電脳セカイとノイズフラグメント

佳岡花音

電脳セカイとノイズフラグメント

1章メタバースの世界

学校生活Ⅰ

「ああ、学校ってなんでこんなに退屈なんだろう……」


 昼休み、特別教室棟とくべつきょうしつとうの誰もいない階段で、一人お弁当を食べていた。耳にはワイヤレスの小型イヤフォン。パパが開発してくれた自立型じりつがたAIのクンペルの声が、頭の中でひびいている。


「そうかなぁ。ボクには楽しいところに見えるけど」


 クンペルのどこか他人行儀たにんぎょうぎなセリフに、私は心の中でむっとする。


「クンペルは学生になったことないから、そう思うのよ」


 私の甲高かんだい声が、廊下に反響はんきょうした。クンペルは返答に困っているのか、返事はない。その間に私はお弁当の中に入っている玉子焼きをはしで二つに割って、口の中に放り込み、むしゃくしゃと食べていた。



 私に友達はいない。中学二年生になっても、いまだにクラスには馴染なじめなかった。この春のクラス替えで、小学校からの幼馴染おさななじみである愛莉彩ありあともクラスが別々になり、教室で話せる人が誰もいなくなったのだ。それでも、私は気にしない。だって、私には、クンペルがいるから。クンペルはAIだけど、今の私の大事な話し相手だ。それに、正直、クラスメイトの女子の会話には興味が持てなかった。メイクやファッション、流行りゅうこうスイーツの話ばかりで、そばで聞いているだけでも退屈だ。新作コスメや一人でするファッションショー動画をお互いに見せ合い、休日にみんなで集まって、何時間もかかる行列に並び、見掛け倒しの映えスイーツをSNSにあげる事に一生懸命な女の子たちの心情が、私にはわからない。貴重な休日の時間を、そんなことに使えないと思ってしまう。



 私の本当の居場所は、VRChatブイアールチャット――VRゴーグルを装着して入る、もう一つの世界だ。CGで創られた仮想空間メタバースは、現実世界と遜色そんしょくないリアルさで、私はアバターの姿で自由に動き回ることができた。現実の自分の見た目を気にする必要もなく、ここでは、理想の自分を完璧かんぺきに再現することができるのだ。メイクで誤魔化ごまかすより、ずっと自由で、ずっと楽しい。


「授業も全部メタバースでやればいいのに。通学なんて、本当、無駄。」


 階段に座ったまま足をぶらぶらさせながら、私はクンペルにぼやいた。


「今年に入ってから、そのセリフ、もう何十回と聞いたよ。きっとさ、実際じっさいに通うことに意味があるんだよ。直接、友達や先生と会って、コミュニケーションを取ることが大事なんじゃない?」


 正論せいろんであるクンペルの言葉に、私はつい反論はんろんしたくなった。


「メタバースでも、ちゃんとコミュニケーションは取れるよ。むしろ、顔が見えない分、話しやすくなる子が増えると思うんだよね。外見で判断されることもないし、いじめだって減るんじゃないかなぁ」


 AIのクンペルが何と言おうと、私はそう思う。私たちのような生きにくい若者の声を、大人は聞こうとしていないだけなのだ。そもそも容姿なんて、生まれた時から決まっていることが多いのに、世間は見た目ばかりを重視する。でも、メタバースなら自分の外見を好きなようにカスタムできるし、飽きたらすぐに作り直すこともできるのだ。


「ボクはそうは思わないけどなぁ。素顔を見せないで話すのは、やっぱり違うと思う。それに、アバターで見た目の差別がなくなっても、いじめはなくならないんじゃないかなぁ?」


 クンペルはAIのはずなのに、私の言うことにいちいち言い返してくることが多い。他のAIなら、もっと共感や肯定こうていしてくれるのに、どうしてクンペルだけはこうなのだろうと、時々不満に思った。


「今って、ディスクワークをリモートでする時代でしょ?学校の授業にも、同じように最新の技術をどんどん取り入れていけばいいと思うの。VRで運動も出来るから、体育の授業だって出来るし、制服やお弁当もいらなくなるのよ?便利だと思わない?」


 私はそう言って、食べかけのお弁当を持ち上げて見せた。イヤフォンからクンペルの小さなため息が漏れてきた。


「ほら、始まった。ミライはメタバースに依存しすぎだよ。ボクからすれば、現実世界で生きるって貴重な事だと思うけどなぁ。直接見て、触れて、感じられるって羨ましいことだよ。旅行の醍醐味だいごみだってそこでしょ?時間をかけて、目的地まで移動して、実際に現物を見て、感じる。そのために人はわざわざ旅行するんでしょ?」


「私はそんなの興味ない。別に苦労して世界遺産を見に行きたいとは思わないし、現実世界の自然なんかより、もっともっと幻想的な世界がメタバースには広がってるんだから。何時間だって海にもぐれるし、自由に空を飛ぶことだってできる。現実世界では絶対体験できないことが、メタバースにはたくさんあるの。どうせ、真面目に学校来たって、誰とも話さないし、先生は顔を合わせれば説教だもの。学校にいいことなんてなぁんもない!」


「それは君が……」


 クンペルが何か言いかけようとしたけれど、私は手を大きく振り、言葉をさえぎる。


「はいはい。もう、クンペルのお説教は充分。昼休みも終わっちゃうし、教室に帰ろっと」


 私はこの話題を切り上げて、食べかけのお弁当箱をしまい、教室に戻る準備をした。クンペルは耳元で「説教じゃないのに」と不満そうにつぶやいていた。

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