異なる社会にかどわかす
目が覚めると、学校が吹き飛ばされていた。
……。
何を言っているか分からないと思うが俺も何を言っているか分からない。今日の学校が終わればデートをするつもりで、休み時間はその事ばかり考える予定だった。
だが蓋を開けてみれば、大爆発。原型こそ残っているがご丁寧に教室という教室が木っ端微塵に吹き飛ばされここは元々廃墟だったのかもしれないという錯覚に晒された。するとここは妖怪学校? 残念ながら校門には既に大勢の生徒が立ち往生している。誰も、この状況を理解出来ていない。
「なんか最近変な事ばっかりだな」
「テロリスト? 誰かなんかしらね?」
「何なのよもう……」
死者も怪我人もいないらしいが、青空教室で授業を受ける訳にもいかないし、危険が去ったと断定できない。校庭で緊急集会の末、今日の学校は休みになった。一部喜ぶ層も居るが、こういう休みは冬休みを削る事にも繋がってくるから一概に喜べる事でもない。
―――予定が、全然変わって来ちゃったな。
家にとんぼ帰りしてもいいが、それだとゲームくらいしかする事がない。ゲームを無意味とは言わないが、今日は予定がある。そうだ、下見をしておこう。形から入るのも時には大切だ。事前に行きたい場所を回って透子がどういう反応をするか考えながら歩けば、実際何が起きても問題なく対応出来るかもしれない。
そうと決まればやっぱり家に帰る事にした。ゲームをしたい訳ではない。俺だって学ぶ、何の武器もなしにあの町をうろつくのは危険だ。ナイフを持ち歩いたらそれはもう同類だが、催涙スプレーやブザーならどうだろう。これなら警察も見逃してくれるだろうし、理由を聞かれたらかばね町に住む友達の所へ行くと言えばいい。それならまず見逃される。
犯罪者を逮捕しないから警察は悪という意見も分かるが、それは逮捕しない事が問題なのであって他の無実の人を無差別に逮捕している訳じゃない。警察だって基本的には善良だ。だから、大丈夫。
「え、何でお前帰ってきてんの?」
「学校爆破した」
「は?」
用事は済んだので今度こそあの橋を渡る時だ。一応ティルナさんから安全に町を歩く時の心得は聞いている。絶対安心は不可能だが、それでも大抵は大丈夫らしい。
「…………よしっ」
このはし、わたるべからず。
そんな立て看板はないがなんとなく真ん中を歩いてかばね町へと足を踏み入れた。心がける事は大通りから離れない事だ。ここに元々住所がある人間なんかは特にそうしていて、犯罪者ではなさそうな人を度々見かけるのもそれが理由である。裏路地や猫くらいしか入らなさそうな道とも呼べない隙間みたいな場所に行くから巻き込まれる。すぐに釈放されると言っても一旦は逮捕されるから、それだけを抑止力に堂々と歩くイメージらしい。
大事なのはキョロキョロしない事で、そんな事をしたら外から来た人間だと見抜かれて目をつけられるとの事。そうなったらもう大通りに居ようが居まいが関係ない。油断したタイミングで何か巻き込まれるとか(その時店内に駆け込んで来たら助けてあげるとも言っていた)。
デートの最初はやっぱり買い物だ。しかしショッピングモールなんてないから商店街を利用しよう。時代に合わない商業形態とはいえ、ここは随分活気が良い。色々なお店が通りがかるお客さんに声を掛け、かけられたお客さんが事情に応じたリアクションをとる。
「すみませんコロッケ一つください」
「あいよ! アツアツだから気を付けて食べるんだよ。道端で落としてもサービスはしねえからな!」
歩きながら食べるのもいいか。コロッケを買うかどうかはさておき、透子は猫舌だったかどうか。いや、カフェで働いているならその線はない……筈。むしろ俺が猫舌なのを心配していたくらいだし。
「ぽんちゃ! いい子だからおいで! 餌だぞーほれほれー」
向かい側のお店で野良猫に餌を挙げるおじさんを発見した。壁の隙間に居る猫を誘導しようとしているのだろう。スキンヘッドのおじさんは声こそやや圧力を感じるがそれ以外は至って普通……というか、今しがた背中を子連れの女性が通り過ぎた。
ああいう人も裏社会の人間だったりするのだろうか。
動物好きに悪い人間は居ないという意見もあるが、その真偽はイマイチだ。悪いという定義すら曖昧な中、答えが出る事はきっとないだろう。動物は死ぬほど好きだが人間は死ぬほど嫌いみたいな人種だって、居るには居るし。
「ねーねーこれ食べていい?」
「駄目です。お嬢……お母様に叱られてしまいますよ」
タキシードなんて滅多に見ないが、こんなあからさまなお金持ちってタイプの人間も見かける。想像より危ない場所ではない。もっと、歩いたら地雷が爆発するような危険すぎる町を想像していた。
そこら中に爆弾が転がっていて、ゴミ箱にゴミを捨てたらそこもやっぱり爆弾。何処の建物も犯罪者だらけで頭を丸出しにしていたら狙撃されるようなそんな町を。
―――むしろここに犯罪者が潜んでるってのが怖いよな。
商店街を一旦抜けて暫く歩くと住宅街のエリアに変わる。近くに公園があるのでベンチに座って一休みする事にした。誰も居ないなら何となく避けただろうが、何人もの子供が砂遊びをしているので一先ず安心。
「…………人間災害、な」
本当に人間か? 何億ドルとつけられる災害のような存在が、人間? それは個人か? 犯罪組織の間違いではなく? 何でそんな存在がこの町に居るのだろう。迷惑だから、居なくなってほしい。いつその存在が他の場所に移動するか分からないし、何より俺も透子も危険だ。家なんて簡単に吹き飛ばされるではないか。
「…………ん?」
同じ制服を着た男子が、見えた気がした。最初は気のせいだと思ったが、誰かから逃げるようにまた視界に現れたのでそれこそが間違いだ。彼が逃げてきた方向を見遣ると、頭にタオルを巻いた黒服の男がおたまを片手に追いかけている。
「待て―! 食い逃げだー! 誰か―!」
そういえばこういうのも犯罪者に分類される。ティルナさんのせいで犯罪者という言葉のイメージが銃火器を大量に携帯した危ない人間ばかりになっていた。これが危険物を持っていそうな人間なら手出ししないが、同じ制服を着ている以上、見過ごす事は出来ない。
公園から出て先回りするように道を塞ぐと、曲がり角から丁度入ってきた男子が案の定ぶつかってきた。
「うわ! 邪魔だよ!」
「お前食い逃げなんだってな。ここは確かに犯罪の温床だけどだからって自分も犯罪をするのか? やめろよそんな事。またうちの学校の校則が厳しくなるぞ」
「やめろ! どけ! どけよ逃がせよなあ!」
「食い逃げするな! 許されると思ったら大間違いだ。警察が普通の人を釈放してくれる訳ないだろうが」
押し問答気味に道を塞いで、それから男子は諦めたように振り返ったが、そこには既に何処かの店の店主が立っていた。
「てめえら、共犯だったか!」
「え! 食い逃げに共犯も何もないでしょ!? 俺は貴方のお店なんか知らないんですから!」
「はい、そうなんです! 俺はこいつにやれって言われて―――!」
「はあ!? お前ふざけるのも大概に―――うわあああああ!」
ポケットに突っ込んでいた催涙スプレーを取り上げられ顔に噴射させられた。視力が瞬く間に失われ、あまりの痛みに近くの壁にもたれかかってのたうち回る。
「うあああ、あああああがががががあ! やけやけやけやけああああああ!」
走り去る足音。店主もその後を追うかと思いきや、無防備な俺に近づいてくるようだ。
「共犯とは思わなかったが―――まずは一人。仲間に裏切られるなんて哀れな野郎だな」
「ああああ、ちがああああああ、ああああああぐ………ちが、ちがうううううう……!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
直後、地面を揺るがす大地震。町のあらゆる建物が大きく揺れ、今にも崩れ落ちそうな音を響かせる。店主の男はその場で転倒したような声を出したかと思うと、何故かその声は下に消えて行った。
「うううう…………くうううう…………痛いいいいい……」
効果は一時間くらいだったか。洗い流せばいい? いやいや、確か成分は唐辛子と同じだ。辛い物を食べたら水を含めばその辛味は綺麗さっぱり消えたか? とはいえそれくらいしか対処法が思いつかない。症状が消えはしないだろうが痛みが緩和するならそれでもいい。近くに水……公園!
だけど目が開けられない!
自分一人じゃどうしようもなくなってただ痛みに苦しんでいると、誰かが俺の手を取って何処かへと連行しようとしてきた。
「ああああああががががが! だれれれれれだれれだあああああ!」
抵抗する力なんて残ってない。痛みで暴れるのも殆ど反射みたいなものだ。引っ張られるがままに連れていかれた先は―――恐らく公園だ。子供の遊んでいる声がする。ドッジボールをやっているようだ。
公園のトイレに連れていかれ、用具置き場から持ってこられたであろうバケツに水がしこたま入れられる。そして、顔を突っ込まれた。
「ぐぶぶぶ…………!」
或いはこのまま溺死させられるのかと思ったが、後頭部を抑えつけた力は一度きりで、それ以降は人気のなくなったように力は来なかった。バケツに顔をつけたり離したりを繰り返す事一時間。時間経過のお陰か痛みも和らいできたのでようやく目を開ける。
当然だが、俺を連れてきた誰かは跡形もなく居なくなっていた。代わりに鏡にはメモ書きが。
『あんた、死ぬところだったよ』
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