第6章 ごめんなの先へ──父と俺の、はじまりの一歩

闇が溶けだす丑三つ時——


静まり返った部屋の扉が

ゆっくりと開いた。


「まだ…起きてるか?」


眠ったふりをしていた俺は

静かに身体を起こした。


月明かりに照らされた

廊下に立っていたのは、父だった。


「……ちょっと話せるか」


ぎこちない声。

でもその奥に

何かが変わろうとしている気配を感じた。


父は俺の部屋の隅に腰を下ろし

しばらく無言のまま、空を仰いでいた。


『お前さ、昔から俺に

あんまり何も言ってこなかっただろ?』


突然、そんな言葉を投げかけてきた。


『母さんのことも、お前自身のことも。

……俺が怖かったのか?』


「……怖かったよ」


俺は嘘をつかなかった。


「母さんみたいに

怒鳴ったりはしなかったけど……

父さんは、何もしなかったじゃん。

見て見ぬふりしてたよね。ずっと」


しばらく沈黙が続いた。


やがて、父は小さくうなずいた。


『気づいてたよ、俺だって。

母さんがしょっちゅう

目つき変えて怒鳴るのも

お前やゆうひが、壁みたいに黙るのも。


でも、俺はさ……

外で仕事してるって言い訳で

全部母さんに任せっきりだった。

……それで

自分に“資格がない”って思ってたんだよ』


父の声が、かすかに震えていた。


『俺が口出したら

余計にひどくなる気がして……。

だから何も言えなかった。

何もできなかった。

……ごめんな、龍馬』


——それでも、俺はどこかで期待していた。


“ごめんな”の先を。


“だから、これからは一緒に止めよう”

って言葉を。


でも……その言葉は出てこなかった。


「……父さん」


「ん?」


「俺は、ゆうひを守る。

未来で、あいつはもう——いないんだ。

俺は、それを止めたくて、ここに来た」


「……」


「母さんにぶつかってでも

ゆうひを救いたい。


だから……お願いだよ。


俺の話、信じなくてもいい。


でも———止めてほしいんだ……


一緒に。」


父は、俺の顔をじっと見ていた。


その目にあったのは

迷いと

ほんの少しの——覚悟。


「……お前は、強くなったな。

俺より、ずっと」


小さな光が、部屋の空気を変えた気がした。


——まだ“完全”じゃない。

でも"今"

俺たちは少しだけ同じ方向を

向いたのかもしれない。



次の日の午後——


怒声が響いたのは

いつものように突然だった。


「いい加減にしなさいよ!!

なんでそんなにだらしないの!」


台所から食器が割れる音。


そして——

母の怒りの矛先は

またしてもゆうひだった。


俺はとっさに走り出して

間に割って入った。


「やめろよ!ゆうひは悪くない!!」


「アンタも随分

母親にたてつくようになったわね!!

全部アンタたちが悪いのよ……!

私の人生を台無しにして……!!」


その瞬間

俺の中にあった怒りが

一気に爆発しそうになった。


けれど同時に——


ふと頭をよぎったのは

かつて母がPCに没頭しはじめた頃のこと。


あの頃家事もせず

猫と静かに過ごす時間だけが

彼女の安らぎだった。


きっと——


母も、誰にも気づかれないまま

壊れていったんだ。


“でも、それでも——許せない”


そう心で叫びながらも

俺は母の背中を見つめるしかできなかった。



いったいどうすればいいのか。

考えに考え抜いた末

思考回路が停止寸前になったその刹那——



ふと窓辺に目をやると

そこにはあの白猫——プリンがいた。


『守ることと、壊さないことは

似てるようでまるで違う』


「……じゃあ俺はどうすればいいんだよ!?

殴られて、黙って耐えてろってのかよ!?」


『違う。

アンタにできるのは

“許す努力”と“伝え続ける勇気”さ』


プリンの声は

あくまで静かで

でも確かに響いていた。


『怒りをぶつけても、誰も変わらない。

変えるのは、言葉と心。

それだけなんだよ』


俺は唇を噛みしめながら

プリンの姿を見つめ続けた。



布団で川の字に寝る兄弟——。


「……にいちゃん、また守ってくれたね」


ゆうひが、震える声で呟いた。


「おれ……死にたくないよ」


その言葉に、胸が潰れそうになった。


「バカ。誰も死なせない。

俺が絶対に守る。

もう一人にしない……絶対に」


俺はぎゅっと、ゆうひの肩を抱きしめた。


その小さな体から、伝わる命の温もり。


絶対に、守り抜くんだ——



深夜、父はひとり

台所で煙草に火をつけていた。


その目は

なにかを見つめるように遠くを見ている。


「……俺も

逃げない方がいいのかもしれないな」


その言葉が、空気のように部屋に溶けた。





——未来を変える力なんて

俺にはないかもしれない。


でも、“隣に立つ覚悟”なら

"今"俺にだってできるはずだ。


第6章 了


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

第6章をご覧いただき

誠にありがとうございます!

拙い文章で読みづらい点も

多々あるかと思いますが

応援ボタンや感想、

ここはこうした方がもっと良くなるよ!

といったアドバイスも

どしどしお待ちしております!

また次章も読んでいただけると

涙が枯れるほど嬉しいです!

よろしくお願いします!

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

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