きっと僕の初恋は続く。

詩 @PLEC所属

本編

「またね――大好き」


 そんな言葉で締めくくられた映画。

 周囲の人が感極まったように涙を流す中、先輩だけは胡散うさんくさそうに息をいた。


◇◆◇


「『またね』なんて偶像だよね」


 映画の後、適当な喫茶店に僕を連れてきた先輩は、開口一番にそう言った。


「会った人は、全員別れる運命にあるんだよ。それなのにさ、『またね』だなんて軽い言葉で済ませるなんて非情だ」


 ぽつぽつと独り言のように先輩が呟く。

 その瞳は、ずっと伏せられていた。


「ご注文は何に致しますか」

「ホットコーヒー、二つ」


 そう言ってから、先輩は「それで大丈夫だった?」と僕に問いかける。こくんと頷くと、店員が注文の確認を始めた。


 『またね』なんて偶像……か。いかにも先輩が言いそうな言葉だ。


「ねぇ、黒川はどう思う? 『またね』って言葉」

「僕ですか?」


 少し上の方を向いて考えを巡らせる。そんな僕を、先輩は鋭いで見る。


「僕は、希望へのすがりだと思います。もう会えないかもしれないけど、それを言葉で繋いでどうにか信じようとする。根拠のない理想ですね」


 そうやって言うと、先輩は面白そうに口角を上げ、顎の下を右手で軽く触る。これが先輩が楽しんでいるときの仕草であると、僕は知っている。


「面白いね。私はやっぱり黒川の考え方が好き」


 そうやって笑う先輩のことが――僕は好きだ。いつもかっこよくて、たまに無邪気な先輩のことが大好きだ。

 でも、この想いを伝える訳にはいかない。きっと、先輩に迷惑を掛けてしまうだけ。

 それならば、この想いには鍵を掛ける。

 先輩が好きなのは、だ。それなのに、何故か勘違いしてしまいそうになる。


「こういうこと言うのもなんだが、何で黒川は今日私を誘ってくれたんだ? これって……その、デートみたいなものだろう?」


 ……先輩のことが好きだからですよ。

 なんて、本人の前で言えるわけがなかった。この想いは伝えないって、決めたばかりなのに。


「ほら、もうちょっとで先輩、僕の手の届かないところへ行くじゃないですか。だから、ある意味での餞別せんべつですよ」

「あぁ、なるほどね」


 先輩は納得したように頷いて、どこか遠くを見つめた。


「そっか、もう――お別れの時か」


 。日本の技術では治せない病気で、明日にはアメリカへと渡ってしまう。

 だからだろう。『またね』を偶像と言ったのは。もう、自分の命がついえるのを覚悟しているから。


 僕達の間に、重い重い沈黙が流れる。

 いつの間にか外には雨が降り、僕の心を削る。空は暗く、小さい星が輝く。


「お待たせしました」


 重い空気を切り裂くように、ホットコーヒーがそっと置かれる。

 軽く頭を下げて、コーヒーに口を付ける。


「苦っ」


 先輩は、少し顔をしかめてすぐに砂糖を入れた。

 僕にとっては丁度良い味だったが、先輩にとっては苦かったらしい。


 そんな可愛らしい姿に笑みを零していたら、先輩がこっちを睨んできた。


「黒川……! 別に私は苦いものが苦手とか、そういうのじゃないからな」


 苦笑しつつも「はいはい」と返事を返すと、先輩は煮え切らない様子で僕から視線を外した。



「……なぁ、アメリカなんて、行きたくないよ」


 先輩の、小さな小さな呟きが漏れる。


「私は、死ぬのかな。何も知らない土地で」


 その声は、とても心細く聞こえた。


「怖いよ。震えが、止まらないんだ。行きたくない。どうすれば、いい?」


 先輩の瞼のふちには、涙が溜まっていた。

 それは、僕にはどうしようもできないことだった。気休めのような安い言葉を掛けたって、きっとこの人は満足しない。



「……またね」



 先輩が息をいたこの言葉を、声に出す。

 もともと大きな先輩の目が、目を見張ったように少しだけ大きくなる。


「僕はこれ、魔法の言葉だと思います。ダメかもしれないけれど、どうにか会える可能性を信じて、生きるんです」


 諦めないで欲しい。最愛の人との別れは、笑顔がいい。


「……ねぇ、信じてみましょうよ。僕たちに、『また』の機会が訪れることを」


 先輩は――やっと、笑ってくれた。

 それは、今まで見た中で、一番優しい……先輩らしい笑顔だった。



 会計を済ませて、店を出る。

 そらの星はどうしようもない程に綺麗に輝いていた。先輩は、それを懐かしむように、愛しいもののように手を伸ばす。けれど、その手は何も掴めずに終わる。


 やがて、別れが訪れる。

 それは、どうしようもないほどに残酷で――美しい。


「なぁ、黒川」

「なんですか?」


 先輩は、くしゃっと笑って、「私らしくないんだけどさ」と前置きする。



「――またね」



 その一言が、重く重く僕の中に響いた。

 もう、会えないかもしれない。けれど、どうにかして会いたい。


「先輩、また会いましょう」


 ここで、あの映画の一節を思い出す。

 映画だと、この後に……


「黒川? どうかしたのか?」

「……いえ、なんでもないです」


 そう言うと、先輩は「今日はありがとうな」と言って身を翻していった。



「……先輩、大好きです」



 冬の寒空に呟いたその言葉は、先輩に届くことなく静かに消える。


 僕の初恋が、今終わった。


 ――違う。違うんだ。

 きっと、先輩は帰ってくる。きっと、またあの笑顔を浮かべてくれる。

 そうだ。これは、『別れ』じゃない。『再出発』だ。


 ――僕の初恋は、これからも続く。

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