第6話 会議
隣村との水争いを知恵で解決した一件は、意外な形で僕の日常に影響を与えた。以前にも増して、神殿に様々な相談事が持ち込まれるようになったのだ。
「天使様、うちの夫婦喧嘩を仲裁してください!」
「天使様、最近どうも運が悪くて…何かお祓いを…」
「天使様、この新しいパンのレシピ、どう思います?」
…って、最後のはただの世間話だろ! 僕は何でも屋じゃないんだぞ!
とはいえ、魔物退治よりは遥かにマシなので、僕は高校生の常識と乏しい人生経験を総動員して、当たり障りのないアドバイスで乗り切る日々が続いていた。
けれど、お祓いについては、完全に適当にやってしまったんだけど大丈夫かな…。
まあ、お祓いの効果なんて証明できないし、依頼人もすごく感謝してたから、まあ大丈夫だろう。多分。
今日も自室で、どうすれば天使パワーを使えるようになるか、あれこれ考えを巡らせていた時だった。
(うーん、やっぱり祈りとか聖句とかじゃダメなのかなぁ。あのゴブリンの時の光だって、パニックになって『やめろー!』って叫んだら出たわけだし…もっとこう、感情に連動するとか?)
考え込んでいると、鼻がムズムズしてきた。
「へ…へっくしょん!!」
子供っぽい、可愛らしいくしゃみが部屋に響く。
ティッシュティッシュ…じゃなくて、ハンカチか。エリアさんが用意してくれた綺麗な刺繍入りのハンカチで鼻を押さえる。
この世界は前の世界と比べて文明が進んでいないようで、電化製品はもちろんティッシュなどの日用品も無いのだ。
特に、スマホが無いのは現代人によってなかなかきつい。娯楽が少ない…。
ふと、窓辺に飾ってあった小さな鉢植えが目に入った。確か、少し元気がなくなっていたはずの花だ。
それが…あれ? なんか、さっきよりシャキッとしてない? しかも、小さな蕾がいくつか、ぽんぽんと開いているような…。
(…気のせいか。日当たりが良かったのかな)
深く考えずに、僕は再び思考の海に戻る。
(そもそも、前の天使様はどうやって力をコントロールしてたんだ? 無意識? それとも何かコツが…? あー、もう! 分からない!)
イライラして、思わず頭を抱える。すると、頭上…というか、多分、天使の輪っかがあるであろう辺りが、もわっと温かくなったような気がした。
同時に、部屋の隅に置いてある燭台の火が、一瞬だけゆらりと大きく揺らめいた。
(ん? 風かな?)
窓は閉まっているはずだけど。まあ、古い建物だし、隙間風くらいあるのかもしれない。
僕は特に気にすることなく、また「うーん」と唸り始めた。
◇
その頃、神殿の一室では、三人の人物が顔を合わせていた。神官長、筆頭侍女エリア、そして騎士団長のライナスだ。ライナスが二人を呼び出した形だった。
「…それで、ライナス団長。我々に何かご用向きで?」
神官長が穏やかに尋ねる。エリアも、少し緊張した面持ちでライナスの言葉を待っていた。
ライナスは腕を組み、厳しい表情で口を開いた。
「単刀直入に言おう。私は、最近の天使様の御様子に、少々…解せない点を感じている」
その言葉に、神官長は意外そうな顔をし、エリアは息を呑んだ。
「解せない、と仰いますと?」神官長が問い返す。
「天使様は、なぜ天界へお戻りにならないのだろうか?」
ライナスの言葉は、静かだが重みがあった。
「魔王は既に滅んだ。残党は確かに脅威だが、それも我々騎士団や各国の軍で対処すべき問題だ。天使様が、いつまでも地上に留まり、あまつさえ、先日の一件のような、我々人間の細々とした問題にまで直接介入されるのは…些か、これまでの天使様の在り方とは違うように思える」
伝承によれば、天使とは、世界の危機に際して現れ、その役目を終えれば速やかに天へと帰る存在。
あるいは、高みから人間を見守り、直接的な干渉は最小限に留めるもの。
今の主人公の行動は、そのどちらとも違うようにライナスには思えたのだ。
その指摘に、神官長はいつもの調子で、しかし確信を込めて反論した。
「ライナス団長、それは違いますぞ! 天使様は、我々を見捨ててはおられないのです! 魔王亡き後も、我々人間が正しく道を歩めるよう、こうして地上に留まり、慈悲深く見守り、導いてくださっておるのです! なんとありがたいことか!」
その瞳は、一点の曇りもなくキラキラと輝いている。
ライナスは、その熱意に若干辟易しつつも、視線をエリアに向けた。
「エリア、君は天使様の間近に仕えているが、どう思う?」
エリアは少し逡巡した後、慎重に言葉を選びながら答えた。
「…確かに、天使様が我々のために心を砕いてくださっているのは、日々感じております。ですが…時折、何かにお困りのような、戸惑っておられるようなご様子をお見受けすることもございます。
もしかしたら、まだ前の戦いの影響が…お力が不安定な故に、天界へお戻りになれない事情があるのかもしれません」
彼女は、天使が見せる、天使らしからぬ人間的な表情や仕草を思い浮かべていた。
それは力の影響だけではないような気もしたが、確信は持てなかった。
ライナスは、エリアの言葉に静かに頷く。
「力の不安定さ…それは確かにあるのかもしれん。先のゴブリンの件での力の現れ方も、以前の戦いでの御業とは質が違うように感じた。だが…」
彼は再び腕を組む。
「水争いの件で見せた知恵は、力とはまた別のものだ。まるで…長年、人の世の揉め事を見てきたかのような、妙に現実的な手際だった。時折見せる表情や反応も…どこか、人の子のようにも見える時がある」
その言葉を聞いて、神官長は感動に打ち震えた。
「なんと! ライナス団長、それはつまり、天使様が我々人間の心の機微をも深く理解され、寄り添ってくださっているということ! まさに慈愛の化身! さすがは天使様!」
ポジティブ解釈が止まらない。
ライナスは、もはや神官長への反論を諦めたように、小さくため息をついた。
エリアは、ライナスの言葉と神官長の解釈を聞きながら、何かを考え込むように俯いている。
彼女もまた、天使の「人間らしさ」に、何か言い知れぬものを感じ始めていたのかもしれない。
「…いずれにせよ、我々の役目は天使様の御身をお守りし、その御心のままに動けるよう支えることだ。引き続き、注意深く様子を見守るしかないか」
ライナスはそう締めくくり、二人に解散を告げた。
部屋を出ていく神官長の足取りは軽い。一方、エリアの表情はどこか晴れないままだった。
そしてライナスは、一人残った部屋で、窓の外に広がる空を眺めながら、再び思考に沈む。
(天使様…貴方は、一体何を考えておられるのだ…?)
◇
そんな側近たちの密談など露知らず、僕はといえば。
「あー、もう! ダメだ! 今日はここまで!」
ベッドにごろりと寝転がった。
このベッドはなかなか高級なものらしく、まるでマシュマロの上に乗ったかのようにふかふかでふわふわだ。まさに人をダメにするベッド。
すぐに眠気が襲ってくる。
寝る直前に、ある疑問を思い出した。そういえば、なんで前の僕だけが、あの魔王と戦ったんだろう。
話によると、天使というのは僕一体しかいない、というわけでは無さそうだ。となると、天使総動員で魔王を討伐した方がよっぽど効率的だろう。
まさか、魔王にやられて…?いや、神官長の話を聞く限り、僕はたったひとりで魔王に勝利したらしいので、それはないか。
この程度、僕一人で充分だ!…みたいな感じだったのかな…
どんどん謎が増えていく一方で、考えることを放棄し、意識も段々と朦朧になっていった。
(とりあえず今は頑張るしかない…迎えが来るまで…)
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