ウルトラ・コスプレイ・ファイト

まままン

序章《あの事件について──》

 さぁね。

 知らないよ。

 そんなやつ、知らないよ。

 ……けど……そっか……

 あの事件のこと──

 聞きにきたのか。

 あいつらのこと──

 知りにきたのか。

 ……まぁ……ならいっか……

 うん。

 いいよ。わたしの知っている限りのことでよければ話そうじゃないか。もう、ずっと昔のことだ。いつまでも抱え込んでおくのも、よくないだろう。毒を抜かないとな。人生には節目が必要だ。

 だから──

 あえて、関係のない話をする。

 ……ははっ……

 いやぁ、勘弁してくれっ! わたしにだって恥ずかしいという感情はある。けれど安心して聞いてほしい──これは一見なんの関係もないようで、あとでしっかりと繋がるお話だ。

 というか、これしか知らないんだけどね。

 そう落胆しないでくれよ。何事も、はじめからうまくいったら、這い上がり甲斐がないだろう?

 これは「うだつの上がらないやつら」の物語だ。最初はちょっと鬱屈としてしまうかもしれない。

 だけど、いつか、わかるさ。

 薄暗い感情が運命を跳ね返すこともあるってこと、をだね。

 おっと、前フリが長くなってしまった──

 んじゃ、はじめるけれど。

 後ろ、見てごらん。

 うん。

 実はね、ここが始まりなんだよ。

 きら星二番商店街。

 戦後から残る古い商店街だ。

 二番商店街なんて名前だけれど、一番はない。

 一番だと次に目指すものがないってことで、そう名づけられたんだ。

 ご覧のとおり、道はガタガタ、ルーフはボロボロ。だいぶ年季が入ってる。

 この店だって、ひと皮向けばおじいちゃんだ。

 そんで、わたしはおじさん。

 あの子はね──

 今となると、若かった。

 華だった。

 明るかった。

 お行儀がよくて、誰にでもあいさつをして、いつの間にか、この商店街のアイドルになっていた。

 このきら星二番商店街、今日はまだ寂れているけれど、大きな駅前だからね。夕方になれば学生さんがやってくるし、会社帰りの道寄りで買い物をしていくから、こんな小さな靴屋でもやっていけてしまう。

 休日なんかさ、すごいよ。

 そこの通りが、ひっくり返したオモチャ箱みたいにザラァーっと人であふれちゃって。

 男の子のソフビ人形コレクションみたいなことになっちゃうんだよ。

 まぁ、そのぶんね……

 人通りが良ければ、悪いこともある。

 ほら、そっちのほう。電柱の下に見えるだろう? ねっ?

 ──ポイ捨て。

 それだけ人があふれりゃ、そういうことをする人もいるわけだ。

 仕方ないよ。

 クレープ屋に、たこ焼き屋、マクドナルドだってある。行き場のなくなった包装紙は置いていかれるものなのさ。

 別に悲しいことだとは思わないよ。

 ずっと昔からそうだったはずだし。

 それこそ、戦後の時代からある街なんだから、バス停や側溝にゴミが散乱していた時代だってあったんだ。

 もっと古い時代の話をしようか──

 夏目漱石の『三四郎さんしろう』って小説なんだけど、君、知ってるかな。

 この主人公の三四郎くんっていうのがものすごい生真面目でね、バカがつくほどの大真面目でね。それが原因で惚れられた女の人にも愛想つかされちゃうってくらい、情けないやつなのさ。

 この真面目でしょぼくれた三四郎くんだって、列車内でお弁当を食べたら、その空箱を車窓から放り投げちゃうんだよ。

 当時は、真面目で気の弱い青年ですら、それくらいするのが当たり前だった。

 それで、風に押し戻されたその弁当箱が、車窓から顔を出していた女の子の顔面にぶつかって。それがきっかけで男女のきっかけが始まるって言うんだから、時代だよね。

 それが彼らにとって、ロマンチックな出逢いとされたんだ。「なんだそりゃ」でしょ、今の常識で考えたら。

 おっと、だいぶ話がそれちゃったね。

 つまり、今の子なんて、それくらいお行儀がいいって話さ。

 あの子も、そうだった。

 ゴミ袋と長いハサミを手にしてさ、ゴミ拾いのボランティアをやっていた。

 空になったペットボトル持って歩いてる人や、花壇に腰掛けて食べ物のゴミを置いている人とかにさ、「街の美化にご協力ください」って、声がけをしていた。

 男の人は大喜びだったね。

 そのまま一緒に写真なんか撮っていた。

 ほとんど水着みたいな格好だったから。

 ──コスプレだよ。

 あるよ。写真。ほら……これ。

 ……ははっ……こうして人に見せるのも、ちょっと、恥ずかしいね……

 ほとんどと言うか、完全に水着だよ。

 この丈の短いパーカーみたいなの、羽織ってるけど、羽衣みたいに腕にかけているだけだもん。

 下だって、ショートパンツというか、なんというか。

 まぁ〜、ローライズでしょ。

 下着の腰紐が見えちゃってるもん。

 だから、男子高校生なんかドキドキで、カップルなんか別の意味でハラハラして……

 彼女がいるだけで、この商店街に花が咲いたようだった。

 あの瞬間、誰もが夢の中にいた。

 若かったね。

 大学生くらいだ。少なくとも、未成年ではなかったはずだ。

 わからないよ。

 顔を見てないからね。

 見てのとおり、仮面つけていたから。

 この、南国チックな、部族みたいな木のお面。

 ……あー……よく知らないけれど、これが《ココシフェラ・ミコシ》ってキャラクターなんじゃないかな。そう名乗ってたもん。

 ココシフェラ・ミコシちゃん。

 この商店街には、彼女がいた。

 ……そして、突然、来なくなった。

 もともと、毎日来ていたわけじゃない。

 この商店街の人たちからしたら、気づいたら、見なくなっちゃったような、そんな感覚だ。

 ふと、戻って来るような、来ないような……って。

 そんなふうに思っているうちに、元通りだよ。

 相変わらず、ポイ捨てがあって、自治会の人が掃除して……別にきれいじゃないけれど、昔を嘆くほどひどい様相ってわけでもない。

 寂れた商店街が帰ってきただけさ。

 ……物騒な世の中だ。

 何があるかわからない。

 その頃に、この近所がニュースになったのは、知ってるよね。女子大生の子がさ、アパートに押し入られて暴行された事件。あれ、この近くで起きたんだよ。そうそう。向こうの方の神社の裏手で……

 さぁね。知らないよ。

 その子がココシフェラ・ミコシちゃんだったかなんて、知らないよ。

 誰も正体は知らないんだ。わざわざ、そんなこと聞きに行くこともない。

 仮面をつけていたんだ。本人は素顔を隠したかったんだ。そのはずだよ。

 知ってるかな──

 人は変わりたいと願うとき、二つの仮面をつけるんだよ。

 一つは顔を隠す仮面。

 もう一つは、心を隠す仮面だ。

 この二つの仮面を身につけたとき、人は本性を表す。それはよもや実面だ。

 本当に何かしたいとき、人は仮面を着けるんだよ。

 こんな世の中だ。

 本当に戦うというのなら、己を隠さなければならない。

 だろう。

 詮索させない、悟らせない。

 その正体を隠し、機械のように、目的に向かって邁進まいしんする。

 それが戦うってことだ。

 そうだろう?

 ほら、あなだって、そうしてる。

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