4.
結局。あれ以降、私たちは会話を交わすことなく高校を卒業した。卒業の日にすら、「卒業おめでとう」「お互い、頑張ろうね」「いつかまた会おう」なんて、誰にでも言うことも口に出せなかった。……いや、もしかしたら、彼は何かを言おうとしていたのかもしれない。けれども私は、意識的に彼を避けてしまっていた。決して、彼と話したくなかったわけではない。私も、祝いの言葉や応援の言葉の一つくらいは言いたかった。しかし、あの日の喉の詰まりが一向に取れなかったのだ。言葉は思い浮かんでいても、それらは全て喉に詰まって、口にすることはできなかった。
誕生日には毎年のように律儀に送られてきた彼からの「おめでとうメッセージ」も、高校を卒業してからは送られてこなくなった。だから私も彼の誕生日にメッセージを送ることができなくなった。この気持ちが、わかるだろうか。自分に送られてこないメッセージを、自分だけ送るのは、なんだか癪だったのだ。どこからか湧いてきた変な自尊心がそうさせていた。……本当は未練タラタラだった。今すぐにでも彼の家に突撃したいくらいだった。それでも私は「別にアンタに執着なんてしていませんが?」という体を装った。……わかってはいる。自分でも「バカだな」とは思う。今からでも、素直に打ち明ければ良いのに。しかし、それがどうにもできなかった。
母の言う通り、高校を卒業してからは共通の話題が激減したがために、かつての友人とは、誕生日と正月くらいにしか、メッセージを送る機会はなくなってしまった。それなのに、そのどちらにも連絡を取らないのだから、彼とは、完全に疎遠になってしまったわけである。……あんなに一緒だったのに。家族も同然の関係であったはずなのに。今となっては、もう、彼の声も、顔も、鮮明に思い出すことができない。今、彼が何処で何をしているのかも、私には、何一つ知り得ないことになっていた。
きっと、大人になれば、上手く人と付き合う方法だってわかってくると、そう思っていた。まだ自分たちは十八歳だから……成人したとは言えど子どもだから……今はわからないだけだと。二十歳になれば、何かが変わると。いつかまた和解できると。友達に戻れると……。そう信じていた。期待していた。
しかし、現実とは実に非情なもので、二十歳になっても何も変わらなかった。ただいたずらに歳を取っただけだった。大きな変化などないまま、年齢を重ねていった。
……時は私の期待を裏切り、彼との関係は、あの日から途切れたままで、放置されていた。解決することなんて、その気配すらなかった。
今でも、不意に彼のことを思い出す。もしもの話が増えて、現実味が薄れていって……ふと、虚しさが込み上げてくる。彼ならこうしていただろう、彼がいたらこうなっていただろう……離れ離れになって、初めて、彼の偉大さに気がついた。
そして同時に、自分の“本当の想い”にも気がついてしまった。
家族も同然だった彼。今更、『異性』として見ることなんてできないと思っていた。でも、離れたくはなかった。離れてみると、心に穴が空いてしまったような感覚があった。
あぁ、私にとっての彼は本当に家族みたいな存在だったんだなと。彼とこの人生を共にしていきたかったなと。こうして離れるくらいならいっそ本物の“家族”になりたかったなと。それくらい彼のことが大切で、大好きだったんだなと。本当は両思いだったんだなと。だったら、付き合っておけばよかったなと。全てが手遅れになった、今になって思う。
今日も、家の近くに広がっているあの海は、静かに波音を立てている。あたたかな日の光。燦然と輝く水面。爽やかな風。悠々と飛び回る鳥たち。砂の踏まれる音。楽しげな誰かの笑い声。軽快に鳴る自転車のベル。過ぎ去っていく人々。
幾度となく辺りを見回しても、どれだけ待ち続けても、そこに、彼の姿はなかった。まるで時間が止まってしまったようだった。チクリと胸が痛んでは、耐えられず、そのまま帰宅する。そんな毎日。
私はまだ、過去の彼の面影を追いかけ、この場所から動けずにいた。まるで呪いみたいだ。この海に取り憑かれたかのように、毎日、私はここに来ていた。彼の手を離したのは私の方だというのに、いつしか、私の方から彼を求めるようになっていた。今の私を見たら彼はどんな反応をするだろう。「バカだなぁ」と、笑ってくれるだろうか。
ずん、と錨を落としたように心が重くなっていく。進めなくなっていく。「進み続けたら」なんて言っておきながら、今の私は、前進することも、或いは、新たな道へ進路を切り替えることも、叶わずにいた。
彼はもう、新たな“好い人”を見つけて幸せになっているのだろうか。私を置いて、遠くの方まで行ってしまったのだろうか。
__きっと、ずっと一緒だ。
いつかの彼の言葉が、潮風と共に、サッと頭を過っていく。「もしかして」と、振り返ってみるが……やはり、そこに彼の姿はない。
私は軽くため息をつくと、雑念を払うようにして首を振った。彼の家の前を、少し早足で、何事もなく通り過ぎ、自宅へ戻っていく。何も落ち込むことはない。もう慣れたことだった。いつものことだった。変わり映えのない、日常だった。……そう、日常だったのだ。
乖離 葉月 陸公 @hazuki_riku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。