なの!

「ああ勿論だ。 今回はどんな用事で?」

「なに、下らん用事だ。この前の粛清に比べれば大した手間じゃない。外から入ってきた目障りなネズミを一匹狩るだけの事さ」 

 煙草の臭いがする。

 偏見が酷いが、女性で吸っている人なんて俺は初めて見た(というより嗅いだ?)かもしれない。

「下らねえ用事の割にゃ、アンタが動くんだなピー・ポープ。ひょっとするとアンタ、組織でなんかやらかして降格したか?」

「口を慎めよジャンク屋。私の立場は今も昔も変わらずお前の後頭部に銃口を突きつける立場にある。さっさと用意しろ、気は長くないぞ」

「はいはい分かったよ。とびきり強力な奴を用意してやるさ、それでいいだろ?」

「そうだ、詮索はするべきじゃない。また一つ命拾いしたなフェイ。脅したお詫びに一つ良い事を教えてやる。もしここに高校生くらいのガキが一人で飛び込んでくるような事があったらすぐに電話しろ。庇うような真似をすればここを吹き飛ばす」

「庇う? 売り上げにならねえもんを扱う気はねえよ。事情は分からねえがそいつはアンタらに追い回されてる厄介の種じゃねえか。しかもそいつはネズミ呼ばわりの、五分を張るには小物すぎる代物だ。庇う余地はない。宣言しておく……っと、こんなもんでどうだ? 組み立て方はそっちにも詳しい奴が一人くらいいんだろ。割引してやるからそっちで組み立てな」

 商品がカウンターを擦る音。袋をカシャカシャと動かす音。客は俺達の存在には気づいていなさそうだ。

「ふむ……十分だ。ジャンク屋というのは訂正しておこう。だが代わりの言葉が見つからないし、呼び方を変えるべきかどうか」

「ジャンク屋で構わねえよ。今度は大口の注文を待ってるぜ」

 客の女性が階段を上がっていく音が聞こえる。暫く待って、待って、それからようやく扉を開いて外に出た。

「おう。そっちはともかく小僧の方は話がややこしくなりそうだからな。隠れて正解だ」

「今のは誰だ?」

ผีピー。マーケットの幹部ね。誰かを探してるみたいだったけど」

「高校生くらいのガキって……やっぱりあのカメラに映ってた奴じゃないかな。何したんだアイツ……」

「君に催涙スプレーをかけた」

「絶対それで動いてないぞ。でもな、食い逃げ……あーそうだよ。確か追ってた人が食い逃げって言ってたから俺も食い逃げだって思って……でも食い逃げにしては妙な感じだったな。俺は助けに入ったのに共犯扱いが罷り通ったし」

「ふん、小僧、お前は勘違いしてるぜ。それは食い逃げじゃねえ。善意の第三者を呼び込むための方便さ」

 フェイさんは杖で軽く俺の身体を突くと、「お前みたいな奴をな」と付け足して、より馬鹿にしている事を強調した。

「不審者に追われて助けを求める時、「助けて―!」って言うと面倒に巻き込まれたくないから付近の人間は顔を出さないが、「火事だー!」って言うと自分の家が巻き込まれないかどうか心配で顔を出すって言うだろ。例えばそのガキが爆弾を持ってるぞーって言われてたら、お前は助けたか?」

「…………死にそうなんで行きませんね」

「この町で火事を方便にするのは少々勇気が要る。だから多分、その類だな」

 つまりあれか。俺は馬鹿だったという訳か。共犯と見なされたのは単に同じ制服を着ていたから……いやあ、だとしたら理不尽だ。同じ制服を着ていただけなのにそんな扱いを受けるなら、俺の高校自体がかばね町では要注意団体としてみなされているみたいではないか。

「話はもういい? 車の利用記録を調べに行きましょう。お邪魔したわね、フェイ。私達がここに来た事はくれぐれも」

「内密に、だろ。わーってるよそんなの。俺の気が変わらん内にとっとと行け」

 お礼も程々に店を後にする。待ち伏せを受けていたら完全に詰んでいたが、流石にそこまでの不幸は訪れなかった。


 ――――――?


 妙な違和感は、店の入り口でもあるゴミ箱を抜けた時にはなくなっていた。

「怖かった?」

「透子が傍に居たから大丈夫だよ。そういう透子は怖かったんじゃないか? 来客なんて想定してないだろ」

「うんすごくこわかったからあとでなぐさめてほしいな」

「流石の俺でも嘘って分かるぞ」

「緊張したのは本当。話が大きくなりそうだから早めに解決しないとね」

 次の目的地は車の貸し出しを行っている場所らしいが、向こうでも来客があったら今度はどうなるのだろう。一体全体あの高校生は何をしたのか。不本意だが同じ制服を着ている者として俺も注意しないといけない。件の男とは違う事なんて透子しか把握していない。

「次はもっと危なかったりするのか?」

「何処も平等にリスクはあるわ。けど大切なのは堂々としている事よ。後は、戸惑わない。大丈夫、君は今回上手くやった。次も同じようにお願いね」





















 『DEALS CAR』という会社は表向きはカーシェアリングサービスを営んでいるが、その実態はシェアと言わず様々な用途に使える車を用立てる町の便利屋らしい。

「お客さんなの! 今日は何か御用なの!?」

 特定の社屋などは持たず借りた倉庫を頻繁に移動しているというから来てみれば、現れたのは葦毛の幼女だった。頭にゴシック調のヘアバンドをし、ブカブカの長袖を突き出してキョンシーのように動き回るこの女の子が……店主?

「利用記録を見せてもらえる? この町が大きな火事に晒される前に」

「はいなの! お父ちゃーん!」

 女の子が倉庫の中へと向かっていく。状況がいまいち呑み込めなくてつい透子に尋ねた。

「あの子は誰?」

「なの子」

「なの子!?」

「偽名だろうけど本名は誰も知らないし、あの子もそう呼ばれたら反応するからそれでいいのよ」

「……あんな小さな子まで犯罪に肩まで浸かってるなんてやだな。真っ先に誘拐されて潰されるのがオチなんじゃないのか?」

 でも『なの子』という名前が広まるまで生き残っているくらいだから何かしら隠し玉や切り札があるのだろう。それくらいは俺でも想像出来る。暫く待たされる事十五分ばかり。なの子ちゃんが戻ってきた。沢山の紙束を胸いっぱいに抱えながら。

「お父ちゃんがこれを渡せって言ったの! だからお姉ちゃんにあげるの!」

「譲渡はしなくていいけど、見せてもらうわね」

「同じ名前が沢山なの!」

 書類よりも両腕をばたつかせるなの子の動きの方が気になる。書類の方は彼女が言ったように同じ名前が沢山あり、全ては『スズキトビヒロ』で統一されていた。利用履歴は直近で言えば三日前、そこから一週間前、二週間前と遡るにつれて三回か四回は同じ名義が現れている。

「偽名か?」

「まあ偽名はね。なの子ちゃん、このスズキトビヒロって名前で借りに来た人はどんな人?」

「沢山居たの! お父ちゃんくらいの年齢で、高校の制服を全員着てたの! ここにお名前書いた人は眼鏡かけてたの!」

「俺が出会った奴は眼鏡なんてかけてなかったけど、どういう事だ。別人……?」

「スズキトビヒロは決まって眼鏡をかけた人?」

「いつも違う人なの! 最近書いた人が眼鏡かけてたの!」

 

 ―――集団?

 

 集団で、学生服を着ていて、名義は同じ。偽名だとするならスズキトビヒロがその内誰か一人の本名という事もあるまい。どういう事だろう。偽装をしたいならもっと適した組織がある筈だ。学生に成りすます意味は?

 最近借りられたトラックはともかく、他の車は返却されているとの事なので見せてもらう事になった。さっきのお店と比べるとこちらに随分親身というか、ここまで肩入れするのは本当に大丈夫なのかと心配になってきた。

 「なの子ちゃんはこの仕事して長いの?」

「お父ちゃんに任された大切な仕事なの!」

「そっか。俺よりしっかりしてるな……」

「車の状態に問題はあった?」

「お父ちゃんが怒ってたの! スズキトビヒロさんが借りて行った車はあちこち破損してていつも修理が手間なの! 初めて利用禁止にするとか言ってたの!」

 透子は車の扉を開けると、素早く乗り込んでグローブボックスを開けた。借り物の車なら何も残されていないと思ったが、くしゃくしゃになったレシートが吐き出されるように外へ噴き出す。

「もー! またゴミがそのままなの!」

 ぷんすかぷんと怒るなの子をよそに、透子と協力して一枚一枚レシートを広げて眺めていく。殆どは関係ないが―――

「なの子ちゃん。これ、貰っていくわね。袋とか貰える?」

「なの!? お仕事増えないの? お父ちゃん怒らせると怖いからあげるの! でも何に使うの?」



「詮索屋は嫌われるわよ。なの子ちゃんも十分注意してね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る