あの扉、絶対ヤバいやつだった件 ~階層ガチャをして、現実帰還を目指します~
ドラゴンスキー
神隠し+第一階層 灯苑
廃墟探索って、もっとこう……インスタとかで見る程度のアレだと思ってたんですよ。
俺は高校二年、
だからこそ、あの日、友人である
「なぁ踏破。マジでヤバい廃墟見つけた。絶対誰も入ってない。ガチで“発見者”になれるかもしれないぞ」
智也は興奮したように話す。
「発見者」とは幽霊やお化けを発見して、動画を撮影して一躍有名人になってやろうという今時のネット社会で生きる若者のことを言っているのだろう。多分。
特に用事もなかった俺は友人の誘いにまんまと乗ってしまった。
オレはちょっと笑って、「暇だし行ってみっか」って言った。
それが、オレの現実世界最終日となってしまった。
いや、マジで。
このときは夢にも思わなかったけれど。
バスに揺られ、山道を抜けて、電波の届かない場所にある“それ”は確かに廃墟だった。
外壁はヒビだらけ。窓は割れてて、草が中まで侵食してる。辺りは手入れが行き届いていない植物が建物の外壁まで伸びている。智也は大喜びでスマホを回し、オレはカメラに映らないように一歩下がっていた。
智也は外からの風景を一通り取り終えると中へと入って行ったので俺も中へと続く。中はガラスの破片が散らばっていたり、ほこりが貯まっていたりしてここへの人の出入りがされていなかったことが分かった。万が一誰かいたりして通報される・・・・・・とまではいかないまでも、俺と智也のように廃墟に探索しに来た人と偶然鉢合わせてトラブルにでもなったらどうしようと考えていたので俺たちしかいないことに安堵の息をついた。
そのとき、見つけてしまったのだ。
「・・・・・・なんだあの扉・・・・・・?」
資料室のような部屋の奥。壁と同化してるみたいな黒い長方形。
ノブも蝶番もない。反射もない。マジで影が切り取られたみたいな“ヤバい扉”。
そのやけに存在感のある扉が俺の興味を引き立てた。
智也に一言いうなんて、そのときの俺の頭にはそんな選択肢は浮かんでいなかった。
「これ……触ったらアカンやつじゃね?」って、ちゃんと頭では思ってたんだよ?
でも、気づいたら手が伸びてて――
次の瞬間には、世界がぐにゃっと曲がって。
足元が抜けて、空気が凍って、光が潰れて――
目を開けたときには、俺の現実は変わっていた。
“あっち側”の世界へと足を踏み入れていた。
――視界が明るい。
目を開けた瞬間、まず最初に思ったのはそれだった。眩しさではない。むしろ柔らかい光が全身を包んでいた。
「……ここ、どこだ?」
目を覚ました場所は、巨大なドーム状の温室だった。天井は高く、そのすべてがガラスでできている。光源は天井の中心にある巨大な光球――まるで人工太陽のようなそれが、空間全体に昼のような明るさを与えていた。
地面には石畳の小道、左右には奇妙な果実を実らせる木々や、見たことのない巨大な花が咲いている。ふわりと甘い香りが漂ってきて、五感が刺激された。
ベンチの近くに噴水があり、その水音だけが空間に響いていた。人の気配はない。鳥も、虫も、風さえも感じない。音のない世界。
「夢……じゃない、な」
踏破は起き上がり、辺りを見渡す。スマホを取り出すが、圏外。時刻は16:12で止まっている。自分の記憶を探ってみるが廃墟にいたところしか記憶にない。こんな温室はあの廃墟にはなかったと思うが。
「たしか・・・・・・廃墟で、変な扉を見つけて・・・・・・」
そうだ扉だ!
扉を戻れば元の場所に帰れるはずと辺りを見渡すがそれらしき扉を見つけることは出来ない。
――と、そこに。
「……おい、君。そこから動くな」
低いが落ち着いた声が背後から届いた。反射的に振り返ると、30代くらいの男がこちらを見ていた。白衣のような服、眼鏡、そして背中にはランタンを背負っている。
「君、最近ここに来たな? ならまず、ついて来てくれ。説明はその後だ」
「……え、あの、あなたは誰ですか!?ここはどこなんですか!?」
「パニックになってしまう気持ちは分かる。まずは深呼吸だ。ほら、息を吸って、吐いて」
「・・・・・・すぅ・・・・・・はぁ・・・・・・」
「桐島。桐島 湊。今は“
「……日比野……踏破、です」
「よろしく頼むよ、日比野くん」
「え、あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
挨拶が済んだところで桐島と名乗る男が「ついて来なさい」と歩き出したので右も左も分からない俺はついていくしかないだろう。自分のしっている場所ではない不安と安心して頼れる人がいないという事実が俺の心に重くのしかかった。
天井の球体が照らしている光を頼りに歩いている桐島の後ろを歩く。歩いている時に桐島はここの――――この階層についての話をしてくれた。
「君も私も”神隠し”にあったんだ」
「神隠し・・・・・・ですか?」
「そうだ。君はここへ来たとき、変な扉を開かなかったかな?」
「・・・・・・!」
「その反応を見ると、正解のようだね。そして君がそうしたように、私も扉を開いてここに来たんだ」
廃墟の記憶を思い出すが、ほこりの状態からしてしばらくは人が来た気配はなかった。つまり桐島さんがきたのはずっと前だということだろうか?
「桐島さんもあの廃墟に?ほこりが被っていたのでしばらく人が来たとは思えない状態だったんですけど」
「廃墟?いや、廃墟ではないよ。私は私の家のドアから来たのだ。最も、私の家のドアではなかったから気になって入ってしまったのだけれどね」
「廃墟じゃ、ない?」
「そうだ。ここに来る人は同じドアを通っているが、同じ場所から入っている訳じゃないということだ」
別の場所から、同じドアを通って?
マズい。こんな状況だからか頭が回らない。理解が追いつかない。
「ここへと繋がる”ドア”は様々な場所に現れるということさ。君がいたという廃墟。私の家。学校や職場にも。”なぜそこに現れたのか”や”どうやってドアが出現しているか”というのはまるで分かっていないんだ」
つまりドアが瞬間移動やワープしてるってことか。
「分かっているのはそのドアを通ればこの世界に来る、ということだけだ。この階層―――
最も、不幸中の幸いというやつだが、と桐島は疲れた顔で笑う。
「・・・・・・階層?
「ここは様々な世界、もとい階層に分かれているんだよ。
「へぇ・・・・・・」
よく分からねえ。
頭を悩ませていた踏破に桐島は「よし、ここだ」と目的位置についたことを知らせた。
中央区画に案内された踏破は、桐島と名乗る男の他にも数名の“住人”がいることを知る。植物に囲まれた開けた空間。ベンチやテーブルが設置されており、焚き火の跡、食器、布団などが生活感を漂わせていた。
「まさか、ここで暮らしてるんですか?」
「そうだ。ここに来た人間は、まずはこの階層で落ち着く。ここは比較的安全で、食料も豊富だ。ただし――」
その言葉に、桐島は少しだけ顔を曇らせる。
「夜になれば、“それ”が来る」
「それ?」
「化け物・・・・・・モンスターのことさ」
「ば、化け物、モンスターって・・・・・・」
「あぁ、すまない、驚かせてしまったね。安心して欲しい。ここの階層のやつはすぐに襲ってくるタイプではないから」
「・・・・・・」
「おっと、仲間達を紹介しなくてはね。こっちが―――」
踏破は灯苑と呼ばれる階層に住む、仲間たちの紹介を受けた。
「おー新人くん! ようこそ地獄……じゃなくて灯苑へ! ほら、これ食べる? ジャムトーストっぽいやつ!」
差し出された木の皿には、ふかふかのパンと色鮮やかなジャム。受け取ったものを恐る恐る口に運ぶと、意外にも美味しかった。
「うま……いや、え? これ何の実ですか? 紫だけどピーナッツバター味なんですけど」
「ふふっ、よくわかんない!」
「・・・・・・えぇ・・・・・・」
「大丈夫、健康に害はないよ!美味しいならOKってことで♪」
「まぁ・・・・・・確かにおいしかったですけど」
そしてもう一人はニコル――ヨーロッパ系の女性。金髪碧眼、冷静で知的。元外科医で、現在は怪我人の治療などを担っているらしい。
「……あの桐島に連れてこられたってことは、“ここに来たばかり”ってことね。あなた、どの階層から来たの?」
ニコルは興味深そうにじっと俺を見つめて尋ねる。
「え? 階層って……オレ、いきなりここに」
「……ああ、直通型ね。珍しいタイプ」
「直通型?」
「現実世界から直接来たってコト」
ここは現実世界からって言い方変じゃないか?
「ここは現実世界ではないんですか?」
その質問にニコルと葉月はうーんと声をうならせた。
「現実かもしれないけれど・・・・・・少なくとも時間の流れは違うと思った方が良いわね」
「そうそう!わたしなんてもう5年近くいるのに全然成長しないのよ。髪の毛とかも伸びないし」
「お腹も減るし、眠くもなるけど・・・・・・老化はしないのかもしれないわね。どういう原理でそうなっているのか皆目見当もつかないけれど」
どうせならお腹も減らなくなったらよかったのにーと葉月は愚痴をこぼす。ぶーぶーと文句を言う葉月を横目に踏破は気になったことをニコルに質問した。
「・・・・・・さっき、直通型は珍しいとか言ってましたけど。え、なんかオレ、レアガチャ引いた感じですか?」
「……そうね。“階層ガチャ”で言えば、最初にそこそこ危険なところ引いた感じかしら」
「やっぱレアかよォ……」
「ま、最悪より全然ましよ。それに桐島に拾ってもらった分だけ運が良いと思いなさい」
「そだねー。運が悪いと何が起ったのか分からないまま死んじゃうだろうしねー」
にしししと葉月が笑うが全然笑えない。
「喉が渇いただろう。これでも飲みなさい。粗茶だがな」
桐島が両手に持っている2つのコップの内一つを差し出してくる。「ありがとうございます」と礼を述べてから受け取る。貰った物を飲み喉を潤す。なんだか安心できる味だ。優しいというか柔らかいというか・・・・・・自分は食レポなどやったことないので言い感想が言えない。
「君はまだまだ疑問に思うことがあるだろう。気になったことは聞いてくれて構わない。教えられることは教えよう」
それからお茶を飲んでいる間、桐島たちと会話を重ねた。おおよそ次のことが分かった。
・この世界(階層)はドアを使ってしか移動することができない。
・ドアは達成した条件によって変り、行き先も変わる。
・階層には複数の入り口と出口があることが多い。最低でも一つ以上は入り口と出口がある。
・階層には危険度が設定されており、レベル0が最も安全でレベル3が最も危険である。そしてここ灯苑はレベル1である。
・現実世界への戻り方は分からない。おそらく現実世界へと帰るドアは存在している可能性は高い
・レベル0の階層の一つには図書館のような階層があり、そこで他階層の情報を得られることがある。
「こんなところだな・・・・・・」
話し終えた桐島は「ふう」と一息ついてから真剣な眼差しで踏破を見つめた。
「・・・・・・君は、現実世界へ帰りたいか?」
「・・・・・・そりゃ、帰りたいですよ。やり残したこともたくさんあるし・・・・・・桐島さんたちは、帰りたくないんですか?」
「・・・・・・私も、昔は君のように帰還を目指したんだがね」
遠くの方を見つめている桐島が何を思っているのかは踏破にはまったく分からなかった。でも、桐島の言葉には不思議と重みがあった。
「・・・・・・疲れたんだよ、我々は。帰還するために様々な階層を移動することになると、当然危ない階層に行ってしまう確率も高くなる。一度だけレベル3に行ったが・・・・・・どうやって生き残ったのか、正直自分でもよく分からない。運が良かっただけだ」
「・・・・・・」
「・・・・・・そんなわけで我々はここに残る。帰りたいのなら様々な階層へと赴き、帰還の方法を探るしかない。他の探索者であればより詳しい情報を持っているかもしれないしな」
「・・・・・・はい」
桐島の言葉にコクリと頷く。
俺には帰りを待っているであろう家族もいるし、友達もいる。
・・・・・・そういえば、智也は大丈夫であろうか?
廃墟に置き去りになっているが。
「・・・・・・って時間の流れが違う可能性が高いんだっけか」
こっちの1時間が向こうの1秒とかだといいが、逆だと浦島太郎状態になるのか。それは勘弁して欲しいものだ。
「・・・・・・夜までまだ時間はある。もう少しゆっくりしていなさい」
その桐島の言葉で他の3人―――俺を含めて――は、もう少し休憩ついでにお喋りすることになった。
その夜。
お喋りにも飽きた俺たちはウトウト状態になって船をこいでいた。
天井の光がゆっくりと、ゆっくりと、明るさを失っていく。
そして、何の予告もなく全ての光が“消えた”。
「来たぞ……全員、配置につけ!」
桐島の怒号が飛び交う。その声で全員飛び起きる。懐中電灯がカチリと音を立て、光が揺れる。誰もが持っているライトは、自分の“影”を照らすためのもの。
「影喰いは、影を通して侵入してくる。影がなくなった人間は――この世界からも、消える」
聞いていた話の通りだ。
影喰いはこの階層―――灯苑に生息している化け物だ。
対処は比較的楽だといっても油断してはならないと釘を刺されている。
空気が凍る。
ざっ……ざざ……ッ……。
“何か”が這う音が聞こえた。足元の暗がりが、じわりと滲むように黒く染まっていく。
「踏破! 灯りを下に向けろ! 足元だ!」
桐島の声に、手が震える。
暗がりの向こう、微かに“目のような何か”がこちらを見ていた。
「なに……あれ……やば……」
影喰い。
黒い霧のような存在でありながら、“意志”と“餓え”を感じさせるそれは、静かに、しかし確実にこちらににじり寄ってくる。
ライトが一瞬揺れた。
影喰いの動きが加速した。
「――ッ!」
踏破は反射的に光を強めた。霧のようなそれが一瞬怯み、後退する。
時間の感覚が曖昧になる中、光を握る手が汗で滑りそうになる。
数時間が過ぎた。
天井に、微かな光が戻り始める。
夜が明けたのだ。
影喰いは、音もなく霧散した。
その瞬間、踏破の足元に“何か”が現れた。
ドアだった。
朽ちた木製のドア。金属のノブ。少しだけ光を帯びた扉の上に、文字が浮かび上がっている。
【闇を越えし者に、次なる扉を】
踏破は、息を呑んだ。
「これが……次の階層……」
ドアの向こうにあるのは、未知。
「ドアは数分で消えてしまうこともある。現実へ帰りたいのならいくしかない」
桐島は心配するように話す。
それでも、俺はノブに手をかける。
「私は、応援していますよ」
「私もー!もし辛くなったら戻ってきていいからねー!頑張って!」
葉月とニコルは応援してくれる。
現実に帰るには、進むしかない。
オレは――帰る。
帰りたい。
カチリ。
ドアを開いた。
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