TRASH 2 澎湃たる殃禍

君に遭いたい

「なあ十朗。最近あの子迎えに来ないけど、もしかして別れたのか?」

 朝食の最中、兄ちゃんが何の気も無しに尋ねてきた。それよりも三日連続くらいで食パンな事を何とか言ってほしいけど、食べさせてもらっている側だし文句は言えない。

「別れた訳じゃないよ。俺は別に毎日来てほしいなんて言ってないし、そりゃ会えたら嬉しいけど、向こうにも都合があるよ」

「向こうはお前の事好きっぽかったけど、お前はもう熱が冷めたか? まあ気持ちは分かるよ、俺もな、そういう子と付き合った事があった。別れるのも大変だったっていうか、ストーカー染みた真似をされて辛かったさ」

「兄ちゃんと一緒にするなって! 何でそっちの都合で勝手に別れたりするのさ! 会いたいに決まってるだろ。会いたいけど……」

 華弥子への復讐が終わった事で約束は完了した。だからと言ってじゃあ赤の他人には戻らないが、それでも毎日学校に来る事はなくなってしまった。かばね町のバイト先にでも行けば会えると思うが、一人であそこに立ち入るのはやっぱり怖い。その華弥子が何かに巻き込まれたばかりだし、やっぱりテレビをつけると連日報道されるのはあの町に巣食う犯罪者達の活動ばかり。

 テレビで報道される事件は対岸の火事と思われるかもしれないが、俺達みたいな近所に住む人間にはそうじゃない。何なら、A組に居た奴が一人死体で発見された。川に打ち上げられた所を見つかったらしい

 ほら、他人事じゃない。

 一人で行くのも冗談じゃない。

「なんだ? 何か事情でもあるのか? 当ててやろう。華弥子ちゃんを振って新しい恋を始めたがなんか違った。だけど次も彼女が出来る保証がないから踏ん切りがつかないんだろ? あの子、相当可愛いしな。俺も気軽にあの子より可愛い子なんて幾らでもいるとは言えねえよ。だが安心しろよ。お前はやっぱり俺の弟なんだ。幾らでも恋は生まれるさ」

「違う! 全然違う! 知った風な口を聞くなよ、俺は兄ちゃんとは違うんだ! そういう兄ちゃんは今の彼女と結婚は考えないの? いつまでも恋人自慢聞くのも大分うんざりなんだよね」

「結婚…………? まだ遊ぶ頃合いだろ。結婚したくなったら一瞬で見つかる、俺はそういう星の下に生まれてるんだからな。逆にお前はすぐに結婚結婚って真面目かよ。そんなんだからいつまでも童貞なんだろうが」

「…………」

「まあもしなんか違うって思ったんならエッチするだけして別れるのも手だぞ。俺も昔は―――」



「もう昔の話はいいよ! 恋愛遍歴自慢はやめろって!」



 両親もそうだが、どうして俺の恋愛事情にはやたらと首を突っ込みたがるのだ。勉強とか天気とかテレビとかゲームとか、そういう話題だったら俺もまともに対応する気が起きるのに。兄ちゃんはどっちかと言えばアウトドア派で、俺と一緒にゲームをする事があるのは夏休みに入って流石に予定がなくなった時くらいだ。

 その時だけは仲良しになれる。後は基本、こんな調子だ。

「じゃあ俺行くから。後よろしくね」

「おう! お前も俺みたいな男になるんだぞ。兄の背中は偉大だからな」

「自分で言うな、バカ」

 玄関を出ていつもの道に入ると、暫く歩けば学校に到着する。道路の修復はもうだいぶ進んで以前の惨状が嘘のようである。訳もなく視線をあちこちに巡らせるが、日傘を差した女の子は何処にも居ない。


 ―――どうにかして、毎日学校に来てほしいな。


 これは俺の我儘だ、都合なんて一切考えていない。でも好きな子には毎日会いたいのが男心、そして純情だ。毎日その顔を見られるだけでも幸せ。話せたら嬉しい。隣に居てくれたらいっぱいいっぱい嬉しい。

 時間に余裕があるので最短距離ではなく、少し遠回りをする事にした。わざわざ駅を中継してから学校へ向かうつもりだ。特に意味はない。間違っても透子が居るかどうかを調べたくてするんじゃない。

「…………ん?」

 見覚えのある姿。日傘ではない。シンプルなキャップを被って目立たないようにしているが、銀髪なんて色は一般的ではなく、今日という日は雲一つない快晴。燦々と照り付ける日差しが反射して、その単発はきらきらと輝いていた。カラオケボックスの店員さんだ。名前は……ティ何とか。

「何してるんですか?」

 一見して用事が分かるなら声を掛ける必要もないかと思ったが、彼女は自販機を眺めたままじっとして動かなかった。流石に気になる。自販機なんて、そう珍しい物じゃない。

 俺の声に気が付くと、店員さんは肩を震わせて振り返った。

「お兄さん~丁度良かった。助けてくれない?」

「え、え? 何ですか?」

「飲み物買おうと思ったんだけどお金が吸い込まれちゃってさー。蹴っ飛ばすのもどうかと思うんだけど、どうにか出来ない?」

「あー……って、別にこのレバーを押せば返ってきますよ! 吸い込まれたんじゃなくて全部売り切れなんです! 自販機使った事ないんですか?」

「かばね町にある自販機は全部まともに使えないんだよね~。使えたとしてもそれは裏メニューみたいな注文になりがちっていうか」

 レバーを押すと一八〇円が返ってきた。返却口から全て受け取ると、俺の方から直接手で渡す。

「自販機の管理会社に電話すれば直してくれるんじゃ?」

「中身ぶち抜かれちゃうから、ないんじゃない? でもありがとっ。お兄さん、私が何処に住んでるか知ってても助けてくれるんだ。意外~」

「治安の悪さと住んでる人に関係はないと思います。それに、店員さんにはお世話になりましたから…………でもなんか、ちょっと声低くなりました? もしかして双子とか?」

「あはっ、あれは文字通り猫被ってるだけだよ。声高くしてきゃぴってた方が色々ウケもいいんだよね。こんなさ、普通に喋ってたら怠そうに見えるでしょ? 確かに朝は弱いけど、接客態度が悪いってクレーム入ったら困るの私だしぃ?」

 その髪色の希少性からか、それとも冬にも拘らずホットパンツ姿だからかすれ違う人がまあ一度は彼女を見遣る。でも俺は、それよりも身長差からどうしても上から見下ろす形になって、そのせいで見えてしまう谷間の方につい視線が引き寄せられてしまう。


 ―――き、気づかれたら恥ずかしいな。


「どうかした?」

「え、あ、いや。違う。違うんだよ。変な意味はなくて」

「ん? そうじゃなくてさ、学校に行くところだったんじゃないの? 私なんか気にしないで行っていいよ。このまま見つめ合っててもいいけど、そっちは確実に遅刻するんじゃない?」

「…………えっと。名前」

「あ、そういやまだ言ってなかったねっ。私はティルナ。正確にはティストリナ・アーバーって言うんだ。ま、好きに呼んでよ」

「ティルナさん。その…………今、助けたお礼っていうのも恩着せがましいんですけど、放課後、俺をかばね町に連れて行ってくれませんか?」

「お? あんな危ない所にお兄さんみたいなお優しい人が来ちゃ駄目だぞ。ま、理由は分かるけどね。透子に会いたいんでしょ? ん?」

 ずいっと顔が近づいて、反射的にのけぞる。隣に透子が居ないと、やはりお見通しか。俺があの町に行く理由はそれくらいしかないし。

「は、はい。バイト先に行きたいんですけど。初めて行った時に怖そうな人が居て。あの時は透子が居たから? 大丈夫だったんですけど……」

「んーまあ大丈夫だろうね。ちゃんと教育が行き届いてたらだけど。迎えに行くのは良いんだけど、お兄さんは携帯渡されたんじゃないの? それで連絡しなよ、会いたいって」

「た、確かにそうなんだけど。これまで会おうとしてなかったし……せ、せっかくだからびっくりさせたいなって思って。あはは…………」

「―――分かった! お兄さんは常連になってくれそうだし、勤務外サービスという事にしてあげましょう。あ、でも学校で私とお兄さんがどんな噂されても責任は取らないからね。勝手に浮気野郎になっても、ケアは無理だから」

 ティルナさんは軽く俺にハグを仕掛けると、耳元で緩く囁いた。






「ついでに私のお店までの安全な道も教えたげるよ~絶対襲われたりしないから、これからは安心してお店に来てね?」  

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