知りたい君の心の隙間

「……部活に入るのはいいけど、私と君の二人だけだと流石に認められないと思うわよ。最低でも後一人は」

「ティルナさん!」

「私は学生じゃないよ。外部からの人間なんて許されないでしょ。ていうか、さっき詮索はやめなって言ったよね。危ないよ?」

「でも、こうでもしないと透子は学校に来てくれないから」

 それに、この町を調べる=危ない事に首を突っ込むとは限らない。さっきも言ったがここは日本だ。普通に暮らしている人は居るし、普通のお店だって存在する。だからこれは一例だが、かばね町の中で安全な場所を特集すれば、少なくともそれは地域の活性化につながるのではないだろうか。

「…………部活については、もう一人見つかったら考える。ごめんなさい、君がそこまで考えてるとは思わなくて。約束はもう済んだし、その……私から会いに行くのは何となく申し訳なくて」

「申し訳ない? そんな事ない。俺は………俺はもっと透子に会いたいよ」

「…………それは…………ありがとう。じゃあ、登校の件は店長に少し相談してみるわね。でも恋人の件はどうするの? もう偽る必要はないでしょ?」

「……それ以前の問題だから気にしないでいいよ」

 俺は現在の自分が置かれている状況を簡潔に彼女に話した。それこそ今の学校が一番面白くない理由だ。透子に会いたいと思う理由の多くは文字通り『透子に会いたいから』でしかないが、少しはこの空気感に堪えかねているからというモノもある。

「アフターケアは何も考えてなかったわね。かといって名案が思い浮かぶ訳でもないけど」

「あ、アフターケアはもうこの際……しなくてもいいよ。俺も段々許す気がなくなってきたっていうか、いつまでも謝りにすら来ない人に許す準備をするのは馬鹿らしいなって」

「そう? でも君が辛い思いをするのは何とかしてあげたいけど……」



「じゃあデートとかすれば?」



 二杯目に突入したティルナさんが呆れたように呟いた。

「もうさ、会いたいんでしょ? デートすればいいじゃん。そしたら万事解決」

「で、デートって、それだと恋人同士みたいじゃないですか?」

「そ? 友達同士でもデートくらいするよー? まあ透子にその気がないんだったら私が代わりにお兄さんとデートしてあげても」

「………夏目君。明日とか、空いてる?」

「あ、空いてる! ていうか空ける! い、良いのか? そっちは勘違いされたら困る相手とか……いない?」

「友達同士でもデートはするらしいから。勘違いされたらティルナのせいにするわ」

 

 ―――ああ、今日という日は全く、素晴らしい日になった。


 当初の予定とは大きく違ったが、透子とデート! 夢みたいだ。こんな、こんな可愛い子が本当に俺と? 華弥子の時も確か同じ事を思ったけど、でもアイツと彼女は違う。透子は優しい。俺に格好良さを求めない。自然体で居られる事がどんなに素晴らしいか、役を演じ続けた俺だから良く分かる。

「デート、さ。行きたい場所あるかな?」

「……男の人とデートするのは初めてだから、勝手が分からないわ。先導してくれると、嬉しいかも」

「分かった! ま、任せとけ、これでも最近まで彼女が居たんだ、俺なら出来る!」

 そうと決まれば早速計画を立てたい。ティルナさんの腰を軽く叩いて合図を送ると、二人で会計を済ませて店を出た。去り際、お釣りを渡す際に透子が呟く。

「……良かったら、また来てね」

 あんまり嬉しそうな顔でそう言うもんだから、男としては只々頷く事しか出来ない。透子の可愛い側面を沢山見られた。それだけでも満足なのに、デートの約束まで! 急すぎる事を除けば幾らなんでも俺に都合が良すぎる事ばかり起きている。

「はあ? いい感じに話が逸れて助かったけど、危機感の欠如は死を招くよっ。あれで透子が乗り気だったら目をつけられちゃうんだから!」

「……安全って話じゃ?」

「ここはね! はぁ、もう透子も甘いんだぁ。こんな迂闊な事を口走る人なんて出入り禁止が妥当なんだけど」

「―――ごめんなさい。気が抜けてました。以後気をつけます」

「ま、あの子に感謝するんだねー。一旦保留にしてくれたから暫くは大丈夫。今度から私のお店を使いな? それなら聞かれる心配はないから」

 じゃあ部員の有無が問題というより俺の発言が迂闊過ぎたから断られた……という事なのだろうか。だとしたら俺が完璧に悪い。部活の発足はもう少しこの町の空気感に慣れてからの方が良さそうだ。この調子で気を遣わせ続けたら申し訳ないどころではない。

「さ~て、透子のお店には案内したし、次は私のお店かっ。歌いたい気分じゃないなら何か食べてくだけでもいいよ。それとも、私とお喋りする?」

「え? そんなオプションがあるんですか?」

「特別料金で今回は引き受けたげるっ。内容は何でもいいけど、個人情報は勘弁して。たとえば……スリーサイズなんて聞かれても、教えないよっ?」



「き、聞きませんよ!」




















フロントは一人しかいないのに個室の中で喋るオプションが許されていいのかと思ったが、使用用途が用途なので滅多にこのオプションは使われないようだ。単に身内で盛り上がりたい、内密の話、静かな食事。それらに部外者は不要だ。フロントはただフロントとしての業務をこなしていればいい。

「危険な事って一回もなかったんですか? 集団で男が入ってきて、オプションで呼ばれたりしたら行かないといけませんよね? そしたら……どんな目に遭わされても、助けが来ないんじゃ」

「お兄さん私が無抵抗な前提はやめない? まーそんな事をしてくるお客さんはいないけどね。近くにその手のお店はあるし。でもでも、どうしてもって言うならリピーターになってくれると私もサービスする気になったり……ね」

 個室の中でティルナさんは悪戯っぽい笑顔を浮かべながらぐいぐいと腰を押し付けてくる。笑うと見える八重歯が動物っぽくて、ドキドキさせられる。おかしい。華弥子の一件で猫を被った女子には耐性が出来たと思ったのに、この人には何の意味もない。

「いやあ……り、利用する気になったのはそんなんじゃなくて! デートが急に決まったから是非ともデートスポットを教えてほしいなって思ってですね」

「そんなの適当に調べたら? 透子も拘りないんでしょー?」

「この町の中でやってみたいんです。部活とも関係はあるんですけど。俺はこれまでかばね町を怖い場所としか認識してませんでした。今も怖い場所だとは思ってますけど、ティルナさんや透子と出会って、もう少し知ってみたいと思ったんです」

「…………」

「あ、でも違法な場所はちょっと怖いんでナシで! お願いします! こういう時に頼れるの、ティルナさんしかいないんです」

 両手を合わせて頭を軽く下げると、ちょんちょんと額を小突く感触。恍惚とした表情を浮かべて、彼女は得意げに目を見開いていた。

「そういう頼まれ方―――癖になりそう。いいよ、じゃあ色々教えるっ。それで透子に楽しかったって言わせてみなよ。ふっふっふ」

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