災厄の独占

 その後もかばね町を透子と歩き回った。幸いあれ以降想定外と呼べるトラブルは起きず、日が沈んでからも暫く彼女と歩き回った。夜に……しかも街灯の少ない場所でのみ、彼女は日傘を閉じてありのままの姿で俺と歩いてくれる。それが嬉しくて、わざと暗い場所を歩いた。

 今は廃墟になったホテルにお邪魔して、休憩中だ。買い物をしたせいで手が塞がったのは反省点だ。それでずっと歩き通していたのだから、流石に疲れる。

「……眩しいのが嫌いな理由って、何なんだ?」

「目が痛くなるでしょ。月明かりを間接的に受けるくらいが丁度いいのよ。この部屋みたいに」

 試着室でのお返しと言わんばかりに透子は俺に甘えてきて、今は彼女に膝枕をしている所だ。女性を甘やかした経験なんてないし、下で動くたびに重力に逆らうような胸の膨らみが俺を誘うように揺れるので如何ともしがたい。手を伸ばせばすぐ、触れる位置にある。


 ―――だ、駄目だよ。


 俺達の恋人という関係は華弥子への復讐の為に築かれた嘘だ。友達でもデートはするかもしれないがこれ以上は違う。これ以上は……本当に恋人にならないと。

「こんな町に暮らしているから信じてもらえないかもしれないけど、本当はもっと静かな場所が好きなの。誰も居ない……虫の鳴き声が少し聞こえるくらいでいいわ。そこに、そう。私ともう一人の存在が感じられるくらい静かな場所。大人になったらそんな場所で暮らしたい、かな」

「…………お、俺の家は静かだぞ。い、いつでもきていいからな」

「ホント? それ、私を誘いたくて嘘ついてない?」

「ほ、ほんとだって!」

「ふふ………………」

 顔の下から手が伸びて、顎に優しく添えられる。

「ねえ夏目君。私のお願い、一つ聞いて頂戴」

「な。何だ?」

「今日のデートはね、本当に楽しかったわ。ハプニングはあったけど、それも含めて本当に……心から、楽しめた。この気持ちを独占したい、誰にも分かってほしくないの。だから―――他の子とデートしちゃ駄目」

「……だ、駄目?」

「ティルナも駄目よ。この気持ちは私だけの物であってほしいの。約束出来る?」

「や、約束……ってか、俺そんなに仲いい女の子居ないから、大丈夫だよ! 約束する。透子としかデートしない! ……まあ俺よりはそっちの方が、誘われる気もするけど」

「やきもち? 残念だけど、私とデートしたい物好きなんて君くらいしか居ないわ。だから君が約束してくれたら話はこれで終わり。ふふ、うふふふ……♪」

 

 壊れた窓から月明かりが薄く差し込む中、ぼんやりとしか見えないが確かに透子が笑った。鈴のように綺麗な声で、俺を見て。


「…………!」

「お礼は……どうしましょう。試着室の続きでもする?」

「……あ、う、えっと。そ、その」

「…………いや?」

「嫌じゃない! 嫌じゃないけど…………ぶ、ぶっちゃけ。ぶっちゃけな? 透子だから言うんだけど、デートしてる間、お前を異性として意識しなかった瞬間は一秒もなかった! で、でもな? そ、外だし? だ、だから……誰も見てないけど」

 華弥子とのデートは殆ど彼女の要望を聞くだけだったが、それでも次に繋ぐ足がかりは俺が作ってきた。まさか今回もそれを利用する事になるとは。



「お前の家で…………だったら」



「…………私の家?」

 薄暗闇の中でよく見えないのを良い事に、横から彼女のお腹に手を置いて、胸を持ち上げるように撫でた。言葉には恥ずかしくて出せなかったが、それが俺からの返事だ。

 ああ、クラスじゃ唯一の純情派なんて言われてたのに。

 好きになった子の誘惑には、全然勝てない。

「…………私の家、明かりが少ししかないわよ」

「そ、それが何だよ」

「外から人が居るかどうかわからないし、中の音も聞こえないわ。私の家に来るって事は、私に何をされても誰も助けてくれないって事よ。それでも、来たい?」

「そ、それはこっちのセリフだぞ! お、俺は普通でいたかったのに、そういう素振りばっかり見せられたら、ぜ、絶対耐えられないんだからな!」

 透子が起き上がる。そして俺の手を握ると、身を乗り上げ、覆いかぶさってきた。

「…………冬休みくらいに誘うわね」

「……わ、分かった! 絶対、行くから!」

「―――学校はああなっちゃったけど、部活の件、参加してもいいわよ」

「え?」

「その日まで、君の事をもっと知りたくなっちゃった。だから明日、早速だけど犯人探しをしましょう? 学校を爆破した犯人を見つけて、その功績を楯にすればきっと二人でも部活の成立は認められるわ」

 それは……なんという発想か。確かに少人数でも地域に貢献していると分かれば部活は成立せざるを得ない。まして学校を爆破して休校状態に陥らせるような悪質な犯人を捕まえるのだ。活動を認めなければ相応の批判に晒されるだろう。

「……でも、手がかりあるのか?」

「当然あんな事をするんだから、この町の特権を利用しているんでしょう。なら探せない道理はないわ。明日、橋の前に来て。この町の裏の顔を……知る事になるけど。でも大丈夫。身の程を弁えればトラブルなんて起きないから」

「そ、そうなのか……? じゃあ、やろう。危ないかもしれないけど、でもお前と部活に入る為だし、やるしかないよなっ。やろう! やろう!」

「…………ええ」

 透子なら嫌わないという信頼から、力任せに背中を抱きしめてしまう。きっと、前までの俺ならやらなかった。嫌われる事を何より恐れ、自分の気持ちを伝える行動なんて絶対にしなかった。

 彼女は違う。

 俺のどんな気持ちも受け止めてくれる。泣いていても笑っていても……こんな風に受け止めてくれる。胸の中に顔を埋めさせてくれる。柔らかくて、暖かくて、挟まれているだけで心から安堵する。

「透子……と、また一緒に何か出来るんだ…………へっへっへ……!」

「…………………ゎいい…………」

 




















 「十朗。お前の新しい彼女はかばね町出身なのか?」

「え?」

 家に帰ると、父さんが藪から棒にそんな事を尋ねてきた。

「うん。え? 何? 犯罪者だからやめろって言わないよね。町が危険なのは住んでる人のせいじゃなくて外国人犯罪者のせいだろ」

「分かるけど、危ないって分かってるのに引っ越さないのも問題があるでしょ」

「母さんの言う通りだ。学校で会う分には何も言わんが、積極的に会いに行くのはやめておけよ」

「な、何で!」

「その子が普通の子でも、あの町が危ないからだ。ニュースにはならないが、あの町で行方不明になった人間は大抵碌な目に遭わない。人身売買、臓器売買、スナッフビデオのキャスト、何でもありだ。だから行くな。デートは外でするんだ。分かったな」

「…………うん」

 勿論従う気はない。いや、勿論心構えとしては受け入れるが、今回ばかりは事情が変わった。俺は彼女と部活の為に調査をしないといけないのだ。透子も大概心配性で、本当に危ないなら俺を誘ったりしない。きっとティルナさんみたいに話が分かる人と会うのだろう。

「学校で会うの無理だぜ父さん。こいつの学校爆破されたからな」

「ああ、分かっている。それで十朗。お前はその学校が爆破された後何処に行っていた?」

「…………デート。かばね町を歩いてた」

 


「ちょい! ちょい十朗。箸置いてこっち来い。ちょいちょい」



 不意に兄ちゃんが立ち上がって、俺を二階に呼んだ。両親の空気は何とも言えない様子で、俺をどう叱ったらいいか困っているみたいだ。心が読める訳じゃないけど、いつも叱られていると直前の表情から言いたい事も分かってくる。


 ―――なんだよ。


 ともかく、階段を上って兄ちゃんの部屋に行く。扉を閉めると、兄ちゃんはパソコンを弄ってから俺に画面を見せてきた。

「十朗。俺は今の彼女に出会うまで色んな子と付き合ってきた。その中にはかばね町出身の子だって沢山居たよ。ほら、この圭理って子とか凄く可愛いと思わないか?」

「この……ツインテールの子? マスクしてるけど確かに可愛い……で、これは?」

「この子は詐欺師みたいなもんだ。違法風俗に巻き込まれるところだった」

「…………違法風俗?」

「この子にのめり込んだら人生終わりって事だよ。ケツの毛まで毟られて終わりだ。次にこの衣奈って子。清楚っぽいだろ。黒髪ロングで、大和撫子な感じ」

「うん」

「犯罪組織にずぶずぶの子で、危うく俺も片棒を担ぐ所だった。他にもまだ数人居るんだが、要はあそこに居る子に碌な子は居ないって事だ、分かるか?」

「透子はそんな奴じゃない! 兄ちゃんもそれとなく応援してくれてたじゃんか!」

「落ち着け! 落ち着け、気持ちは分かるんだ。な? ただお前と相性ぴったりなのと犯罪者かどうかは別の話なんだ。気持ちは分かる。この子と付き合ってた頃は俺もそんな感じだった。でも蓋を開けたらこれだ。父さんはお前の事が心配なんだよ。どんな子と付き合っても本気で入れ込むだろ。それが取り返しのつかない事になるかもって思ってる」

 なんだ、全員勝手だ。華弥子との関係に茶々を入れたかと思えば、急に応援するような素振りを見せて、今度は非難? 悪気がなくても悪質だ。俺の気持ちについて何も考えてない。

「俺はここ最近のお前を見て、やっぱりお前は俺の弟だって確信した! お前に惚れてくれる女の子は沢山いる。だから、滅茶苦茶可愛いし、もったいないって思うけど……あの子はやめとくべきだ」

「…………透子は、違うよ」

「俺の言ってた事が間違ってた事があるか? 華弥子ちゃんは結局お前と不釣り合いだったろ?」

「透子は違うんだよ! 兄ちゃんの付き合ってたこんな……クソ野郎とは違う! あの子は本当にいい子で、優しくて、可愛くて、包容力があって……とにかく、違うんだ!」

「お前の強情はもう付き合ってくれるような子が居ないかもっていう不安のせいだろ!? でもお前なら沢山作れる、その気があればな! やめとけ! 碌な目に遭わない! ていうか仮に無事でも、家に帰ったら毎日針の筵だぞ! 小言一々言われるのうざいだろうが!」

「じゃあ家に帰らない! 兄ちゃんはそうやって自分に絶大な自信があってさも俺を心配してる風だけど、俺の目は全く信じちゃくれないんだな! 弟とか何とか言って、何で俺の事は信じないんだよ!」

 こんなのおかしい。学校の爆破とかばね町と、俺と透子の関係には何の関連性もないじゃないか。どうしてこんな巻き添えを食わないといけない。かばね町が危険だというならそれこそ俺をもっと遠くの学校に通わせれば良かった筈だ、中は駄目で近辺はオーケー? その判断基準は自分勝手すぎる。

「―――まあデート直後にそんな事言われても納得できねえか。まあ明日ゆっくり考えてくれよ。今日は最高のデートだった気がしてても、明日になったら他の子としても出来るデートだったなって思えるから」

 兄ちゃんは俺の事なんて何も分かってない。父さんも母さんも変だ。子供を見守るって事を知らないのか。過保護すぎる。これが今に始まった話じゃないなら分かったのに、なんで今。



 華弥子の時は、『デートはやめとけ』なんてこんな過保護一回もなかったじゃないか。

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