第3話 流しのギター弾きだよ



「明らかに取り込み中だろ!見て分かんねえか!」


 お楽しみを邪魔されたゴロツキ共は、鼻息荒く男に詰め寄った。

怒号を浴びせられてもギター弾きにはどこ吹く風だ。

 黒いつば付き帽子の下で光る防塵サングラスの奥の視線が、

痛々しい姿の郁実と長十郎に改めて注がれる。

醜く怒鳴るゴロツキ共に、険しく変じた蒼い双眼が鋭く向けられた。


「おい!」


バァンッ!!

 男は物言わず、主任の横っ面をいきなりギターでフルスイング!

悪徳清掃会社・ナマダ清掃の主任はなすすべもなく全身全霊で弾け飛び、

漫画のように壁に張り付いた。


「しゅっ主任んんんんん~~!」



 社員が情けない声を上げ、主任に駆け寄る。

当の主任は壁にもたれて完全にノビている。

鬼瓦めいた顔に刻まれた五本線が痛ましい。

ギターの弦がダイレクトアタックした証だ。

ゴンッ

床に立てられたギターの底がやたら重々しい音を立てる。


「なっ!なんなんだテメェは!!」

「見て分かんねえかい?流しのギターきだよ」


 先ほどまでの軽い空気はどこへやら、

帽子の影から防塵サングラスがギラリと物騒な光を放った。

不審者特有の迫力に、たじたじと気圧されるゴロツキ達。


「そっそんな昭和レトロな職業、実在する訳ねーだろ!!」

「頭堅ぇな。目の前に存在してんだろ」


ギター弾きの舐め切った態度に、ゴロツキ共は簡単にブチ切れた。


「ふざけんじゃねえぞゴルァァァァァ!」

「こちとら万和ベビーだおらああ!」


 こうしてナマダ清掃の社員達と自称・流しのギター弾きの乱闘が始まった。

突如目の前で繰り広げられるアクション映画さながらの攻防に、

郁実と長十郎はただただあっけに取られるしかなかった。


 修羅場中の修羅場がさらに悪化しただけなのだが、

なぜか自分達は危機を脱したようなのである。

ギター弾きの男は強かった。

4対1という絶対的有利であるにも関わらず、手も足も出ないという

不可解な状況。さすがに焦ったゴロツキ社員の一人が機転を利かせた。

長十郎と郁実を人質に取ろうと動く。


ビガーーッ!


 耳障りなブザー音が耳をつんざくや否や、ゴロツキは顔に重い一撃を受けて

転倒した。例えるならバスケットボールの直撃が一番近いだろう。


「な、なに…?」


 郁実が呆然と見上げる先には、メタリックな球体が

モチモチと軽やかに空中を泳いでいた。

球体に限りなく近いそれは、よく見ると小さな尾びれと前ひれを持っていて、

どうやら魚型ロボット…

一般では『カワイイAI』と呼ばれる電脳ガジェットだと分かった。


魚型カワイイAIが勇敢にも郁実と老人のボディガードを務める中、

ギター弾きは4人のゴロツキ共の攻撃を見事な体捌きで躱し、

床や壁に叩きつけ、満遍なくボコボコに殴りつけると、

仕上げに店頭から蹴り出した。

蹴られたくない者は自分からほうほうのていで逃げ出した。

ノビた主任を持ち帰ることも忘れない。

 

外は夜のデブルス嵐前哨戦のまっただ中。吹き荒れる暴風に晒され、

全身とも顔面ともお構いなしにベタベタと粘っこく張り付くデブルスに

悲鳴を上げつつ、ゴロツキどもは乗りつけたワゴン車に逃げ込んだ。


「お、おぼえてやがれえええええ!」


暴風の中、負け犬の遠吠えが情けなく尾を引いて遠ざかっていった。


「はっ。昭和レトロな捨て台詞だねぇ」


鼻で笑うと、ギター弾きは戸を閉めた。再び能天気な入店音が響いた。



***



「すみませんねぇ。お騒がせしちゃって」

「い、いや…」

「俺は怪しい者だけど、あなた方に危害を加える気はないよ」

「はは…ひとまず信じるかね」


 ギター弾きに差し伸べられた掌を取り、老人はなんとか立ち上がった。

ゴロツキ共をブチのめしている時とは打って変わって軽い態度だ。

帽子とサングラスで顔の上半分は隠れているが、身のこなしや声からして若い男だと分かる。20代半ばから後半といったところだろうか。


「大丈夫?」


 ギター弾きに声を掛けられるも、慌てて老人の後ろに隠れる郁実。無理もない。

しゃがみ込んで震える孫娘を小さな背中にかばいつつ、

老人はギター弾きを見上げた。


「俺はこの店の主、秋村長十郎あきむらちょうじゅうろうってんだ。

 孫娘を救けてくれて…あのゴロツキどもを追っ払ってくれて本当にありがとう。

 感謝するぜ」


頭を下げようとする長十郎をギター弾きは軽く制した。


「なに、あんな悲鳴聞かされちゃ誰だって素通りできないさ。

 …ところで秋村梨園さんってのはこちらさん?」

「ああ、そりゃあ、ウチだが」

「このチラシを見…あれ、落としちゃったか?あ、もう一枚あった」


ごそごそとライダースジャケットの内ポケットを漁るギター弾き。


「今日は遅いし日を改めるつもりだが…

 梨狩りができるって聞いて寄らせてもらったんだ」


まじまじとチラシを見つめる長十郎と郁実。やがて懐かしげに嘆息した。


「はは…こりゃあ懐かしいチラシだね」

「でもやってないよ、梨狩り…まだ6月だもん」

「えっ!そうなの」

「梨狩りは8月から9月が旬だよ」


 ムリもない。40年に渡るデブルスで農業・酪農・水産業…

あらゆる第一次産業が大打撃を受けていた。

今の日本では果物はブルジョワ階級にのみ許された贅沢品。

梨狩りというレジャーをした事のある人間の方がレアであるし、

庶民が果物の旬など知るはずがないのだ…。


ビガーーッ!


魚型カワイイAIが嘲るようにブザー音を鳴らした。


「うるさいぞマメ公!」


 ギター弾きが空手チョップを喰らわせると、カワイイAIは

モッチリと二つに割れ、モッチリと元の形状に戻った。液体金属製なのだ。

その滑稽な様子に、老人と郁実はこらえきれずに笑い出した。

一気に緊張がゆるんだのだ。

こんなに笑ったのはいつぶりだろう。長十郎も郁実も思い出せなかった。



***



同時刻 稲城砂漠



「前方にデブルス砂嵐を確認」

「了解。慎重に行こう」


 東京都稲城市の道なき道を、陸上自衛隊の装甲車が走る。

無数の廃墟が立ち並び、デブルスに汚染された砂塵で溢れるそこは

誰が呼んだか『稲城砂漠』。

政府により居住禁止とされている区域である。

運転手を務める隊員と助手席の分隊長による会話が、前方座席で短く交わされる。


「生きてますかね…あいつら」

「運が良ければな」


 デブルス砂嵐の中は暴風と毒素の渦だ。しかしそこを通り抜けなければ

パトロール中の隊員3名が消息を絶った地点には辿り着けない。

防疫ガラスにべっとりと付着する黒カビとも岩海苔ともつかないイヤらしい物体。

それが50年前に隕石とともに飛来した宇宙病原体『デブルス』の一形態だ。

装甲車後部席に待機する隊員は5名。その一人が舌打ちする。


「コーティングも役立たずか…異常だぜ、この辺は」

「地方ならともかく首都圏でこれですもんね」

「あいつのせいだよ、多摩区の隕石デブルス」

「『向ヶ丘2型』か。あれを潰さない限りはな…」

「潰すったって核兵器すら効かないんじゃなぁ」

「結局は清掃庁頼みですか…」

「なんつったっけ?一級清掃員より上の…」

「都市伝説だって。生身の人間が隕石デブルスを壊せる訳がない」


やがて装甲車は暗闇の中、デブルス砂嵐を抜けた。


「…なんだ?あの辺だけ、やけに明るいな…」

「分隊長、あれは」

「あった!あの高機だ。上のあれは…対デブルス清掃バリア…?」


 薄闇に黄色い縦長の台形がいくつも宙に浮かんで光っていた。

その表面に『清掃中』『ご迷惑をおかけします』の文字と

清掃庁のエンブレムが順番に表示される。


 幸いにして暴風は凪の時間に入っていた。

隊員達が駆け寄ると、バリア下には横転した高機動車。

その付近の地面には深さ1mほどの平たい穴が掘られており、

中には消息を絶った3名の隊員がひっくり返っていた。

装備の上からも胸部が苦し気に上下するのが見え、防毒マスクが音を立てている。


「生存者3名確認!担架用意!」


 バリアから数メートル先は砂地が異常に荒れ、ところどころに

かすかに白い光の粒子が舞ってる。分隊長はその光景に見覚えがあった。


「これは…デブルス獣駆除の痕跡だな」


救護に当たっていた隊員が負傷者の異変に気付く。

「分隊長!1名意識戻りそうです!」

分隊長が負傷者に駆け寄る。


「お母さ~ん…まだ眠いよぉ…」

「目を覚ませバカ!」

「うぇっ?!ぶ、分隊長…?あの人は…?」

「あの人って誰だ?!一体何があった?」

「と、通りすがりの……」


 隊員の脳裏に浮かぶのは、

青い光をマフラーのごとくたなびかせ跳躍する黒い異形の姿。

電磁モップで瞬く間に『掃除』される化け物。

そして、黒い蜘蛛。

しかしそれを報告する気力体力は今の彼にはなく…。

一枚の紙切れをかろうじて分隊長に手渡し、そこでガクリと気絶した。


「外傷なし。マスク損傷による軽度のデブルス中毒かと」

「応急処置を頼む」

「了解」


 目をまわす3人の隊員達は次々と手際よく担架に乗せられ、

装甲車内に運び込まれて行った。


「通りすがり?…一体誰が?」


分隊長が首をひねっているのをよそに、怪我人を運び終えた隊員達が騒いでいる。


「す、すっげえ…!なにこれ…?」

「ふわわ…ロマンチックぅ~!」


 興奮気味な隊員達の声に分隊長は何の気なしに空を見上げ、思わず目を見張る。

「こ、これは…!」


 頭上に星空が広がっていた。

デブルス雲で濁った夜空に直径数十メートルの穴が開き、

その中から宝石箱を蹴散らしたような満天の星空が覗く。

ひときわ輝く星は『宵の明星』か。


「なんて美しい…!」

「こんな絶景、デブルス疎開用の高級別荘地でも拝めませんよ!」


 しばし星空に見惚れたあと、分隊長は負傷者から渡された

一枚の紙きれについて思い出した。

見ると、そこにはごく短い言葉がボールペンで書きつけられていた。


『土砂デブルスには酸性の洗浄弾がよく効きます。 通りすがり』


裏面を見る。


    『はっぴ~梨狩り☆みんなおいでヨ!! 

                 川崎市多摩区 秋村梨園』 


 ひどく古いチラシだった。

牧歌的なイラストと、梨園までの簡素な地図がうっすらと見える。

退色が進み、小さな文字や印刷された年月はかすれて読めない。


ヒュン!!


 鋭く風を切り、清掃バリアが黄色い光の尾を引いて飛び去って行った。

ひび割れた府中街道をなぞるようにして飛翔するその方角は…

雷鳴とデブルス嵐吹き荒れる闇深き混沌の地。



川崎市多摩区。






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