっていう、半端者の集まりだそうよ。元が組織の末端だった人間ばかりが寄り集まった烏合の衆……じゃなくて雑魚……じゃなくてゴミ……じゃなくて」

「言い方!」

「とにかく彼らの仕業である可能性が高い。学校爆破はその一環よ。君は闇バイトって知ってるかしら」

「非合法なバイトの事だよな。一見すると簡単そうに見えて、犯罪の片棒を担がせて戻れなくするみたいな」

「大体そんなイメージで大丈夫。闇バイトの多くは相手を心理的に戻りづらくさせる手段を取るわ。甘い言葉に釣られた人に、余地のない犯罪を行わせてその証拠を握る事で人生に首輪をつけるの。学校の爆破は……多分それ」

「上下関係がきっちりしてるって組織よりは横で緩く繋がってて、定期的に誰かをハメてこき使ってるって事か。それはそれで何で学校を爆破させたのかって疑問もあるけどな」

 人を殺した方が早いとも言わないけど。

「疑問なんてないわ。荷物を指定の位置に置くだけのバイトという名目の方がひっかかりやすいじゃない。私達の学校は闇バイトの入り口になる為だけに犠牲になったと考えられる」

 だとしたら、許せない。

 俺達の学校を下らない犯罪の導入に使うなんて。透子との輝かしい日々が台無しだ。

「じゃあ今すぐそいつらを捕まえてやろう! 警察が駄目そうなら……報道してもらうんだ! 犯人はこいつらだって報道させて、二度と犯罪活動が出来ないようにさせる!」

「……まあ、それが向こうにとっても幸せかもね。マーケットに見つかったらタダじゃすまないわ。あれは悪戯にこの町を騒がせる事を良しとしないから」

「―――そういえば探してたな! 幹部! 先を越されたくない、透子は事務所かなんかを知ってるか!?」

「生き残りなら居ると思う。ほとぼりが冷めるまで安全な場所に隠れていると思うけどね」

「安全な場所?」

「―――」

 透子は顔も知らぬであろう犯人に同情するような目線を……明後日の方向に。




「―――に、勝てる訳ないのにね」


























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