藪を突けば竜を出す
「透子、ここって」
「コスプレ用品専門店ね。普通に利用も出来る比較的安全なお店だからなの子ちゃんが仮にこれを見つけてもおかしいとは思わなかったでしょう」
無関係なレシートに紛れていたのはEタイプの衣装と呼ばれる商品だ。それは透子曰く俺達の学校の制服らしく、しかもそれはらしく作った偽物ではなく正規品らしい。
お店の中に入ると様々な洋服が立ち並んでいるが、その殆どが職業や身分に関する衣装だ。看護師、学生、警察、魔女、セレブ、OL。版権もののキャラの衣装は端にまとめられているようだ。
「コスプレって俺の知らない内に盛り上がったんだな」
「……まあ、用事はあるでしょうね。君は知らない方が良さそう」
「え?」
なの子ちゃんと同じ括り?
心外な扱いに愕然としているのをよそに、彼女はカウンターに立ってレシートを店主に見せた。店主は余程顔を見せたくないのかフードを目深に被っている。あれでよくまともな視界を確保出来るな、と感心してしまった。
「これ買った人、覚えてる? 監視カメラの映像でもいいけど」
「おいおい面倒事は勘弁だぜ。理由もなくそんなもん渡せるかよ。情報が欲しけりゃ分かるだろ。アンタもこの町の人間ならさ」
「……」
透子はコートのポケットからボロボロの財布を取り出すと、中から札を十枚程取り出してカウンターに置いた。顔は見えないが店主の表情が柔らかくなったのだけは見えた。
「覚えてるぜ。ただアイツらうちのカメラの位置を把握してんのか顔が映るような事はなかったな。多分、指示役が一人いてそいつが教えたんだろ」
「どうしてそう思うの?」
「殆どが呑気に店内を見て回ろうとしたのを制止されてたかな。まあそいつが指示役か。そのタイプの制服は在庫の方にしかなかったもんで、俺に直接注文をしてきやがった。知ってんのはそんだけだな」
「彼らの所属が分かるような装飾品はあった?」
「や、てんでバラバラの服装だな。しいていやあ一人はネイティブな日本人だろうなってくらいだ。そんな奴は幾らでもいるから参考にならねえだろ」
透子は日傘を翻し、素早く店を出て行く。後を追うと、彼女はわざと人気のない場所に入って暗闇から俺の事を手招きした。
「なんだ?」
「これは私の想像だけど、君は暫く制服を着ない方がいいわ。攫われるから」
「暫く学校はないから大丈夫だって」
「そうじゃなくて、学校に行くようになっても解決してなかったら着て外に出るべきじゃない。これは恐らく……あの高校に居る男子全員に罪を擦り付けるように仕組まれているわ」
「……あの制服を着てるから、俺達の学校の仕業に違いないって? でもここで売ってる事は有名なんじゃないのか?」
「正規品だって話をしたでしょう。仮にも外の世界に生きる学生の個人情報なんてこの町でもリストアップされてないわ。外の人がかばね町を一括りに犯罪者の住む町とするみたいに、こんな事をされ続けたら学生服を着た人は一括りに容疑者とするしかない」
「……それで警察に逮捕されまくるって?」
透子は頭を振りながら俺を静かに抱き寄せた。
「警察は……特にこの町に居る警察なら犯罪組織と繋がっているわ。正式に逮捕されるならまだマシで、貴方達を餌に無関係の友人家族ももしかしたら狙われるかもしれない」
「ちょっと待った。何でそうなるんだ? そもそも、かばね町の犯罪組織の誰も、この件で泥を被ったりしてないだろ」
例えば極道の名前を出して調子に乗っていたら本物の極道に攫われたという理屈なら分かる。名前を借りて好き放題されたら取り返しのつかない状況になった時、何の事情も知らないのに責任を取らされてしまうからだ。しかしこれは、学生服を着て高校生に成りすました奴が何故か高校を爆破しただけ。俺達の学校が反社会組織によって支配されているのでもない限りこの理屈は通じない。
「…………マーケットの幹部が動いてたでしょう。私達が見えていないだけで、この町の均衡を揺るがす何かなのは間違いないのよ。だからこそ、学生服を着た人は狙われる。このまま顔も分からないままなら、虱潰しが一番だから」
「じゃあこの町に近づかなければ―――ってそうか。この町が元々の住所の人はどうしようもないな」
怪しそうな人には近づかないよう徹底しても警察だけは躱せないし、ここに住む男子がどれくらい居るかは分からない(かばね町があるせいで住所をクラスメイトに聞くのはタブーになっている)が、彼等が生き延びる最善策は学校に絶対行かない事だけだ。そうすれば制服を着る事もない。
「…………しかし何が目的なんだ? うちの高校に恨みでもないとこんな事はしないと思うけどな」
「さあね。私はそっち側の人間にはなりたくないから詳しい事情は知らないわ。今までの話も全部想像に過ぎない。事実も含まれてるけど……お腹も空いてきたし、また何処かで休憩しましょうか」
「何処にする? なんか怖くなってきたから、今日は透子に選んでほしいな」
「そう。じゃあ―――」
後ろに俺を控えさせながら彼女が先に大通りに出た―――刹那。
バンバンバンバンッ、バンバンバンバンバン、ドンドンドンドン!
この国にはあまりに似つかわしくない銃声が響く。それは体の仰け反り具合から恐らく透子に向けられており―――
「透子!」
一分にも満たないような銃弾の雨を浴びた後、多くの足音が遠くへと駆けていく。
「と、透子?」
「……………大丈夫、エアガンだから」
彼女は逃げるように小道へ踵を返すと、自分の身体に傷一つない事を見せつけるようにコートを広げた。
「改造エアガンね。大丈夫、びっくりしただけ」
「え、エアガン!? でも撃たれてたよな? 顔とか……だ、大丈夫か」
「大丈夫。しかし夜でもないのに銃声を響かせるなんてよろしくないわね。危ないから少し遠回りしましょうか」
奥へと歩いていく彼女の背中をぼんやり眺めてしまう。あれがエアガン? ゲームの知識で申し訳ないが、実弾を打たれているようにしか見えなかった。
「……もしかして私が実弾を打たれて無事で済んだとか思ってる?」
「え?」
「実弾なら貫通して後ろの君も死んでるから。それよりほら、早く」
「あ、ああ」
――――――なんか、変だよな。
その後、コートの上から体を触らせてもらったが本当に傷一つなく、実弾の可能性は強制的に排除された。改造エアガンって……実際に火薬を使用して改造するのか。俺のイメージではガスくらいが精々だと思っていたが。
案内されたのは人気のない寂れた酒場だ。見た目は酒場だが殆ど酒を仕入れておらず、代わりに格安で日替わりメニューを楽しめるらしい。何でも料理長の練習場だとかで、安い代わりにメニュー表などは用意されない。
透子はコートを椅子にかけると、制服姿のままコーヒーを呷った。今日はサラシを巻いているが、エアガンではサラシにすら傷をつけられなかったようだ。
「あれは多分、襲撃ね」
「襲撃?」
「私は眩しいのが嫌で常に日傘を差しているでしょう。日中ここまで堂々と歩き回っているなら相手も気がつける筈だから、それで先手を打ったんじゃないかしら」
「だとしたら殺す為にエアガンよりもっといい方法があると思うけど」
「そう、それ。とてもいい収穫。この町で不用意に銃声に似た音を日中に響かせるのは、素人の証よ。少なくともこの町に来てから日が浅く、ルールを知らない」
「ルールなんてあってないようなもんだろ」
「無法には無法なりの秩序があるって、ティルナから聞かなかった? この国は紛争中の国なんかではなくて、仮にも先進国よ。一般的には銃の携帯も許可されてないような法の中で使うなんて、軽々しいにも程があるわ。襲いたかったら普通、刃物でなくちゃね」
「……お国柄って事か? でも何したって取り締まられないんだからいいと思うけどな」
「そこが危ういバランスなのよ。何事もやりすぎるべきでないから、この町は法とは違った秩序が働いている…………幹部が動いたのも頷けるかもしれない。出る杭は打たれるって言うから」
ずっと思っていたが、透子は裏社会に関わりがない割には事情に精通している。生活している内に知っていくというには何だか非常に慣れているというか、いや、それで彼女の事を嫌いになるとかは全くないけど。
驚くべきと言えば透子よりもなの子だ。彼女は自分がやってる事が犯罪という事も分からないまま恐らく仕事をしている。それはもう怪しいとか怪しくないを語る前に親が悪い。
「お待たせしました」
運ばれてきたのは日替わりメニューでもあるチキンステーキだ。皮をパリッと焼いて香草をまぶす事で非常に香ばしい香りが鼻を抜ける。自然、食欲も湧いてきた。ご飯つきで普通のレストランの半分くらいの値段だ。経営というか娯楽に近い。
「……そういえばお前さ、情報貰う時十万円出してたよな。あれってやっぱり……バイトの?」
「ええ、なけなしのお金」
「払わなくても良かったんじゃないか? お金持ちだったらあれだけど、生活を詰める程じゃない筈だろ?」
「この件を放っておくと私は君に会えなくなりそうだから。理由はそれだけ。私にとっては生活よりも…………大事な事よ」
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