災害の足音

 人望は壊れた。いや、正確には壊れる以外にまともな収束方法がなかったと言えばいいのか。殴り合いに発展した事で必然学校側も事態を周知。華弥子は先輩がストーカーという路線を貫こうとしていたようだがそれでは今までの矛盾は解消できない。 

 また、学校が介入した事で判明した事実もある。丘引先輩は全くの無関係で、実際のところ彼女の彼氏だった男の名は鷹村。昨夜死体で発見されたらしい。公園のトイレでスプリンクラーを浴びながら死んでいたとか。普段この手の発表は公にされるべきではないが、華弥子がその一点張りをするものだからこうなってしまった。

 全ての元凶とされる先輩は死んでいて、華弥子の発言は何から何まで矛盾して。ここまで状況が悪いと幾ら人望があろうと関係なく、勝負は決した。

「…………私、具合悪いので早退します」

 誰の許可を得る事もなく華弥子は教室を出て行ってしまった。残されたクラスメイトは地獄だ。華弥子がとんだ大噓つきである事が発覚したのに、そうとは知らず肩入れしてきた事のなんと肩身の狭い事か。こういう時にはどちらにも肩入れしつつしかし裏切りもした真司のような奴が一人勝ちする訳だ。

 

 結局放課後になるまで俺に話しかけてきたのは真司だけだった。


「いやあ、みんな意外と謝る事が出来ないっつうか、悪いと思うなら悪いって一言いえばお前なら許してくれるのに謝らないもんだねえ! あははは!」

「……お前と違ってみんな発言には責任を持ってるんだよ。簡単に謝って許される訳ないのは……俺にしてきた仕打ちをどう捉えるかだ。酷い事をしたって思うなら簡単には謝れないんじゃないかな」

「んん。それは逆だろ。取り返しのつかないような事でも、まずは謝る所からだろ。許す許さないの問題じゃない、誠意の第一歩って奴だ。そういう意味だと華弥子はなあ、誠意の欠片もねえよ。帰っちまうし」

 こういう場合は無断欠席になるのだろうか。いや……もうそんな事を気にしている人間はいないだろう。華弥子の全てが明るみに出てしまった。俺に対する行動が不問に処されたとしてこれからまともに過ごせる筈はない。それを分かっているから華弥子もすぐに帰ったのだろう。

「夏目君。一緒に帰りましょうか」

 普段は気に掛けるよりも早く迎えに来てくれる透子だが、今日はなんだか一段と遅かった。気にする程の事ではないが、不思議と言えば不思議だ。

「じゃあな真司。また明日」

「昨日と同じ明日は来なさそうだ。あばよ」

 透子の差す日傘の中に身体を入れると、部活に向かう生徒達の波をうまくかわしてゆっくりと昇降口まで歩いていく。

「透子、やったぞ俺。遂に華弥子に勝ったんだ!」

「おめでとう。私の力がなくても無事にやってのけたわね。隣のクラスから見えていた訳じゃないけど、騒動は把握しているわ。本当に、よくやったわ」

「へへへ……お前のお陰だよ透子。お前が恋人だったから勇気を貰えたんだ。俺だけじゃ、怒りに身を任せても無理だった。きっと何もかも思う壺だったんだろうなって」

 ―――想定外は幾つかあるけど。

「先輩は何で死んだんだろうな。華弥子に殺されたって事もなさそうだし……」

「殺された理由なんてものは考えるだけ時間の無駄よ。かばね町……半ば治外法権のあるエリアが付近にあるんだから、ある日突然殺されてもそれは運が悪かっただけ。夜に一人で出歩くならそれだけでリスクもあるし、きっとそういう事なんでしょう」

「まあそっちは無関係って事でもいいんだけどさ。なんか、思うんだよ」

 昇降口で上履きと靴を履き替える。俺が背中を向けている内に透子の方は済ませていた。

「華弥子さ、俺をストーカー扱いして俺よりうんとかっこいい人を彼氏にしてただろ。そもそも何で俺を彼氏にしたんだろうなって……不思議なんだ」

「どっちから告白したの?」

「俺だよ。俺だけど、元からタイプじゃなかったんなら何年も交際してくれないと思うんだ。急にこんな真似をするのには……訳がありそうなんだけど」

 訳がある、と思いたいだけかもしれない。

 人は変わる。あれこれ辻褄が合うように考えているが、実際のところは中学から高校までに男のタイプが変わったのかもしれない。それはそれで、普通に別れを切り出せばいいだけの事だ。俺を苦しめる意味は? 

 昇降口を抜けて校門まで歩く。何もかもスッキリした訳ではないが、一応これにて一件落着と言ってもいいかもしれない。華弥子はもう俺に対して攻撃は出来ないし被害者を気取る事も出来ない。何故そうなったかと言われたら俺を振ったからで……後悔させるには十分すぎる代償ではなかろうか。

「―――透子。そ、そのさ。恋人は……あれだけど。あ、改めて俺の友達に」




 校門を抜けた瞬間、死角に隠れていた車から黒ずくめの男達が飛び出し俺達にとびかかってきた。後ろの方で悲鳴が上がる。学校に逃げ帰る者もきっといただろう。

「むご―――ぐっ!」


「おら静かにしろ!」

「アニキ、こっちの女は!?」

「予定にないが一応連れてく! 車に乗せるんだ!」


 視界を塞がれ、口を塞がれ、手足を塞がれる。誘拐、手慣れた様子。逃げられない!

「たふ……たすけ、だ、れ―――!」

「黙れ! ぶち殺すぞ!」

 車に押し込められてからの記憶はない。何かを注射されて、それっきりだ。






「あ、アニキ。そういやオヤジが日傘―――」

「ひぃ! なんだこいつ! か、怪ぐぁ」

「あば、ば、ば―――ああがゃらぁ」






















「お兄さーん。だいじょーぶ?」

「う、うう…………」

「あー無理しないで。お兄さんはちょっと落ち着くクスリを打たれちゃって体の力が出なさそうだから」

 目を覚ますと、膝枕だった。

 違う、ここはカラオケボックスだ。膝枕してくれているのはフロントに立つ店員の人で、綺麗な銀髪はこんな暗闇でも眩しく見えてしまうものなのか。正面から会話していると分からなかったが……下から見上げると―――そのスタイルの良さに否が応でも気が付いてしまう。

「…………あれ。俺は、ここに…………何で?」

「お兄さんは危うく誘拐されかける所だったんだよ。この町に住む白タ組っていうまあ小さなヤクザみたいな人の所にね」

「…………透子は?」

「透子も同じ。誘拐されかけてたところを、誘拐犯の運転がへたくそでお店の前でぶつけちゃったんだよねー。そこを私が保護してあげたって訳。あの子は自分の家に戻ってるんじゃない?」

 

 ―――事故?

 

 幸運に恵まれた、という奴なのか。

「俺は……いつまでこうしてればいいですか。身体の力が、入らなくて」

「本当は喋るのも辛いでしょ? 薬が抜けるまでもうちょっと時間かかるから待ってて。大丈夫、私もここに居てあげるから♪ 間違っても外になんか出ちゃだーめ」

 猫耳フードに相応しいと言うべきか、絵にかいたような笑顔を浮かべて店員さんは首を傾げた。




「―――嵐が、吹いてるからね」




 プルルルルル。

 そんな時だ、持っていた携帯に着信がかかったのは。しかし手を伸ばす力もまだ回復していないので代わりに店員さんに取ってもらう。画面には華弥子からの着信……真司を間に挟んだグループからかけられてきたものだ。

「…………出る?」

「……出ます」

「は~い」

 応答ボタンを押して、スピーカーに切り替わる。


『じゅー君、お願い私を許して!』


「……は? 早速何の話なのかがよめ……」


 電話していて早速気づいた。嵐だ。電話越しに吹き荒ぶ風のような音が聞こえる。それから多くの人の断末魔にも似た叫び声。家に穴が開いて風が入り込んだとか? 壁やら床やらが壊れる音がありありと聞こえてくるではないか。

『いいから許して! 私が悪かった! 嘘ついてごめんなさい!』


「さっきまであんなに保身に走ってた割には……どうしたんだよ」


『お、おね、がい! このままだとわた、わたし、しんじゃう!』

『この期に及んでてめえの心配かガキ! 何でもいいから早く許しを貰え! じゃなきゃ俺が人間災害で死ぬ前にてめえだけは殺してやるぞ!


「なんだなんだ? 誰の声だ?」


『な、ななななんのこと!? さ、さっぱり分かんないとにかくお願い! 嘘はもう吐かない。貴方の事がまだ好きだから私を許してえええええ!』


 突然電話をかけてきたかと思えばなんだこの剣幕と焦りようは。こっちはついさっき誘拐されかけたばかりだというのに。ともかく状況を整理する時間もないらしい。理由は分からないが…………嘘はつかないと言っているし。








「―――華弥子。お前は何で俺の事を好きになってくれたんだ? 俺の何処が好きで、彼氏にしてくれたんだ? そっちの状況は分かんないけど……教えてくれよ」

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